罠と不意打ち
しばらくすると、ケルケオの影が見える距離までたどり着く。
様子を伺うと、ケルケオは全部で5匹も居る。
三匹が固まって斜面へと腰を落とし、うずくまる形で休んでいた。
残り二匹は、その周囲を警戒するように長い首をもたげて、常に警戒を怠る様子はない。
しかし・・・こう見ると不思議だ。
『ポンピカ。彼処にうずくまってる三匹だけど・・・ありゃ雌だね・・・』
『やっぱり巣を作ってるってことでいいんだね?』
『それで問題ないよ。それより、あの5匹が一気に襲ってくれば厄介だねぇ。』
『多分、雌はあの体勢から動かないところを見えると、すでに産卵を終えているのかもしれない』
『・・・なるほどねぇ。じゃぁ、襲ってくるにしても二匹ってことかい?』
『まぁ、不測の事態が有れば、そう言えないけど、恐らくはそうかもしれない』
『わかったよ。あとは、パパムイの合図待ちだね』
『そう思う』
しばらく様子を見る。
すると、斜面の上の方のシダの間から黄色い煙が立ち上り始めた。
『ギュギュパニ。パパムイはやってくれたみたいだ』
『そのようだね。それにしてもあんな近くまで潜んでいられるなんてねぇ・・・見ない間に随分成長したもんだ・・・』
ギュギュパニは関心しているようだ。
まぁ、親元を離れて数カ月だけど、その前にはすでにパパムイは狩りを行っていた。
随分と成長が早い個体なんだろう。
なかなかスペックが高いと思う・・・頭は足りないんだけどね。
黄色い煙が斜面をなぞるように次第にケルケオの集団の方へと流れていく様子が見て取れる。
あの煙って、空気より重いのかもしれない。
そうじゃなきゃ地面を這うようには流れないはずだ。
それよりパパムイは無事避難出来たかな?
ここからだとパパムイの様子が見て取れないんだ。
『ねぇ・・・ポンピカ』
心配そうにギギリカが話しかけてきた。
『もうそろそろパパムイも戻ってる頃よね?』
言われてみるとそうだ。
パパムイが動いている気配が無い。
と、言うか気配がわからないのもある。
もともと気配を消すのが得意なのもあるけど・・・流石に戻るのが遅い気がする。
ギギリカが心配そうに辺りをキョロキョロする時間がながれる。
黄色い煙がやっと、ケルケオの近くまで流れていった。
外回りを警戒している2匹のケルケオがその黄色い煙に気づいたようだ。
突然、警戒の声を張り上げ始める。
その声に雌と思われる3匹のケルケオが首をもたげて、煙の方を眺め始めている。
警戒をしていた二匹の内煙に接触を試みた一匹が出た。
煙に近づき、注意深く観察するように煙の方へ鼻を突き出したのだ。
ものの見事にその煙を吸ってしまったようだ。
しかし目眩を起こす様子がない。
失敗したかな?
『ポンピカ。どういう事?失敗?』
『わかんない。でも効果がないならパパムイはすぐに戻ってくるはずだよ』
『なぁ・・・もしかしてなんだが・・・パパムイは煙を吸っちまったんじゃないかい?』
そんなギュギュパニの言葉で僕はハッ!となってしまった。
それはまずい。
まずすぎる。
だけど、今出ていっても僕らの方が危険になる。
だからといって、パパムイのように気配を殺して、あんな近くまで行ける力はない。
さぁ・・・どーするかなぁ。
僕が苦虫を潰した思い出打開策を思案していると、先程黄色い煙を吸ったケルケオの様子が変わり始めた。
フラフラとした足取りで、煙が出ている場所まで近づこうとしているのだろうけど、足元がおぼつかず、終いには力なく倒れ込んでしまったのだ。
『ポンピカ!チャンスじゃない?パパムイを助けに行こうよ!』
ギギリカにはそう言われてもなぁ。
仕方ない。でも他のケルケオの様子が変わらないとどうにも・・・。
と思っている内に斜面で様子を見ていた4匹のケルケオが次々に気を失ってしまった。
どうやら、黄色い煙とは別に透明な煙でも出ていたのかな。
『ポンピカ!機会が訪れたね。これなら大丈夫そうだよ』
ギュギュパニがそういったのを機にギギリカがパパムイの元へと飛び出していってしまった。
待てなかったか・・・。
『あたし等も行くよ』
『ちょっとまって、ウウダギ、紐で編んだ布きれは持ってきてるよね?』
『うん。』
『それを僕とギュギュパニと自分の口と鼻に当てるようにして移動するよ』
『うん。わかった』
ギュギュパニが何をいってるんだ?とばかりに様子を見ていたが、
マスクでもしないと、まだあのケルケオの辺りは目眩がするはずなんだ。
安全ではない。
ウウダギが取り出した布を僕は口と鼻を覆い被すように手で押さえて移動を始めた。
極力風上からの移動と言うところだね。
「ギュギュパニ。ギギリカとパパムイは多分気絶してるはずだ。この布を持っていってくれ。」
「わかった!」
ギギリカは、多分途中で倒れてるだろう。
そしてパパムイは煙をもろに吸ってしまったんじゃないかな?
