病気と決闘
集落の西側の所に確か小さな丘のように成っている場所がある。
丘の中央には、大きな平たい岩があって、何かの儀式に使われるんじゃないか?と思っていたけど
此の一年使った気配がなかった。
それどころか、何年も放置されたため、苔まで生えている。
ここなら使えるだろう。
幸い、スコールによる浸水もここまでは届かない。
大量の雨に濡れるだけだ。
屋根付きの小屋を設置すれば火も炊けるだろう。
僕は船で丘まで行く最中集落の外に漂流して集まった、
木の破片や枝のなかから使えそうな物を大量にかかえていた。
船を丘のきわに着けると、木材をどんどん岩が有る場所へと運ぶ。
かなりの重労働だ。
しかしギギリカの事を思うと、そんな事は些細な事に思えた。
疲れも気にならない。
半日は動き詰めだった。
木材を紐で縛り、頑丈とは言えないが、
雨風は十分凌げそうな小屋を岩にくくりつける形で作った。
ちょうど僕が小屋を作って帰ろうとした時。
パパムイが、まだ教えていないにも関わらず見様見真似だろう。
船を漕いでこちらへ向かってきていた。
どうやら容態が急変したんだろう。
一刻を争う。
急いで、パパムイと合流しよう。
走り、自分の船へ戻る。
ちょうど、パパムイもこちらを見つけ必死に漕いできた。
「ポンピカー!大変だ!ギギリカが!」
「ああ!分かってる!すぐに戻る!」
パパムイは、僕と併走しながら慣れない手つきで長い棒を地面へと突き刺しては、船を漕いでいた。
相当、焦ったのだろう。
道中、意味がわからないことをしきりに言っていた。
曰く、「ギギリカから熱い風が吹いた!」とか「ギギリカの動きが鈍い!」とかだ。
動きが鈍いってのは、体力が落ちたんだろう。
熱い風ってのは恐らく、熱が上がったんだろう。
僕は、焦って仕方ないパパムイを落ち着かせながら集会場へと戻った。
集会場の中では、ギギリカの場所だけ、他のスキクが避ける形で、見守っていた。
近づくと感染ると聞いたからだろう。
族長はちゃんと言った事をやってくれたみたいだ。
これならすぐに運び出せそうだ。
僕はパパムイに紐を渡し、これでギギリカを僕の船に載せるように言った。
パパムイは大きく頷くとすぐにギギリカを抱き上げてドアの方へと移動。
僕はそれを見たので、族長の元へと赴く。
「ポンピカ・・・ギギリカの様子はどうだ?」
「多分熱が出たんでしょう。冷やす必要があります。解熱剤とかそれに変わる薬草を教えてください。」
「解熱??・・・熱を冷ます草ならここに有る。持っていくがいい。」
「ありがとうございます。」
「それから、ウルグズの件ですが・・・」
「ふむ・・・奴は、体が動かないのは、体力が落ちたせいだと考えて、どうやら死ぬくらいならとの思いから捨てられた場所の草や木の根、ありとあらゆるものを口にしたそうだ。恐らく其の中に”ジン”を治す物が有ったのかもしれぬ・・・。当時詳しい事を聞かなんだワシの責任だ。すまぬ」
「いえいえ。それだけ判れば十分ですよ。なんとか出来ると思います。ありがとう」
「構わん。それより早くいってやれ・・・こっちの事はワシに任せるんじゃ」
「わかりました。では、失礼します。」
そういって、僕はドアへと駆け出す。
しかし、ドアの手前で、見知ったスキクが道を阻む。
ウルグズだ。
・・・このタイミングは、あまり良くない。
一刻を争う時なのに・・・
「ウルグズ。どいてもらえますか?ギギリカを治す為に行かなければ成りません。」
「いや!お前はここにいろ!」
さて、どうしたものか・・・チラッと族長を見る。
何故か族長は成り行きを見守っている。
ふむ・・・もしかしたらウルグズは、
族長に話をする代わりとして、
僕との話し合い・・・いや違うな・・・何かを要求したのだろう。
「えっと、ギギリカが死んでしまいます。そこをどいてください。」
「いや、どかない!ギギリカは雌だ。”ジン”に成った雌は必ず死ぬ。ギギリカはもう助からない」
「なるほど・・・」
チラっと族長を見る。
すると、族長は申し訳無さそうに俯く。
つまり、ウルグズの説得に失敗したのか。
そして、解決方法は僕らに任せる・・・ってことね。
族長。
申し訳ないけど、僕をあまり怒らせないほうがいい。
この解決の結果を想像出来てないはず無いのに・・・
まぁ、仕方ないか。
やる時はやるしか無い。
「ウルグズ。僕はギギリカを治す術を知っている。お前がそこをどかないとそれが出来ない。どういうことか分かるな?」
「ふん。お前になど救えるスキクは居ない!」
「そうか、つまり、そういう事でいいんだね?」
「ふん。分かってるだろ・・・俺はこの集落でお前の次に”問題”をこなしている。内容から言えばお前より強い獲物もだ・・・」
「そうか・・・。族長、いいんだね?」
族長に目を向けると、小さく頷いた。
仕方ないか・・・。
「ウルグズ。お前は何を使う?」
「ふん。俺は、この石斧だっ!お前こそ何を使う。」
なるほど、ならイケるな・・・。
ウルグズの問に対し僕が選んだのは、
集会場の片隅に積まれている枝を一つ手にとって見せた。
「ふん!そんな物でなにができる!」
「そうだね。」
そっけなく答えたのが癇に障ったのかもしれない。
鼻息をあげてこちらへと突っ込んでくる。
僕はそれをヒョイっと避ける。
前のめりに振り落とした石斧が積まれていた枝を割り、床板にささった。
ベリッ!
