プロローグ~ハッカーは依頼を受ける~
群像劇風の作品を作ってみたくて書いてみました。
バッカーノみたいにキャラをどんどん追加して収束するのにあこがれているんですが、キャラ管理が大変になるために今回は3人の主人公に焦点をあてて書いてみたいと思っています。
だから群像劇風なんですね~
それではつたない文章ですが、お付き合いいただけたら幸いです。
表の世界の住人は、裏の世界など知らない。裏の世界の住人は表の世界のことには興味をあまり示さない。案外世界は微妙なところでバランスをとっているのだろう。
だけどもたまに……たまにだがその均衡を崩すものが現れる。
秋葉原のレンタルオフィス、青年はそこで事務所を構えていた。看板も何も出していないため、何の仕事をしているかもわからない。しかしそんなオフィスに、二人の刑事が立ち寄る。
「先輩、こんなところに手掛かりがあるんですか?」
若い刑事はベテランの刑事にそう問いかける。ベテランの刑事はゆっくりと苦笑いを浮かべ、わからないさと溜息を吐く。インターホンを鳴らすと、中から一人の女性が出てきた。
「何かご用でしょうか」
見る者を魅了するかのようなはかなげなしぐさに、若い刑事の顔が赤面する。
「警視庁の杉並と、部下の本堂だ。ここの主人はいるかな?」
「マスターは今仕事のお話し中ですが……身分を隠して同席ならばいいとおっしゃっていますね」
赤面していた若い刑事……本堂は我に返る。聞きに行かずに主人の意志をこちらに伝えてきたのだ。杉並は慣れているため驚かないが、経験の浅いものなら異論を吐くだろう。
「どうせ君らの目的も、依頼主の目的も一致しているからねと……こちらです」
落ち着いた表情の杉並と、いぶかし気な本堂は美女の後をついていく。通されたのは小さい応接室だった。応接室には高校の制服に身を包んだ少女と、ライダージャケットを着込んだ青年が座っていた。
「意外と遅かったな。おっさん。あんたらもこいつを追っているんだろ。そっちのは見ない顔だね」
投げられた小袋には4錠ほどのカプセルが入っていた。
「あのこちらの方は?」
「国立薬剤研究所の下っ端連中だよ。ここに来たということは成分のあてが完全にはずれたということだろうね」
少女は目を丸くし、突然現れた二人を見ていた。
「その通りだ。坊主、精神的な幻覚作用がないのにかかわらず、凶暴化が起きる薬ってのはお前の得意分野だと思ってな」
「確かにね、彼女も友人がこの薬に手を出して以来、行方不明だそうだ。でだ、面白い話だから話しても?」
「え……えぇ警察がかかわらないのであれば」
ありがとうと、少女に笑いかけると青年は、杉並を見る。
「彼女は失踪する前の友人の後ろに、悪魔を見たそうだ」
悪魔、その言葉だけで杉並は目を見開き馬鹿なとつぶやく。本堂はそんな二人をどこか頭のおかしくなったのではと遠いものを見るように見ていた。
「魔女の軟膏のような幻覚作用により、幻視した空想を表に引き出すようなもんでもないしねー。おっさんが追っていた例のアレの無害版ってところだ」
例のあれ、青年が表に出る羽目になった事件であり、杉並の家族を奪った大規模な無差別殺傷事件のことだ。
「君からのオーダーは失踪した友人を助ける。おっさんからのオーダーはクスリの解明と……で、おっさんこの薬は今のところ違法薬物には?」
「幻覚作用も中毒症状も確認されていない。成分的には問題ないから組成で規制しようとしてもできないだろうさ。警察にはな」
了解と青年は苦々しく笑う。
「おっさん……いや杉並。先走るなよ。君らの中での呪術師の重要性が上がったといえ、現場レベルでは君の後輩のような考えを持つ人間が多くいる。巻き込みたくないならプロに任せることだ」
立ち去ろうとする杉並に目を向け、青年はそうつぶやく。
「わかっているよ。俺はそれで家族を失った」
二人の刑事が帰った室内で青年は声を上げる。
「さて、ここからが本題。君は悪魔が見えていたんだね?」
パチンと彼が指を弾くと、彼の後ろには鎧武者が鎮座していた。
「え?まさかあなたも?」
「この薬はね内なる悪魔を呼び出すための薬なんだよ。そして、内なる悪魔を視認できるのは、その悪魔と同調しているものだけなんだ」
薬を投げ捨てると青年は小さく苦笑いを浮かべる。
「この内なる悪魔を使役し、幻想という事象を現実に呼び出す者を魔術師といってね。十中八九それがかかわっている。君はこの薬を飲むなよ。適格者だろうがこんな粗悪な霊薬で目覚めるとか下手したら反転しかねん」
だから彼らの前では伏せたんだよと、青年が笑う。
「政府は今、とある事情から魔術師を欲していてね。国がかかわることにこれを流すことはできないんだ。さて……これを踏まえて、君はどうしたい?」
彼は手を差し伸べる。青年の頭には少女を一人にした際のリスクを考えそう手を伸ばしたのだった。
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少女が帰った室内で、青年はゆっくりと溜息を吐く。
「マスター、いえ灰葉 零士……よかったのですか?」
「前途がある若者をこちらに引き込むのは気が引けるが。見えているというのなら、遅かれ早かれあの薬の真実にたどり着くだろうさ」
彼はクスリを飲み込むと顔をしかめる。彼の右腕が鎧を纏う。最低な薬だなと、つぶやくと零士は目を細める。
「で?ヤタガラスは何と?」
「護国の霊的防衛機関がもう捜査を始めていますが、霊的な痕跡や物理的な痕跡すべて消されています。バイヤーも素人が多いのですが、中には本物もいる状態ですね」
大立ち回りで動き回っているということなのだろう。彼はPCの前に座ると肩を一回こきりとならす。
「ウィザード……現代の技術の到達者……魔術師でも魔法使いでもない第三の勢力」
「いやいや、そんなたいそうなもんじゃない。スパーハカーが限度だよ。技術の極みは俺以外にもいるし、その技術を作り出したのは他人だ。ノイマンとか、エジソンとかの方がよっぽど技術の極みだよ。俺は彼らの知識を統合して力に転化しているだけだからね」
この国中の防犯カメラの映像が、画面いっぱいに映し出される。通常の人間では見れない速度で動くそれを彼は一瞥すると。それは10箇所にまで絞り込まれた。
「最新の行動予測AIによりバイヤーの動きを検知最適化した奴だ。顔さえわかればヤタガラスでも追いかけることができるだろう」
数万の中からバイヤーを絞り込むのは至難の業だ。人海戦術を使って、国の犯罪者データベースを利用してやっと絞り込むことができる。それを彼は、犯罪者の行動予測とプロファイリングをAIに学習させることにより独自に構築したのだ。
もっとも彼一人の功績ではないが……
「流石ですマスター。さすマスです」
「ん……見てみなよ。面白い人物がいるよ」
そこに映っていたのは、一人の牧師の姿だった彼が剣をふるうと、火とはこと切れたように動かなくなる。
「人の内なる悪魔を殺している?神父ってまさか代行者!!」
「いえーす。キリストでもないよ?そうそう、君ら魔術師の天敵だよヤタガラス。まぁこれは俺の物語じゃないからね」
零士はゆっくりと、狂った都で奔走している一人の男を映し出す。
「世界は始まったばかりだ、君はどう動く錬金術師」
愉快なエンジニアはそう笑いかける。画面の向こうの彼に向けて……