焚き火の側で倒れてるだろう。
「ウウダギ。風上からケルケオに近づくよ。体に変な感じがしたらすぐに離れるからね」
「うん」
ギュギュパニはギギリカとパパムイの方へ。
僕とウウダギは、ケルケオの方へと移動し始めた。
ケルケオ。
首が長く、尻尾も長い。
胴体は、ダチョウ位の大きさだと思う。
前の手は随分と退化しているようで、体に対して凄く小さい。
その代わり後ろ足はものすごく大きい。
顔は、やや尖っているような形をしているけど、作りはトカゲとほぼ同じ物だ。
そして頭が小さい。
小さいと言っても僕らスキクと対して変わらない位の頭の大きさだと思う。
ただ、妙にバランスが悪そうだ。
肌は鱗が突起のように細かく並んでいる様子をしていた。
鮫肌の様な作りをしている。
前の手、腕にかけて、毛が生えている。
細かい毛で、まさに羽毛の様なものだ。
背中にもうっすらと毛が生えていた。
赤い毛並みをしているのが見て取れる。
僕ら二匹が近くまでよって見れたことから煙の効果が終わっているようだった。
失神からどのくらいで立ち直るかわからないところもある。
早めに拘束を行わないと、どうにもならないだろう。
ただ、マスクはしたままのほうが良いだろうと思い。
ウウダギへと合図を送り、縄で足と首を一つ所へと縛り上げるように拘束を施した。
片手での作業が思うよりも難しく最終的に自分の足と片手での拘束作業になってしまったんだ。
マスクは常に顔を覆わないと、気が抜けない。
さて、一通り拘束は出来た。
パパムイ達のところへ行こう。
ウウダギと僕が黄色い煙が出ていた場所まで近づくと、そこにうつ伏せに寝かされているパパムイとギギリカが目に入る。
そして、どうしたものかと困り果てているギュギュパニの姿が有った。
焚き火はすでに燃え尽きていたようだし、煙もすでに出ていない。
この辺はキノコの効果がもう無いだろう。
ギュギュパニがすでにマスクをしていないことからも理解できる。
僕はマスクを取り外し、急いで近くへとよっていった。
「ギュギュパニ。様子は?」
「ポンピカか。そっちはどうだい?」
「こっちはケルケオ5匹全部拘束した。まだ目が覚めていない」
「そうか・・・パパムイとギギリカも煙を吸っちまったようだね。この通り気絶してるね」
まぁ、言われなくともわかる。
ってかパパムイはともかくギギリカは心配しすぎだ。
それはともかく、
パパムイの様子を確認しよう。
近寄って、息遣いを確認。
死んではいない。
ただ、口元から舌がでていて、だらしなく成っている。
こりゃ、相当強い目眩だな。
それに対してギギリカは寝ているように見える。
つまりパパムイは相当濃い煙を吸っちゃったんだな。
瞼が閉じているところを指で開いて眼球を確かめる。
目を開いても意識が戻らない。
こまったなぁ・・・。
こんな時じーちゃんならどーしたかな?
道場で失神した人は何人も見ている。
それと大して変わらない様子なんだよね。
じーちゃんとかは、軽い失神ならば、無理やり痛みを与えることで起こしていた。
症状が弱そうなギギリカには悪いけど、試してみるしか無いかな。
「ギュギュパニ。少しごめんよ。」
「ん?何するんだい?」
「んっとね。」
そういって、ギギリカの両肩に手を起き、膝で背骨を支え、一気に肩を引き上げる。
すると、大きく息を吸い込んで、痛みと共にギギリカの意識が戻ってきた。
「ゲホッ!ゲホッ・・・。あれ?あたしは・・・」
「ギギリカ!意識が戻ったね!よかった」
「・・・そうだ!パパムイ!パパムイは・・・」
「パパムイはまだ、意識が戻んないよ。もう少し煙の効果が落ち着くまでは、起こせない」
「そう・・・」
「そんなにしょげなくていいよ。ポンピカがついてるからね」
「うん・・・」
なぜか、僕が居るだけで何でも治るような雰囲気になってる。
そんなことはないはずなんだけど?
