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黒い花  作者: 島倉大大主
第四章:黒い花
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9

 足の下が揺れ始めた。

 未海ちゃんが道路に転がる。

 あたしも足をとられ道路に転がる。

 それでも、起きる。また転がる。

 のろのろと起き上がった未海ちゃんは、スマホを取り出して眺めると、また空を見上げた。

「未海ちゃん!」

 ぼんやりした顔で空を見上げている彼女の足が、アスファルトから離れた。

 あたしは走りながら声を張り上げる。

「待ってて! 今行くから! どこかに掴まって、手を伸ばして――」

 と、尻ポケットに突き刺さるような熱い感覚が起った。あたしはそれを取り出すや、手の平に乗せ、未海ちゃんの方に掲げる。

「未海ちゃん! これ!」

 未海ちゃんがゆっくりとこちらを向く。

 今度は手の平に突き刺すような熱さが産まれた。

 あたしは振りかぶると、それを未海ちゃんに投げつけた。

 こつん、と小さい音を響かせ、未海ちゃんの額に当たった蛙は小石よりも小さいのに、吸い上げる力をものともせずにアスファルトにことんと着地した。 

「……あれ? あたし――浮いてる?」

「未海ちゃん!」

 あたしの声に未海ちゃんは、四肢をばたばたと動かし始めた。足は完全に地面から離れ、今や逆さまになりながら吸い上げられつつあった。

「きゃっ……いや、お、お姉ちゃん! た、助けて!」

 その声に、あたしは最後の数メートルを、思い切り道路を蹴って飛んだ。細くて、発疹が治りかけた腕をなんとか掴む。

 だが、上昇は止まらない。

「何かに掴まれ!」

 野町さんの叫びが聞こえる。

 雲が穴に吸い込まれ始めた。

 真木の車ががくがくと震動している。右手の辺りに転がっていた塀の欠片が、固い音を立てて転がり、ついで浮く。

 あたしの体も少しづつ浮き始めた。踏ん張ろうにも力が入らない。今更ながら御霊桃子に、いたぶられたのが効いてきたようだ。

 くそっ……。

「先輩っ! せーんぱーーーい!」

 肩越しに振り返ると、真木はまだ空を眺めていた。

「おい! ヒョロナガトカゲサイコ野郎! てめえ、あれだけ散々べらべら喋っといて、結局、『黒の世界』の思う通りか! 人生滅茶苦茶にされた挙句に、一体化したいですって、お前どんだけお花畑野郎なんだよ! 戦えよ、この野郎!

 おい!

 なんでもいいから、あたしを助けろって、この先輩野郎――」

 御霊桃子だったモノが爆発した。

 周りの空気がきゅっと絞られるような感覚になるや、鈍くて重い音と共にマンホールの蓋が吸い上げられた。

 駄目だ、もう――

「いやいや、京さん、僕は意識を失っていたわけではなくてね、これを見逃す手はないとじっくりと観察していたのだよ。見届けるのは僕らの使命――そう思わないかね?」

 未海ちゃんの手を握ったあたしの足、それを掴んだのは真木だった。その足を野町さんが掴み、その野町さんの胴体に香織さんがロープを巻きつけていた。ロープの先は真木の車の後部のウィンチだ。

 あたし達は、静電気付き下敷きに引っ張られる髪の毛のごとく、空中で静止した。

「ふっはははは、中々に間抜けな状態ですなあ!」

「うるせえ、ゴミ屋! 笑ってないで何とかしろ!」

「うぇーん、よし君、愛してるわあ!」

 やけくそなやり取りに、あたしは振り返ると、真木と互いに、にやりと笑い合った。

「ったく、なーにが使命だよ。先輩、『黒の世界』に魅かれてたんだろ?」

「失敬だな! 僕は理性の人だよ。とはいえ、仮にそうだったとしたら、それは、病気のようなものだ。君は風邪をひいた人間に、熱を出したなと攻めるのかね? まったくもって、とんだドSだな!」

「お褒めに与り光悦至極だね。ところで、先輩、マヨネーズってどっから持ってきたんだ?」

「ああ、あれですか。裏口が壊れていた家があったので中に入って失敬したのだよ。舐めるかね?」

 あたしは吹き出した。

「いらないよ」

「そりゃ残念。では――餞別(せんべつ)にしましょうかね」

 真木はあたしの足を掴んでないほうの手で、マヨネーズのボトルを放り投げた。そこそこ重いそれはくるくる回りながら、上空の黒い穴に吸い込まれていく。

「御霊桃子さーん! あなたに素敵なプレゼントですう!! そっちに行っても、頑張ってくださいねー、永遠にねえ! オーイエーーーッ!!!」

 真木は、ぎゃははははっ、とここぞとばかりに高笑いをした。あたしの頭の中に、御霊桃子の叫びが響く。

 あたし達はアスファルトに投げ出された。真木のぐえっという声に、野町さんの毒づく声が被さる。


 真っ黒い巨大な花が、夜の空に咲いた。


 それはやがて薄れ、萎み、跡形もなく消えて行った。

 あたしと未海ちゃんと小さな蛙の間に、半分になったマヨネーズのボトルが落ちてきた。それは三度跳ねると、中身をどろりとアスファルトにぶち撒けた。


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