脱皮の時期と精霊さんの困ったちゃん
翌朝。
昨日寝る前に思っていた例のアレが集落中で起こり始めているのが分かる。
例年よりは少し早いけど去年の僕は皆より栄養面で特に良かったせいか。
早かったんだ。
お腹の上で、ウウダギが目を開けているのに目が閉じているような感じになっている。
どういうことかと言うと、瞼を閉じた状態から起きて、
瞼を開けた表示し表面の瞼が開かないって事だ。
何を言っているか今一、伝わりづらいが・・・。
まぁ、簡単に言えば脱皮の時期なんだ。
栄養が充分に行き届くと、雨季の後の一ヶ月くらいで、脱皮が始まるんだ。
そして、僕はわりと何でも食べるし、他のスキクみたいに偏食をしてはいなかった。
そんなわけで、早かったんだよね。
でも、今年はまぁ、皆が充分にタンパク質もカルシウムも摂ることが出来ている。
つまり、皆が早いんだ。
「ん〜?ん〜?」
「ウウダギ見えない?」
「う〜ん。少し見える」
「そうか。コレが脱皮だよ。コレで少し大きくなれる」
「ダッピ」
「そう。脱皮」
「どうすればいい?」
「そうだなぁ〜。取り敢えず、手で顔をぬぐってみな」
「わかった」
そう言うと、
うつ伏せの状態から器用に両手を持ってきて、
目の辺りをゴシゴシ始める。
少し強めにこすったんだろう。
すぐに目の周りの薄皮が剥がれた。
そこから、ぱっちりクリクリおメメが僕を見つめる。
かわいいじゃないのぉ〜。
「ウウダギ見えるように成ったね」
「うん」
そう答えると、ウウダギはうつ伏せの状態から首をくるっとかしげる。
どうやら僕の顔周りにも脱皮の兆候が出てるか、脱皮しているのかもしれない。
「僕も脱皮してる?目の周りには違和感ないんだよね。ウウダギ見てくれる?」
「ダッピ・・・。ポンピカ、ダッピしない?」
・・・えっ?
いやいや。
去年は脱皮したよ?
それにしばらく前から背中の辺りがチクチクしてたしね?
少し痒かったもん。
でもウウダギが言ってるんだからなぁ・・・。
「ウウダギ?僕脱皮してない?」
「してない」
はっきり言われた。
ふと、僕は手を持ち上げて、掲げてみる。
・・・変化なし。
あれっ?
脱皮する場合って大体、鱗が濁って薄皮みたいなのが浮いてくる感じなんだけど、
今の僕は昨日と変わらない。
脱皮の時期が少し遅れたかな?
まぁいいか。
「ウウダギ。動けそう?」
「うん。大丈夫」
去年脱皮した時は、普段服を着ていないスキクにもかかわらず、
感覚として服を着ている気分に近かった。
服と言うよりゆるいボディースーツみたいな気分かな?
しかも関節部分とか擦れてすぐに剥がれてちぎれる。
柔いボディースーツだ。
実際、服を着ない生活が続いていると、
思いの外服を着るという事が邪魔以外の何物でもないんだ。
スキクは基本裸だしね。
僕は服を着ている状態が普通だった時期が近かったせいか、
それ程、違和感はなかったんだけど、
根っからのスキクにしてはストレスを感じるほど邪魔のようだ。
去年パパムイが、「邪魔だなコレ」とか片言で言っていたし、
ギギリカに至っては、何故か恥ずかしそうにしていた。
僕的には着ないほうが恥ずかしいはずなんだ。
そういう所の感覚が今一スキクじゃないのが僕だな。
さて、ウウダギは大丈夫とか言ってるけど、
動きづらいのは目に見えているので、
背中にしがみつかせて、木を降りる。
そして、何時も日課なんだけど、
軽く身体を動かす。
この時ウウダギも身体を動かしている。
僕の動きはもちろん体操よりも本格的なやつだ。
ただ、毎日動きを調節する程度の物だから、
それ程本腰を入れてはいない。
毎日続けていられる様に無理がない程度だ。
その後、軽い気功の練習。
気を吸い、体に通し、そして不要な気を吐き出す。
それを繰り返して、常に自分の中の気を良い状態へと持っていっている。
コレが気持ちがいいことだからやりすぎてしまいかねないので、
自制するのに大変だ。
さて、一通りのモーニングルーティーンが終わったら、
集落の皆の元へ行こう。
食事を摂る広場には、皆が集まっている。
今日脱皮していないのは、僕だけなのがまるわかりだ。
皆の鱗が少し煤けて見えると言うか濁っているというか、
まぁ不透明のシートが掛かった様な状態なんだ。
デデンゴはまだ、目の周りの脱皮が終わっていないようで、
パレンケに手を引かれて移動している。
他の成体であるスキクた、族長に至るまで、
皆薄い服を着ているかのようにぎこちなく過ごしている。
当然。
僕はさっさと逃げばいいのにと思うわけだけど、
服ならすぐに脱げるんだけど、
脱皮の皮って、内側が乾かないとてんで、張り付いて仕方ないんだ。
なので、みんな素直に乾くまで放置してるっていう物だ。
さらに、乾いた部分を切って自然に剥がれるのを阻止すると、
なぜか脱皮不全が起こるらしく、
居心地が悪くてもそのままでいなければいけない。
本当にめんどい仕様だなぁ。
まぁ、そういう生き物何だから仕方ないかもしれないけど。
去年僕は、乾いた所をさっさと切って剥がしていたら、
脱皮の皮の下の鱗が一緒に剥がれてしまったことが有る。
それを見た族長が僕の手を叩き、
「触るな!ほっとくのだ」と怒ったんだ。
ふむ。
ウウダギもちょいちょい気にしているけどなぁ。
まぁ触らないに越したことはない。
ほっとくに限る。
そうこうして食事を摂っていると、
パパムイが近寄ってくる。
頭の周り首の当たりが既に脱皮完了していて、
まだらな状態だ。
少し面白いからジッと眺めてしまう。
「ポンピカ。コレから暇か?」
パパムイは昨日の話では、精霊さんに一言言ってくれっていってたから、
多分それのことだろう。
「精霊さんに文句言いに行くんだよね?」
「そうだぞ。もうコレ以上”バロバロ”の狩りを遅らせるわけには行かないんだ」
バロバロ?また新しい単語でてきた。
なんだろ?
