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紡がれた声は子供が思うよりも冷たいものではなかった。だが、明らかな面倒くささが伝わってくるものではあった。その為、冷たい色だと感じさせた鋼色が厄介事に気怠いものを漏らしているのが見て取れ、怯えていたはずの子供は小さくしていた身を緩めた。
「……ゃ……ぃ」
「ん?」
ぼそりと耳に届かぬ音にグレンの魔女は首を傾げた。その動作で子供は俯き気味だった顔を持ち上げる。月色の髪の向こうに見える翡翠の目がどこか反抗的な色を乗せ、声になった音が今度は彼女の耳へと届いた。
「みの虫じゃ、ない」
大きな声ではないが違うと訴えるそれ。だが、己の問いへの答えではない発言をグレンの魔女は取り合わない。
「お前が何かなどと問答する気はない。問いには解を示せ。何処から迷い込んだ」
子供相手に容赦がない、大人げないなどと窘め咎める者はここにない。面倒くさいと告げていた鋼色だったのに、問いに応じなかったことが気に障ったのか威圧するものが混じる。気配に敏感な子供は再び身を竦ませるが、彼女は気に掛ける様子など微塵も見せない。恐らく問いに解を示さぬ限り、彼女のそれは悪化するばかりなのだろう。
「っ……パ、パスティーシェの森、から」
「パスティーシェ?それはまた……随分」
空気を読んで答えた子供の解に、もごもごと語尾を濁らせたグレンの魔女は、視線を子供から床へ動かし、何かを思案し始める。一方、問いに答えたことで視線が逸れて圧が緩み、子供はか細く息を吐き出した。口元へ手をやり、聞き取れない小声で何事か呟くグレンの魔女を子供は不安そうに見つめる。
「面倒くさい」
口元から手が下ろされたかと思えば、息を吐きながら出てきたのはそんな言葉。自分は一体どこにいるのか、彼女は何者なのか、何が起きているのかなどの知りたいことを聞くことすら出来ない子供が戸惑うのをわかっているのか、いないのか。グレンの魔女は椅子から立ち上がるとテーブルの上に置いていたものを持ち上げる。
「迷い込んだだけならば直ちに失せろ。二度と迷い込むな。私は面倒事が嫌いだ」
面倒くさい、面倒くさい、面倒くさい。放り投げる言葉の裏にその言葉をくっつけたグレンの魔女は手にしていたもの、折り畳んだ薄布を子供へと放り投げた。
勢いなく立てた膝にぶつかってベッドに落ちたそれは、若木の根元で何かを包んでいた汚れた薄布だった。
「ぇ、あの」
「着ていた服は血腥くて獣を呼ぶ故処分する他なかったが、それは洗えばどうにかなる範囲だった。邪魔だから持ち帰れ」
質問を許さぬ彼女の言葉に翡翠の目を白黒させる子供だが、放られた薄布が己が包まっていたものと理解し、そこでようやく身に纏っているものが体に合わないぶかぶかな服だと気付いた。ワンピースのようになっている服の下、痩せ細った体には真っ白な包帯があちこちに巻かれている。
「折れた骨は繋いだが肌の傷は残してある。治し過ぎては人目に障るからな。痛み止めに傷薬、水と昼食代わりのパンくらいはくれてやる。だから出て行け」
ぽいぽいぽいっとベッドの上に次々放り投げられるものをポカンと子供が見つめているのに、グレンの魔女はマイペースに己が要求を突き付ける。面倒くさいと言いながら、さっさと出て行けと追い出そうとしているのに、言っていることとやっている行動がかみ合っていない彼女を見上げ、子供は戸惑いながらも返事をした。