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黒い花  作者: 島倉大大主
第三章:歩き種
28/48

6

 あたしは椅子にもたれかかると、溜息をついた。

「ひでー話だ」

 真木は肩を竦めると、しゃがみ込む。

「さて、御老人、どこかに訂正する場所はありましたかなあ?」

 おばちゃんはゆっくりと首を振った。

 真木はそうですかそうですか、と小さく呟き、突然――


「じゃあ、なんで俺の親父がこの世から消滅したのか説明してもらおうか」


 と鋭く言った。

 あたしはぎょっとして、真木の顔を見た。

 怒っているのか、笑っているのか、それとも泣きそうになっているのか。

 自分の目や脳の事じゃなくて、父親。

 あれだけ毛嫌いしているように語っていても、『まあ、それでも親は親だからね』とぽろりと漏らしてるんだから、やはり怒っていたんだろう。

 あたしは真木のそういう反応に、少し嬉しさを覚えていた。

 おばちゃんはノロノロと顔を上げる。

「……つばき市か?」

 おばちゃんの問いかけに真木は頷く。

「そうか……」

 おばちゃんは床に正座をした。あたしは、ああちょっと待ってと立ち上がり、座布団を探す。祭壇の隅の方に、埃を被った赤に金で刺繍が施された悪趣味なやつが積んであるのを見つけた。あたしは家にいる癖で投げそうになり、慌てて直前でこけそうになりながら、手を止めた。おばちゃんと真木が呆れた顔をした。

「へへへ、スンマセンね、いつも家じゃこんな感じでして」

 あたしは照れ笑いをしながら、おばちゃんに座布団を渡した。おばちゃんはあたしの顔を見て、一瞬、妙な表情をした。泣き笑い、というか、なんというか――

 真木が、くっくっくっと含み笑いをした。

「流石だね、京さん。久しぶりに僕は怒ったというのに、ふにゃっとした感じになってしまったじゃあないか。嫌いじゃないね、この雰囲気」

「流石だろ? まあ怒りながら聞いても冷静に分析できねーじゃん?」

「オウ! 百里あるな!」

 おばちゃんが真木に顔を向けた。

「真木、と言ったか。お前さんが巻き込まれたのは、そちらのお嬢さんが巻き込まれたのと同じ理由じゃ。予行演習中の不慮の事故、とあの禿げは言っておった」

 真木が、ん? と声をだし、それからみるみる目が大きくなった。

「……テロ計画ですか!」

 あたしは真木を肘でつつく。

「だーかーらー、二人でツーカーで会話すんなよ。おばちゃんも、あたしにもわかるように話してくんね?」

 おばちゃんはぶすっとした顔であたしを見た後、真木に顎をしゃくった。真木が頷く。

「うむ、京さん先程の話を覚えているかね? 某政治結社のお偉いさんがこの教団に出入りしていたという噂があった、というやつだ。つまり――」

「お、おい、まさか……そいつら神虫を使って?」

 おばちゃんが頷く。

「連中は何処で聞きつけたのか判らんが、この教団に近づいてきたのは最初からそれが狙いだったようじゃ。博人は金で転んだらしい。それに儂の力にも目新しさが無くなっていたからな。教団拡大への新しい足がかりに権力者へのコネが欲しかった、のかもしれんな」

「権力者ぁ? さっきの昔話みたいに?」

 あたしの素っ頓狂な声に真木がため息をついた。

「馬鹿な妄想お疲れ様です、だ。政権転覆、いや、国家転覆を夢見ていたと?」

 いやいや、とおばちゃんは薄笑いを浮かべる。

「わしは不得手じゃが、あれだけでかい声で妄想しておりゃ嫌でも聞こえるものでな、あれらは世界征服を考えておったよ」

 真木は口をOの字にして小さくオゥと呟いた。あたしは鼻で笑ってしまった。

「まあ、そんなわけで連中は願望と妄想と空想と現実をごっちゃにしての、お前さんがたも想像はつくと思うが、そういう連中に限って間抜けの癖に変に現実的なのじゃ」

「それで、予行演習ですか……まったく……」

 ああ、そういうことか……。

「そうじゃ。四回やりよったわ。そのうち一回がお前さんが住んでいた、つばき市。最後の一回は……そちらのお嬢さんの家の近くじゃ」

「最後、とは?」

 真木の質問におばちゃんは片眉を上げた。

「想像はつくじゃろう?」

 真木は眉をしかめて、今度はあなたが、と片手で促した。おばちゃんはぐっと背筋を伸ばし、天井に目をやりながら息を吐いた。

「あの馬鹿どもは――巻き込まれて消えたわ。博人は遥か昔に事故で死んだことになり、教団は別の者が教祖ということになっておった。それきりじゃよ」

 あたしが声を上げる。

「え? じゃ、じゃあ、御霊桃子はどうなったの?」

「あれは――札を持っていたのじゃ」

「……え?」

 また沈黙が降りる。あたしは押し黙ってしまったおばちゃんに声をかけようか迷い、結局真木にああもう、という顔を向けた。

 真木は腕を組み、あたしをちらりと見ると、ゆっくりと話し始めた。

「つまり、御霊桃子は記憶を持ったまま父親を失った、ということですか?」

「母親もだ。……儂もあれに半端な形で巻き込まれたのでな。五体満足だったが……」

 え?

「ちょ! それって――」

「京さん、後だ!」

 真木の鋭い声に、立ち上がったあたしはそのまま黙る。

「儂は……遥か昔に死んでいるということになった。娘も産まれていないことになった。儂は伝手から戸籍を買い、あそこに住むことにした。だが、教団に出入りしていた連中の中で札を持っている奴がいてもおかしくはない。だから残党が来ることを警戒し、気の触れたふりをし続けた」

 淡々と語るおばちゃん。

 じゃあ

 じゃあやっぱり、あの時あたしの手を掴んで助けてくれたのは、この人なんだ。

 真木がふうと短く息を吐いて、苦笑した。

「御老人。幾らなんでも、その嘘は、あからさま過ぎます」

 あたしは真木に怪訝な顔を向けた。

「……嘘ぉ?」


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