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くつくつと小鍋の中で煮詰められていく液体を柄の長い匙でゆっくりとかき混ぜる。甘い匂いがする紫色の液体の様子を確認し、傍らに置いてある小瓶から蜂蜜色の液体をとろりと流し込み、またゆっくりとかき混ぜる。
地下の工房ではなく台所で何かを煮詰めているグレンの魔女の耳にコツコツと扉をノックする音が届く。その音に彼女は溜息を零し、小鍋の火を落とす。硬い靴音を響かせて室内を歩き、外へと通じる扉を引き開ける。そして視線を下へ向け、面倒くさそうにぼやいた。
「また来たのか蓑虫」
「僕はみの虫じゃありません。ファルナーという名があります魔女殿」
そこには少しばかり縦に育ち、長くなった月色の髪を結った翡翠の目を持つ子供が白い野花を差し出しながら立っていた。
汚れた薄布の血腥い中身、怪我をした人の子を治療し、二度と迷い込むなと土産を持たせて追い出した日から幾日か。時を数えることに疎い魔女が、招かぬ厄介事が起きた日のことを忘れかけたある日、グレンの魔女の小屋に来訪者が現れた。
聞き慣れない扉をノックする音に、窓辺で古書を読んでいた彼女は顔を上げ、首を傾げた。人も獣も寄り付かない森の奥ではあるが、ごく稀に同胞の魔女が訪れることはある。だが、既知の魔女は扉をノックすることなどなく、勝手知ったる他魔女の家と鍵の掛からぬ扉をガチャリと開けて遠慮なく入ってくる。
故に何者かと訝しみ、身構えながら扉を開けば、誰もいない。気の所為かと視線を左右へ動かしていれば、上擦った音が下から聞こえて視線を落とした。
「あ、あのっ、お礼に参りました!」
そこに居たのはあの日追い出した時よりも血色良く、肉付きの良くなった月色の髪と翡翠の目を持つ人の子で、差し出された一輪の真っ赤な薔薇を無視したグレンの魔女は思い切り顔を顰めた。
「いらん。帰れ。二度と迷い込むなと言ったはずだ」
パタリと扉を閉めて拒否したのだが、コツコツこつこつコツコツこつこつ……いつまでも続くノックに、彼女は折れた。それ以降ファルナーと名乗った人の子は、人も獣も寄り付かぬ森の奥地へと通うようになった。