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いつか必ずいなくなるものになど、手を伸ばしはしない。
「やあグレンの。息災かい?」
女にしては低い声、というと性別を疑われそうな正しくはハスキーボイスと表現される声で目当ての相手に声をかけたのは長身の女性。艶のある銀髪が肩口で揺れるその女性が笑みを浮かべ呼びかけた相手は、退屈そうにあちこちへと投げていた視線を持ち上げていた。
「あぁ、シエンのか」
鋼色の目に銀髪の女性を映したグレンのと呼ばれた女性は視線を動かしたが、その目に映る退屈さが消えることはない。それを見たシエンのと呼ばれた銀髪の女性は肩を竦め、壁の花になっているグレンのと呼んだ女性の隣で壁に背を付けた。
ちらりと視線を向けられたのを意識しながら彼女は煙管に口を付ける。
「素っ気ない挨拶だねえ。塵の欠片くらいの愛想を見せな」
ゆらりと吐き出された煙が流れて行くのを呆れ顔でグレンのと呼ばれた女性は追いかけ、意味のない行為だとすぐに多くの者で賑わう場所の何処かへと視線を投げる。
「塵の欠片じゃあるかどうかもわからないだろうに。そもそも私にそんなものは備わってない」
「つれないことをお言いでないよグレンの。定期集会とはいえこうして会うのは一年ぶりだ。獣すらも縁遠い森に隠れ住む我ら魔女、偶の情報交換は己の明日を救うかもしれないよ?」
吐き出された煙が生き物のように体へ巻き付いてきてグレンのと呼ばれた女性、グレンの魔女は鬱陶しそうに煙を手で払い除ける。その様子にシエンの魔女は煙管を揺らし、口角を持ち上げぷかりと煙を吐き出した。
魔女集会。それは定期的に開かれいつの間にやら閉じられる魔女の為にある秘密の集い。普段は人の手が届かぬ闇深い森の奥に籠り、外になど出てこない彼女たちが気まぐれに開くお茶会のようなもの。酒杯を傾け噂話に興じたかと思えば、顔を突き合わせ眠気覚ましの薬草茶を片手に夜通し今後を悩むこともある。
ざわざわと数が集まることでさざめく音の集まりを不真面目に耳へ迎えながら、グレンの魔女は隣で煙管をふかす己より年嵩な魔女を視界の端に映す。
「己の明日じゃなく、迷い込んだ何かの明日を救う奴が多いようだが?」
ほら見ろと視界のあちこちに映る魔女以外の存在を示すグレンの魔女。その視線の示す先を追い、シエンの魔女はくつりと笑う。
「不老不死なんて生き物だからねえ。暇してるのさ、皆」
ふぅっと吐き出された煙が流れて行く先、魔性の類、人型の鳥、使い魔ではない幻獣種と多種多様なものが魔女に付き添い、共に歩き、談笑している。一見すると賑やかで微笑ましい光景のそれなのに、グレンの魔女は眉を顰める。
「一時の気まぐれで永遠を手放す者がいただろうに……。酔狂なものだな」
呆れとも、蔑みとも取れる言い様にぷかぷかと煙を燻らせていたシエンの魔女は吸い込んだ煙を遠くへと吐き出した。
「それもまた運命というものなのだろうさね。徒に永く続く時よりもほんの一瞬で燃え上がってしまう何かに焦がれることもあろうさ」
浮かぶ表情は飄々とした微笑だが、先程までと異なる様子に見えなくもない。
そんなシエンの魔女を視界の端で捉え、グレンの魔女はゆっくりと瞬いた。
弦を爪弾く柔らかな音が微睡を誘い、穏やかに夢幻の如き世界を揺蕩わせる集いの輪。年月を重ねるごとに魔女以外のものが増えていくその集まりを鋼色の目に映し、グレンの魔女は壁から背を離した。
「あんたも一時の幻に酔いたいのか?シエンの」
肩越しに放たれた問いに煙管が吐き出す煙を纏うシエンの魔女はひとつ瞬き、うっすらと笑む。
「さてねえ。暇を持て余しているのは確かだが、そこまで酔狂かどうかはわかりかねるねえ」
「そうか」と返された答えに相槌を打ち、それで話はおしまいだとグレンの魔女は硬い足音を立て離れて行く。その背に今一度シエンの魔女が声をかけ呼び止めれば、燃え盛る焔の如き赤毛が風のない空気を撫で走る。
「西で戦があるそうだよ。招かれざるものが紛れて来るやもしれぬ。用心おし」
「ふぅん。そりゃどうも」
ひらりと手を上げ、鮮烈な赤を揺らし遠ざかるグレンの魔女を呼び止めるものはもういなかった。