「バロバロってなに?」
「”バロバロ”だぞ?去年、ポンピカだって食べただろ?旨いんだ」
去年?色々食べすぎて何が何やら覚えてないのが本当なんだけどなぁ?
はて?名前から推測出来ないのが玉に瑕だな。
「まぁ、いいや。それを狩るんだよね?」
「おう!一匹でも相当集落が潤うんだ。願うなら二匹か欲言えば三匹は狩りたい」
小さいのかな?
でも一匹で集落が潤うって事は・・・結構大きいよね?
担いで持ってくれるレベルじゃないだろう。
「僕ら二匹でいいのか?付いてくの」
「いや、イイオオとパレンケとデデンゴも連れてくぞ」
三匹も連れてくのか・・・僕入れて4匹って事はかなりデカイんじゃないか?
「ちなみにバロバロってどんな形してるの?地面に描いて」
「ん?いいぞ」
・・・わかった。
バロバロ動向よりもパパムイに絵心はない。
明らかに手足が6本ある。
昆虫か?そういう事か?
デカイ昆虫か?
でも毛皮っぽい物も描かれてる。
はてさて・・・どうなってる?
まぁいいか。
4本から6本足の地面を歩く動物ってことだ。
羽はなさそうだし、罠でも貼ればすぐだろう。
「わかったよ。じゃぁ、準備するわ」
「罠とかは持ったぞ。イイオオが」
もう事前準備すんだか。
じゃぁ、行くだけだな。
「じゃぁ、いくか。ウウダギはどうする?」
「いく」
「ウウダギは見物だな。力がないからな」
パパムイは思ったことをそのまま口に出す。
パパムイに限ったことではないわけだけど、
パパムイは特に気にした様子もなく言ってしまう。
「ウウダギ良いそれで?」
「ん?構わない。大丈夫。行く」
ウウダギも本当のことだから一向に気にしない。
いい関係だなぁ。
僕らはすぐに集落から移動を始めた。
まだ朝だし、時間はたっぷり有る。
イイオオが木と革で作られた背負いを背負っている。
背負の所に長さの揃った木の棒と縄がくくりつけられている。
多分アレが罠てやつだ。
どんな罠を使うんだろう?
それにしても僕とウウダギ以外が武装してるのは・・・。
ちょっと違う気がする。
あれ?僕も武器持ったほうが良いんじゃないの?
「ねぇ、パレンケ」
「はい?どうしました?」
「パレンケもそうだけどなんで皆武器持ってるの?」
「えっ?・・・。バロバロを狩るって聞いたもので・・・違うんですか?」
いやバロバロって僕もきいてます。
「いや、僕もバロバロって聞いてる」
「ですよね?武器が無いと僕達では狩れませんよ。ポンピカとちがいますから」
ん?
僕と違うって・・・。
「ねぇ。パパムイ」
「ん?どうした?もう少しで着くぞ。そのなんていうかセイレイサンだかなんだかの所だ」
「いやさぁ・・・。みんな狩りの為に武器もってるじゃない?」
「ん?そりゃそうだろ。狩りなんだからな」
「・・・なんで僕は武器無いの?」
「はぁ?なにいってるんだよ。ポンピカは武器持ってるじゃねーか。はははw」
何言ってるかわかんない。
いや、わかりたくない。
ウウダギを見る。
ウウダギは僕に顔を向けて首をかしげてる。
分かってない証拠。
まぁ、いいか。
いざと成れば、皆に任せよう。
やだよ。流石に僕だけ素手で動物に対処しないとダメとか。
罰ゲームの何者でもないだろ・・・。
僕なんか悪い事したかな?