でもパパムイは随分濃い煙を吸い込んじゃったんじゃないかな?
ギギリカの失神の状態から見ると、極めて強い異臭によって、脳が耐えきれなくてシャットダウンしてしまうような物なのかもしれない。
呼吸を整えればすぐに戻った所を見ると、パパムイの回復も早くなるだろう。
まぁ、パパムイは浅いけどしっかり自発呼吸してるから生命に問題はなさそうだし、
ケルケオの症状も似たようなものだ。
きっと問題はない・・・はず。
「ポンピカ。アレどうする?」
マスクを片手にウウダギがケルケオの処理について訪ねてきた。
「ポンピカ。全部捕まえたのかい?」
「うん一応、縄で足と顔をしばっておいた。尻尾は引っかかりが少ないから無理かな」
ギュギュパニから捕まえたかの確認がきた。
「わかったよ。それじゃ、運ぶにはパパムイが起きてからにするかね?」
「うん。そうしよう。ってことだ、ウウダギ」
「うん。わかった」
ウウダギは一連の流れを頭にしっかり叩き込んでいるんだろう。
独り言のようにブツブツ言っている。
さて、運ぶにしてもパパムイが目を覚ます頃にはケルケオも覚めるわけだ。
そうすると、動くだろう。
きっと運びづらいはず。
どうしようかなぁ・・・。
「ポンピカ。雌は卵を産んでたかい?」
「あっ!確認してない。」
「そうかい。じゃぁ確認はまかせるよ。いいかい?」
「わかった。ウウダギいこう」
「うん」
卵の確認を忘れていた。
急いでケルケオが縛られて居る場所へと向かう。
それにしても卵ねぇ。
なんで確認しなかったんだろう?
やっぱりパパムイの事が心配だったのかなぁ?
雌が3匹だったなぁ。
そうすると一匹につき1個産んでたとしたら・・・ギギリカの”問題”が解決するじゃないか!
これはいいね!
雌が3匹かぁ・・・ん?あれ?
雄2匹だよな?
なんで雌が3匹?
一夫多妻とかなのか?
それともなんか違うのか?
・・・通常、集団性の動物ってのは強い雄のハーレムだよな?
ケルケオは違うのか?
ライオンだとボスの1頭の直系の雄しか群れにいないはずだ。
って事は、捕まえた中にボスがいたのか?
・・・あれれ?
ボスとかが居る群れってのはもっと大きな集団のイメージなんだけどなぁ?
ケルケオがどんな習性なのかシシブブに前もって聞いとけばよかったよ。
そんな事を考えて、縛り上げられているケルケオに近づく。
その瞬間の事だった。
異変に一早く異変に気づいたのは、ウウダギ。
「ポンピカ!アレ!」
ウウダギがそんな事をいいながらギュギュパニ達が居る方向を指差す。
指し示す方向、ギュギュパニ達が居るよりも少し先の上部斜面の方にここらに転がっているケルケオよりも一回り大きな影が蠢いている。
僕は急いでギュギュパニ達へ警告を発した。
「ギュギュパニ!後ろだっ!一匹隠れていたぞ!」
離れてはいたがギュギュパニは僕の声に気がついたようだ。
だけど、後ろに居るケルケオの反応のほうが早かった。
あっという間にギュギュパニへと踊りかかっている。
僕はすぐに助けなきゃと思い、ギュギュパニ達の元へと駆け出そうとした瞬間。
後ろに居たウウダギが悲鳴をあげた。
「ギャッ!」
何事かと思い、ウウダギへと顔を向けると、そこにはギュギュパニの所で暴れているケルケオより更に一回り大きい個体が、ウウダギの尻尾に食らいついている。
それを見た瞬間、ついカッと成ってしまった。
頭に血が昇ったことで、意識が少し薄れている。
頭が回らない状況であったけど、体は勝手に動いてくれた。
ウウダギがもがいているところへ、僕の渾身の手刀が、ケルケオの首へと振り下ろされた。
シュッ!
風を切る音だろうか?
普通はそんな音なんて出ないだろう?
でも確かに音が出るほどの速度だったようだ。
きっと物凄い速度だったと思う。
意識が薄れているのもあいまって、いまいち現実味がない。
身体の感覚が希薄なんだ。
何だか、嫌な夢でも見ているようなそんな感じだったけど、
結果から見て、ウウダギは開放された。
尻尾には、細かい噛み傷が残ってしまった。
可哀想に・・・。
「ウウダギ!大丈夫か!」
「ポンピカ!シッポかじられた!」
齧られた程度じゃない気がする。
大丈夫なのか?
