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「あっはっはっはっはっ」


 女にしては低いハスキーボイス、けれど今日は少しばかり高い音を響かせる。

煙管から吐き出される煙が彼女の笑い声に連動して踊るように波打つのを見て、グレンの魔女は舌を打つ。


「笑い事ではないぞ、シエンの」


 幾度目かの魔女集会、あの日は壁に寄りかかり、集まった魔女とその連れを退屈しのぎに眺めていたグレンの魔女だが、今日はシエンの魔女とテーブルに着いていた。目の前には薫り高い薬草茶が湯気を上げ、真っ赤な木苺で飾られた華やかなタルトが出番はまだかと待機している。


 しかし渋い顔をしているグレンの魔女の様子を見る限り、彼らの出番はまだ先だ。無論、顎を反らし豪快に笑っているシエンの魔女も。


「恩を仇で返すとはこのことだ。二度と迷い込むなと言ったというに、何度も何度も迷い込む。やれ今日は天気が良いだの、近頃は暖かくなってきただの、毒にも薬にもならぬ花を持って来るのだぞ。どうせなら薬草を採って来いと言えば、使える野花を摘んで来るようにはなったが、違うだろう」


 面倒だと至極真面目に告げるグレンの魔女だが、それを聞くシエンの魔女は笑いが止まらない。比較的魔女たちの少ない場所を陣取ってはいるが、こうも高らかに笑われては否が応にも目を引く。ちらちらと向けられる視線を感じ、グレンの魔女はますます顔を渋くする。


「シエンの」


 いい加減にしろと言外に告げれば、ようやく話をする気になったのか、それとも笑い疲れたのか。浮かんだ涙を細い指先で掬いながら、シエンの魔女は視線を苛立たつ鋼色へと合わせた。


「っふふ。グレンの、其奴は迷い込んでなどおらぬ。道を覚え、其方の元へと通っておるのさね」


「む?そう、なのか?」


 幾度目かを数えることも止めた訪いを受けてなお、人の子が迷い込んで来ているのだと思っているグレンの魔女のおめでたさに、シエンの魔女は笑いが止まらない。いや、収まりかける度に次の笑いを提供され、いつまで経っても終わりが来ないのだ。


「ふっふふ……。挙句、貢物は薬草にしろと注文を付けるとな。それでは其奴を招いておるではないか」


「む?招いた覚えはないぞ、シエンの。アレが迷い込む度に人避けの(まじな)いを書き換えるのだが、何故かアレはたどり着く。そろそろ術式が尽きそうだ」


 眉間に皺を寄せ、困っていると表情からも示すグレンの魔女だが、話を聞けば聞く程にシエンの魔女はおかしくなる。


「グレンの、其方呪いの材料に貢がれたものを使うてはおらぬか?」


「何かまずいのか?」


 こてりと幼い仕草で首を傾ぐ、外見は若く見えようとも重ねた年月は数えきれぬ魔女の動作を微笑ましく思い、深いようで浅い知識に呆れるシエンの魔女は吸い込んだ煙を細く長く吐き出した。


「愚かだねえ。其奴の跡が残るものを用いた呪いなど、導を付けているようなものさね。いかに其方が趣向を凝らし呪いを紡ごうとも、導があれば見失うことも迷うこともあるまいよ」


 くねくねと揺れて曲がって細く太くなりながらも煙はシエンの魔女へと繋がっている。その様が今の言葉を表しているものに見えたグレンの魔女は一つ瞬き、思い切り顔を顰める。


「お師様はそのようなこと教えてくれなんだぞ」


「はははっ、あれは面倒くさがりな魔女だからねえ。其方に似合いの師ではないか、なあグレンの?」


 面倒くさいが口癖のグレンの魔女を知るが故の軽口に閉口するが、グレンの魔女はへの字にした口を開き直す。


「だがシエンの、アレは私のものを使った呪いの時もたどり着いたぞ。何故だ?」


 わからないと教えを乞うてくる後輩魔女にシエンの魔女は煙管をふかし、数拍黙してぷかりと煙を吐き出した。


「縁を結んでしまったのだろうさね」


「縁?そのようなもの結んだ覚えはないぞ」


 意味が分からないと露骨に顔を顰めるグレンの魔女に、シエンの魔女はやれやれと息を吐く。


「覚えなど無くとも縁は紡ぎ結ばれるものさね。小さな魔女であった其方が妾の煙に触れたように。切っ掛けなど些細なものさ。とても、とてもね」


 ふぅっと吐き出されグレンの魔女の身にゆるく巻きつく煙は、シエンの魔女と繋がる糸のようで、払い除けたとて髪に、衣服にその香りは確かに残る。それは微かなものだが記憶に刻まれるもので、縁と呼ぶに充分なものだろう。


「それでは(まみ)えたが最後ではないか」


 ぶすりと不貞腐れぼやくグレンの魔女に、シエンの魔女はくつくつと笑みを零す。


「そうさなあ、永き時を退屈だ面倒だと一人寂しく過ごす其方を森の木々が憂いた故の邂逅であったやもしれぬなあ」


「……余計な世話だ」


 言葉を重ねれば更に不貞腐れるものだから、ようやく引っ込んでいた笑いが舞い戻ってきそうになり、シエンの魔女は密かに腹に力を入れ耐えた。そうでもしなければこの面倒くさがりな魔女が(へそ)を曲げると知る故に。


「ははっ、まあそう悲観することはないさね。花を手に通うなどいじらしく愛いことよな。心配せずとも害はあるまいよ」


「それは予言か?」


「さあて、どうかなあ」


 諭すような愉しむような、真意の読み難い笑みを浮かべ、ぷかりぷかりと煙を吐き出すシエンの魔女に、グレンの魔女はむっつりと口を閉ざし席を立つ。


 硬い靴音を立てて遠ざかる焔を見送り、シエンの魔女は手にしたフォークを真っ赤な木苺に突き刺した。

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