石斧を強引に引き抜くウルグズ。
僕はその隙に脇を通り抜けた。
ついでにとウルグズの目玉へ、
枝をペシッと当てて、目潰しを食らわせてやった。
ものの見事に目を押さえて、うずくまる。
其の隙きに開け放たれたドアの所へと向かった。
ドアの前まで来ると僕は振り返ってウルグズと対峙する。
ウルグズの白目が充血している。
普通充血しないもんだけどなぁ、
結構キレイに枝がヒットしたからな。
「このっ!!卑怯者!」
ふむ。卑怯で結構。
僕は僕でやらなきゃいけない事が山積みなんだ。
「無様だなぁウルグズ。さっさと来いよ。まるで、野生のトカゲみたいだぞ?頭位使ったらどうだ?」
挑発をする。
スキクは、基本的に此のような決闘は行わない。
だけど、まれに血の気が多いスキクが決闘を行うことが有る。
大概は、自分の地位や大切なものを奪われないためだったり、
嫉妬や利己的な目的のためだったりする。
ウルグズは、嫉妬方面だな。
そして、大抵そういう奴は体は強いが頭が足りない。
足りないだけならまだしも、自分の感情をコントロールするのが下手くそなんだ。
去年、決闘が有った。
僕は小さく何のためなのか分からなかった。
だけど、その時の決闘は集落の中で行われた。
それに比べて、此の場所は集会場だ。
つまり状況が色々と違う。
ウルグズはもしかして、こういう状況の場所を利用したのかもしれない。
逃げ場のない部屋の中ならあの大振りの斧もたやすく当たるだろうと。
だけど、僕は去年の決闘を見ていて、色々と気づいていたんだ。
硬いく粘り気の有る鱗は剣でもそう簡単に切り裂けないだろう。
大きく付き出した顎は力強く、噛みつかれたら容易く腕を食いちぎられるだろう。
靭やかで、縦横無尽にはねる尾は、それだけで鞭と変わらない。
一見弱点が少ない生き物に見える。
だが、そんなスキクにも弱点が有る。
僕は、スキクの弱点をしっかりと把握しているんだ。
どんなに硬い鎧で守られようと。
どんなに力強く攻撃されようと。
弱点が判ればそれを旨く利用すればいい。
ウルグズには悪いけど、結構急ぎだからね。
使わせてもらう。
「ぐぎぎぎぎ!ポンピカ!キサマアアアアアアアア!」
完全に頭に血が登ったようだ。
起き上がり、なりふり構わず斧を振り回している。
だけど、そんな大振りじゃ当たるはずもない。
ウルグズが、集落の中で特に力が強いのは知っている。
僕から比べると、掴まれただけで死んでしまいそうだ。
だけど・・・
なりふり構わず振り回している斧がピタリと止まった。
どうやら僕を見つけたようだ。
そうなれば、頭に血が登ったウルグズが取る次の行動は?
予想どおり、何の策も無く僕めがけて突進してくる。
それも斧を振りかざし、一撃で仕留める勢いでだ。
僕は、ドアの方へと後退する。
後退した僕を更に前のめりに追いすがるウルグズは、尻尾が宙に舞っている状態だった。
ウルグズの振りかざす斧が僕へと届く瞬間僕はそのまま後退して宙に体を投げ出した。
勢いの付いたウルグズはそのまま僕を追って、宙に身を投げ出してしまった。
次の瞬間。下への降下がはじまった。
ウルグズの斧はあえなく僕に届く距離を離れて、振り抜かれた。
ウルグズは、此の時正気に戻ったのかもしれない。
突然後ろを振り返る素振りをしたんだ。
僕はその隙を狙っていた。
急速に落ちる中、僕は手に持っている枝を再度、ウルグズの目玉へと振り下ろす。
乾いた音がした。
パシッ!