「痛くないか?」
「まだ痛い。でも大丈夫!それよりギュギュパニ!危ない!」
ウウダギの言葉で我に返った。
ギュギュパニ達へと振り向くと、ケルケオがギュギュパニへ馬乗りになって、
その逞しい二本の足で攻撃を加えている。
ギュギュパニはなんとか必死で捌いている状態だけど、持久力が持つかどうかわからない。
加えて、噛みつきは捌くことが出来ないようで、首筋などに噛みつかれていたりする。
正直ヤバイと思った。
すぐにウウダギと、ギュギュパニたちの元へと走り出す。
「ギュギュパニ!少し辛抱してくれ!」
ギュギュパニは必死なのだろう返事をする余裕がない。
ウウダギはシッポがイタイだろうに・・・でも僕の後を必死で着いてくる。
いい子だ。
僕とウウダギが近くまで来ると、ケルケオは僕の方へと顔を向ける。
すると、ギュギュパニの足へと足爪をたて傷を付けて、すぐに距離をとった。
「ぐあぁっ!」
ギュギュパニは足が痛むのだろう両手で押さえて呻き始める。
あのケルケオは随分と頭が良いのかもしれない。
脅威となる大きいギュギュパニを行動不能にすることを目的にしている様子だ。
とても賢い。
側に居るギギリカは完全に戦意を失っていた。
パパムイに覆いかぶさるように震えているんだ。
パパムイはまだ、目を覚まさない。
距離的にはケルケオからギュギュパニやギギリカが居る場所の方が距離が近く、
人質とするなら何時でも攻撃を加えることが出来る距離だろう。
つまりだ・・・。
あのケルケオは思考力がある。
しかもそれなりに高度な思考力だ。
やっかいだなぁ・・・。
だって、僕が今の位置から近づこうとすると、
ギュギュパニへと足先の爪先を近づける素振りをするんだ。
本当に厄介だ。
あんだけ、思考力があるんだ。
恐らく、人質の概念があるんだろう。
そうなると迂闊に動けなくなった。
しばらく膠着かなぁ・・・。
「ポンピカ・・・。アレなんかヘンだよ?」
ウウダギも気づいたか。
「うん。ありゃ、相当頭か良い。ギュギュパニを何時でも攻撃できるぞってアピールしてるんだ」
「どうすればいい?」
「しばらく膠着状態かな」
「ギュギュパニは?」
「事態が動かないと何も出来ないよ」
「ギュギュパニ大丈夫?」
「そう思わせて、後ろで縛られてるケルケオが起きるのを待っているんだと思う。焦れたら負けだよ」
「うん。わかった」
ウウダギは本当に理解力が高い。
今の話で、多分人質って言うことを理解したんだと思う。
もしかしたら、それの利用方法も考えついてるかもしれない。
末恐ろしい子だなぁ。
まぁ、かわいいから別にいいけど。
そんな事を考えている間もギュギュパニが、必死に痛みを我慢して移動しようとしている。
ケルケオから距離を取ろうとすると、ケルケオはギュギュパニの引きずる足へと自分の体重を乗せた足を乗せて痛みを与える。
その度にギュギュパニが痛みに声をあげる。
ありゃ、相当な思考力だぞ?
なんであんなに頭がいいんだ?
ケルケオってのは皆そうなのか?
さっきウウダギに噛み付いたケルケオからは思考力の欠片も感じなかった。
縛り付けている奴らだってそう感じる。
多分アレだけが特別なんじゃないか?
言葉が通じればいいんだけどなぁ。
試しに話しかけるか。
「おい!その足をどかせ!さもないと、お前の仲間を殺すぞ?」
僕の言葉は伝わったか?
伝わってないか?
様子をみると、一向に足をどけない。
仕方ない。
「ウウダギ。気をつけて雌のケルケオのところから卵があったら持ってきてくれ」
「なにするの?」
「こっちもアイツに意味返しをするんだ。アイツは自分がしてる事をされてどう思うかな?」
「・・・わかった。持ってくる。」
ウウダギがソロソロと後ろへ下がっていく。
その様子を目撃したケルケオは、またギュギュパニの足を踏んで痛みを与えているようだ。
ギュギュパニがもがいている。
ったく。大事な採掘要員をよくも傷物にしてくれたな?
お前は絶対殺す。
誰かが許してもだ。
ふざけんなよ?
しばらくにらみ合いが続いていると、
後ろの方から僕を遮蔽代わりにウウダギが戻ってきた。