分かり合える
また僕はこの病室の前に立っている。
幾らかの疲労感はあったが、やはりお姉さんのお願いは、無視できなかった。
それにしても流石に3日連続はあり得ないと思う。
ノックをしても返事が無かったので、恐る恐る部屋に歩み入るとお姉さんはぐっすりと眠っていた。
それはもう、うたた寝のレベルではなく赤ちゃんのように熟睡していた。
昼寝の邪魔をするのも忍びないので、昨日も使った椅子に音を立てないように座る。
寝顔を見ているのも失礼だと思うので、窓の外を眺めている事にした。
これがお姉さんが365日見ている景色。
ビルなどはこの辺りには建っていないため、視界を遮るものは何も無い。
だが、中途半端に田舎なこの土地は雄大な自然が見える訳でもなく、普通の住宅地が眼前に広がっている。
100人中100人が何も感じないだろうこの景色では、ただでさえ暇な病室がもっと窮屈に感じる事だろう。
雲の流れは早く、面白そうな雲を見つけては去っていき、また面白い雲を探す。
それを繰り返し眠気を感じ始めた頃に、後ろで「ふぁ~~っ」と物音がする。
「あれ、空太くんが居る。おはよー、いつ来たの?」
やっと起きてくれたか、このままでは僕まで眠ってしまいそうだった。
「おはようございます、ぐっすりでしたね」
「ごめんね。ご飯食べたら眠くなっちゃた。寝顔、変じゃなかった?」
「全然変じゃないですよ。赤ちゃんみたいに可愛かったです」
「照れますね~。でもあんまり見ちゃダメよ」
「大丈夫です。空見てましたから」
「嘘だ~。見てたんでしょ、お姉さんの可愛いね・が・お!」
「そうですね、少し見てました」
寝起きとは思えないテンションに面倒臭くなり適当に答えた。
「やっぱり。でも惚れるなら花火にしときなさいよ」
「惚れませんよ。それに惚れたとしても花火さんには嫌われてますから、どうにもなりませんよ」
「分かって無いなー。あれは照れ隠しよ。私は脈アリだと思うけどね」
「そんな事あり得ないですよ」
これ以上話しても平行線を辿るだけなので、なんとか話題を変えてみる事にした。
「そういえば、海歌さん。友達とか、お見舞いに来ないんですか?」
「ん、何で?」
「いやだって海歌さん社交的だし、友達多そうだから。僕みたいなの呼ばないで友達呼べばいいのにな、と思ったので」
「うーーん。友達は最初の頃はよく来てくれたけど、学生だから忙しいだろうし。私も病気の所はあんまり見て欲しく無いし」
それは分かる気がした。僕も入院はしていないが、本当に病気が悪かった頃はこんな自分見ないでほしいと、人とは会いたくなかった。
それも親しかった友達だとなおさら。
「それに引き換え、空太くんなら分かってくれるだろうし。同じ病気同士だから変に気を使わなくて済むでしょ。だから来てもらっているの。空太くんは嫌?私に会うの」
海歌さんもそんな風に感じてくれていたんだ。
無性に嬉しくなった。
「嫌じゃ無いです。まぁ連続で来るのは大変ですけど、海歌さんと話すとなんだか気が楽になります。やっぱり病気は、なった人にしか分からない物ですから。僕より大変な海歌さんになら何でも素直に話すことが出来ます」
「だよね。これからも仲良くしてね」
「はい。こちらこそ」
なんだか気恥ずかしくなって海歌さんから目を逸らす。
「そうそう、ずっと聞きたかったことがあるの。学校行ってないって花火から聞いたけどどうするの?」
「そうですね。学校はそろそろ辞めようかと考えています。学費も、行っていないのに掛かりますからね」
「そうなの。どうしても通えないの?」
「はい。半年前に先生に慣れる為にと通信講座の授業を試しに父親と一緒にやってみたんですけど。五分で全身汗まみれで気持ち悪くなって吐いちゃいました。そしたら父に『もうやらなくていい』と言われて。そんな状態なので、とても通うなんて出来ないです」
「そっか。じゃあこれからどうするの?」
「そうですね。あと1、2年は病気を治す事に専念しようかと。そのあとはバイトするか、大検取って、行けるようなら大学いくのかですかね。まだまだ想像もつかないですけど」
「そうね。まだまだ若いんだしいくらでも取り返せるよ。じゃあ、休んでいる間は私と一緒に、ここで愚痴でも言い合おうか」
「そうですね、そうします」
その後も何にも話題のない僕たちは、くだらないどうでもいいことを喋り合う。
今になって思うが、一見必要のないと思えるこんな時間は意外と大切だったりする。
いい加減喋り尽くしたので、海歌さんに、帰る旨を伝え部屋を出る。
今回は明日も来てとは言われなかった。
また来週にでも来るかなと自分の中で予定を立てる。
一階の待ち合いスペースを過ぎたところで花火さんとばったり出会った。
「君、またお姉ちゃんに会いに来たの?」
「ええ、呼ばれまして」
「そうまぁいいわ。そういえば品川さんが来週のクラブに参加するらしいよ」
「品川さん?誰ですか」
「会った事なかったっけ。写真クラブのメンバーよ。最近は体調が悪くて休んでいたけど」
「そうですか。教えてくれてありがとうございます」
「じゃ。私病室に行くから」
そう言って花火さんは、僕が挨拶する隙もなく去っていった。
品川さんかどんな人だろう、いい人だといいなぁ。
なんにせよ、また一人友達が増えるかもしれないのは喜ばしい。




