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鬱蒼とした森。深く濃い緑に覆われたその場所は、何とも言えぬ濃い空気を漂わせる場所だ。人も獣も寄り付かない道なき道を迷うことなくスタスタと歩く魔女はふいに足を止めた。
「……血腥い」
つい先程辞して来たばかりの魔女集会、シエンの魔女が言った言葉が脳裏に蘇る。グレンの魔女と呼ばれる彼女の住み家は戦があると言われた西にある。だが、西とは言えどこの場所は森の奥地。人はおろか獣も迷い込まない場所だ。
だというのに、己が領域に入り込んだあるはずのない臭いに彼女は顔を顰めた。一体どこからこの不快な臭いが生じているのかと気分を害しながらも、すんっと鼻を鳴らし臭いの元をたどる。家路につく道から少しばかり逸れ、生い茂る草木をかき分け進めば、若木の根元に転がる何かを見つける。
薄汚い。視界に入れるなりそんな感想を上らせたグレンの魔女は、転がる何かを視界の端に残しつつ、背凭れにされている若木へと手を触れる。途端、風もないのに梢が鳴る。ざわざわと擦れる葉の音がまるで声のように響くのを耳にし、彼女は眉根を寄せた。
「西の方から転がり込んできた、ではないだろう。ここは人はおろか獣も寄り付かぬ魔女の領地、そう易々と異物を受け入れられては困る。其方も傷つけられては堪るまい」
ざわりと鳴る梢に呆れの声を漏らすグレンの魔女だったが、今度は溜息を吐く。幹に触れる手とは別の手で燃え立つ赤毛をかき上げ、子供のだだに辟易するかの如く。
「あぁわかった、わかっているとも。其方らは来るものを拒むことも去るものを追うこともせぬ。面倒に思っておるのはこの地に住み着いた私だけだ。適当な場所に捨ててくればよいのだ、このような厄介ものは」
まったくとぼやくグレンの魔女に応じるように、そよそよと梢を鳴らす若木に彼女は渋面を作り、若木の根元に転がる塊を改めて見下ろす。土色と赤黒い色の汚れを斑に付けた薄布に包まった何かからは金錆びた臭いがしており、その下に何があるのかを確認する前から彼女の機嫌は下降の一途をたどり止まらない。
正直な話、関わることなく放置し、自然の摂理に任せてしまいたい。と思いはすれど出来ぬのは、このような臭いを振り撒かれていは寄り付かぬはずの獣を呼び寄せることになるからだ。そうなればその獣を追って人が入り込むこともあり得なくはない。それを思えば放置は出来ず、どれほど不快に思おうと今この場で片さなくてはならない問題となる。
「面倒くさい」
何度目かの溜息を吐き出して若木の根元へと膝を折り、汚れた薄布を指先で摘み持ち上げる。ずるりと中身を擦りながら外された薄布の下にあるものに、渋いものを張り付けっ放しだったグレンの魔女の顔は非常に嫌そうに歪められた。
「よりにもよってこれか。まだ魔獣の方が面倒がないものを……」
ちっと思い切り打たれた舌打ちが静かな森に響いた。