考えてても仕方ないか。
しばらく、歩くと、森の奥、正面の方から変な奇声が聞こえる。
パパムイが僕等の先頭を歩きながらこちらを向いて、
静かにしろというゼスチャーをする。
どうやらあの声が精霊さんみたい。
確かにどことなく・・・いや、アレ精霊さんの声だ。
たまーに会話中に興奮するとああ言う声に成るんだ。
しってるよ。
はぁー・・・。精霊さんってどうして迷惑しかかけてこないんだろう?
なんで、周りの事きにしないんだろうか?
そんな事を考えているとパパムイが止まれという合図を出す。
それに対して、パレンケとイイオオが小声でパパムイへ話しかける。
『どうしました?』
『なにやってるんだ?さきに進まないのか?』
『いや、もうすぐ目的地の一つに着くんだ・・・っていうかお前たち全然聞こえないのか?』
『はて?』
『聞こえるって・・・何がだ?むしろ静かなくらいだ』
なるほど。
精霊さんで間違いないです。
・・・それにしてもなんでパパムイだけ聞こえたり見えたりするの?
自力?自力でそうなったのかな?
どうやって?
まぁいいや。パパムイの事だ、なんかやって偶然身についたかなんかだろう。
『ポンピカは聞こえるだろ?』
『うん。』
『僕も聞こえる』
『ウウダギも聞こえるのか・・・そうか。』
『あのぉ・・・僕は何も聞こえません。』
デデンゴが口を開いたぞ!
最近まともに成った子です。
ホント子供の頃は、手を焼かされた。
でも、最近は立派なスキク目指して、勉強してるよね。
『デデンゴもだけど、聞こえるには色々条件が必要なんだ』
『ポンピカ。条件ってなんですか?』
『俺もそれは聞いてみたい。お前ら色々やってるのと関係有るんだろ?』
『仲間に入れてください。寂しいです』
『皆、少しは静かにしてくれねーか?流石にバレる』
いや・・・もうバレてると思う。
だって、こっちで輪になって離してる間にパパムイの後ろにおりますよ?
”なんじゃ?ポンピカ。今日も教えをしにきたか?ワシはまだ練習中じゃぞ?”
其の声にパパムイがガバッと振り返る。
パパムイと精霊さんの目がバチーンとヒット。
二匹の時間が止まった気がする。
面白いからそのままながめてよっと。
”なんだこの小僧は・・・随分腑抜けた面をしておるな・・・”
「ポ・・・ポンピカ?コイツか?例のセイレイサンってのは?」
どうしよう。
このまま正直に答えても面白くないなぁ。
「二匹ともそうだとも言えるけど違うとも言えるよ」
僕の答えに二匹のスキクが首を同時にかしげる。
ちょっと笑った。
なぜかと言えば、パパムイと精霊さんって十分似てるんだ。
そうだなぁ。
目の当たりの骨の出っ張りとか、
顎の長さとか、
何より鱗の色合いがとても良く似てる。
血が繋がってるんじゃないかな?
「なぁ・・・ポンピカ?何を話し始めてるんだ?俺には全く聞き取れないぞ」
「僕もなんだか混乱してきます」
「な・・・仲間に入れてください!」
もうね。
デデンゴが我慢できなくなってる。
そして、ウウダギは気づいたようだ。
精霊さんとパパムイが似ていることに首を拘束で左右に振って「えっ?えっ?」って言ってそう。
さて、この場を収拾しないとバロバロとか言うのを狩りにいけませんね。
「取り敢えずイイオオとパレンケとデデンゴは、見えないと思うけど、ここに精霊さんがいるんだ」
「なんだそれ?」
「どなたです?」
「仲間に入れる?」
「イイオオは一応あれだろ?知ってるんだろ?ほらラマナイだよ」
「・・・本当か?・・・ありえないだろ・・・みえねーぞ」
「なんですか?そのなんとか・・・ラマナイですか・・・確かどっかで聞いた記憶があります」
「だれそれ?」
このまま話してもダメだなぁ・・・、
でもイイオオは呪術師の家系だからなんとなく素質がありそうだけど、
パレンケとデデンゴはというと”見鬼”を使っても、気功の鍛錬してないから扱えないなぁ。
どうしようかな?
「まぁ、イイオオは多分見えるように出来ると思うけど、パレンケとデデンゴにはまだ無理かな」
「そうですか・・僕等親子には無理ですか・・・」
「パレンケ?無理ですか?」
”話は済んだのか?”
「まだだろ?どう見ても・・・聞いてた?精霊さん」
なんだろう。
この空気を読まない感覚には親しみが有る。
てか目の前に二匹居るんだよなぁ・・・。
これさ?絶対血が繋がってるよね?
確証とかじゃなくモロ出ちゃってないか?
それで判断しちゃダメかな?
まぁいいや。