音がしたかと思うと、次の瞬間には、水の中へと落ちていた。
ザバーン!
僕は水中へと落ちた衝撃を和らげるように斜め方向から潜れたが、
ウルグズは見事に腹を強打したようだ。
僕はそのまま少し泳ぐ。
距離を取る事で、ウルグズが襲ってこない様にするためだった。
目の前では、ウルグズが水の中でもがいている。
足が届くほどなのに何時までも立とうとしない。
「ガアアア!・・・ブハッ!ポ!・・・ブクブク・・・ポンピカ!助けろ!・・・し、死ぬ!」
どの口が言ってるんだ?
自分勝っても大概にして欲しい。
自分から向かってきた決闘だろ?
「どうしたんだ?ご自慢の力で、水を跳ね除ければいいだろ」
「ブクッ!・・・いいから!・・・プハッ!たすけ・・・ブクブク・・・ゲハっ!」
ウルグズが自分勝手に喚いているけど、
もしここで助けたらまた決闘を申し込まれるだろう。
次第に動きが鈍り始めたウルグズ。
体力を使い果たしたのかもしれない。
あの様子だと大量の水を飲んだ上に肺にまで、水が行っているだろう。
それに呼吸も出来ないようだった。
もう少し様子を見てみよう。
迂闊に近づけば、襲われかねない。
様子を見ていると、一際ビクッと痙攣したかと思うと、
力なく水中に顔を付けたままピクリとも動かなくなった。
ドアの所では、今までの様子を族長を始め、多くのスキクが眺めている。
族長がこちらに目を向ける。
どうやらもう楽にしてやれという様な事を言っているのかもしれない。
ダメだなぁ。
もうこれは、止めを刺すのが礼儀だろう。
本当は僕、こんなの好きじゃないんだ。
殺生は苦手なんだよ。
心情的に辛いが、手を汚すことにした。
手近な所に有る漂流した木の枝を手に取り、ウルグズに近づく。
慎重に近づく・・・棒を使って、ウルグズをつついてみる。
反応がない。
だけど慎重に行動しなければ万が一が有るだろう。
その位置から棒をウルグズの外耳へと近づける。
地に足を付け、踏ん張りながら外耳へと木の尖った部分を突き刺した。
その瞬間、突然ウルグズが目を覚ました!
「ゴァアアアアアアア!」
大きな咆哮を上げた。
僕は素早く泳いで、距離を取る。
激しく、暴れるウルグズは、次第に力を無くして行く。
最後には、水の中へ自ら沈んで行った。
水面から僕が刺した木の棒が飛び出している。
木の棒は波に揺れるだけで、命を感じない。
どうやら決着が付いた様だ。
ふぅ〜。
僕は、ウルグズに刺さっている木の棒へと手をかけ念の為今一度、力を込めて、深く突き刺す。
手応えは有るが、反応はない。
決着が付いたのだ、そう思い、ドアの所にいる族長へと目を向ける。
族長は「なんとも言えない」とでもいいたげに見返してくる。
「族長。決着着きましたよ。行っていいですね?」
「構わん。・・・ウルグズは・・・」
「キッチリ止めを刺しときました。死んでます。」
「そうか・・・。では、ウルグズはポンピカの物だ。」
「・・・はい。」
族長が言った言葉には深い意味が有る。
決闘で倒した相手への敬意を示すため、
殺したのであれば、それは獲物を殺した物と同じ意味を持つ。
つまり、僕はウルグズを狩りで仕留めた獲物として、処理する事に成る。
次に、ウルグズが保有する物全てが僕の物になる。
スキクはそれほど物欲がない。
ほとんどの場合生まれてから死ぬまで手ぶらが基本なのだが、
まれに収集グセや何かを溜め込む奴がいる。
そういうスキクの持ち物を自由に出来る。
そして、最後は、倒した相手が保有する権利のようなものも手に入れる。
今回の場合、ウルグズは今年生まれたばかりのスキクの親代わりをしていた。
つまり、そのスキクの親が僕になるわけだ。
本来スキクは早くとも2年か3年たたないと、親になれない。
僕はまだ1年しか経っていない。しかし例外はつきものである。
つまり僕は、親になったわけだ。
色々と教えなければいけなくなる。
まぁそれは良い。
取り敢えずギギリカの方が大事だ。
「族長、しばらく子供はそこで面倒を見ていてください。ギギリカが治り次第戻ります」
「わかった。」
挨拶を交わし、僕は船に乗り込み、浮いているウルグズを紐で繋げ、ギギリカとパパムイの元に向かう。