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「魔女殿、本日もご機嫌麗しく」
「……暇なのかお前は」
あの日からどれほどか。グレンの魔女は覚えていないが、森の奥地へ幾日かの日を置き通う人の子はきっと覚えているのだろう。
薄汚く痩せっぽちだった姿は今やなく、すくすくと健やかに伸びた背丈は気付けば彼女を追い越し、己を見下ろす翡翠の目が少しばかり癪に障る。
始めは観賞用の花を一輪だったが、彼女が文句を言って以来森に咲く野花を手土産にするようになった。それがいつしか菓子になり、珍しい香草になり、最近では持参した食材で料理を振る舞うように。その味にグレンの魔女は人の子の訪いに否と言わなくなった。
「お前は私を肥え太らせ、いつか食うつもりなのではあるまいな?」
香草の芳しいスープに舌鼓を打つグレンの魔女がぼやいたそれに、給仕をしていた人の子は翡翠の目を見開き止まった。
「何故黙る。よもや本当に食うつもりだったか?人の子如きが生意気な」
黙したことを肯定とした彼女が眉間に皺を寄せたのに人の子は慌て、切り分けたパンを食卓に並べながら弁明する。
「あっ、いえ、違います魔女殿。突然御身を家畜のようにおっしゃるので少々面食らいました」
「何故私が家畜などにならねばならん。とぼけたことを抜かすな蓑虫め」
気に障らぬようにと配慮したつもりなのだろうが、グレンの魔女の眉間から皺は退散してくれず、人の子は吐息を漏らす。
「私の名はファルナーですと幾度申し上げましても呼んではくださいませんね魔女殿は」
「たかだか百年ほどしか生きぬ人如きが久遠を生きる魔女の記憶に残ろうなどと驕ったことを。……蓑虫、おかわりをくれ」
呼ばれぬ名に人の子は眉尻を下げたが、空になったスープ皿を差し出され笑みを浮かべる。
「ふふ、お気に召しましたか。腕を振るった甲斐があります」
皿を受け取り鍋の元へと向かう広い背に、グレンの魔女はぽつりと呟く。
「……飯炊き係にならばしてやってもよい」
「っ!そ、れは……身に余る、光栄です、魔女殿」
小さな呟きを聞き逃さなかった人の子が嬉しそうに頬を緩ませるのを見て、頬を薄く染めたグレンの魔女はふんっと鼻を鳴らした。