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景久、異世界に推して参る 【改訂版】  作者: 飛狼
第二章 城塞都市アレクサンドリ
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◆ 剣豪、異世界の都市に到着する(1)

 都市の周りに深い濠を穿うがち、高く分厚く頑丈な防護外壁が囲う。灰色の壁は端が見えなくなるまで延々と続き、初めて訪れる者は見上げる高さと圧するようなその迫力に後ずさるとまで言われていた。それが巨大な城塞都市アレクサンドリ。

 元は国境を守るために建設された小さな砦だった。だが度重なる戦乱の歴史が砦の増改築を繰り返させ、今では城塞都市と呼ばれるのに相応しい巨大な都市へと変貌させていたのである。


 見上げるほど高くそびえる防護外壁。故に、都市内まで外部から見通す事は叶わない。が、建造物に付随しそそり立つ石造りの尖塔が、朝陽を浴びて方々でその姿を現していた。


「ほぅ、南蛮の町も侮れぬのぉ……」


 眼前に出現した異国の町の威容に、南蛮の箱車から降り立つ景久の口元から感嘆の声がもれた。


 東の空から仄かに明るくなってきた明け方、夜を徹して走り続けた商隊は、ようやくアレクサンドリの街へと到着したのである。


 ――まるで堺の町を大きくしたような。


 と城郭の如く、強固な塀と壕で町そのものを囲う姿が、幾度か足を運んだ事もある泉州は堺の町を彷彿ほうふつとさせ、いや、大きく凌駕りょうがする規模と堅牢さに、景久も思わずうなり瞠目したのである。

 武者修行と称し、常に旅の空の下であった景久ではあるが、行き先々の名城を見分するのも兵法者としては当然の行為だった。その兵法者の目で眺めても、明らかに石組みとは違う工法で構築された石壁は、表面はつるりと滑らかであり足場となる取っ掛かりもなく、見るからに堅強そのもの。それと眼前にある訪れる者を拒絶するかの如し固く閉ざされた門橋――本来は壕上に架け渡されているであろう分厚い巨大な一枚板が、門上から伸びた鎖によって巻き上げられていた。


 ――ふむ、あの鎖で橋の上げ下げを為して人の往来を可能にするのであろうな。なんとも堅牢な構えじゃて。


 例え万の軍勢で押し寄せようと攻めあぐね、容易には攻略出来ぬ構えに、景久とて舌をまくしかない。

 しかし同時に、


 ――異国であろうとも人がいる限り、争いは尽きぬものじゃな。


 と、兵法者としては有るまじき嘆息をもこぼすのである。

 景久も元より武人。刀を抜くような闘争の場に身を置こうと、てらいもなければ忌避きひする積もりもない。剣の道を極めんとするためには、進んで身を投じるのもいとわない積もりではある。ただ、己れの年齢さえ数えるのも面倒に思えるほど長きに渡り生き抜いた身では、騙し騙される欲に塗れた人の世を眺めるのも飽き飽きとし煩わしさしか感じないのだ。

 景久が生きた時代、日ノ本の国では守護や国主、果ては土豪や国人までもが、少しでも領地や権力を得ようと浅ましき争いを繰り返す戦国の世であった。

 景久は、それら人の醜い姿をつぶさに見てきたのである。

 歳を経て、若い頃の衒気や覇気が減じたのかも知れぬが、もはや我欲が押し通る世には嫌気も差していた。

 刃の下であれば身分の差もなく、善と悪の違いすらさえ関係なく、誰もが平等に生死の境をさ迷う。そんな斬るか斬られるかの単純な世界に身を投じ、ただただ純粋に剣を極めたかったのである。

 それ故の嘆息でもあったのだ。


 ――異国の地もまた戦乱の世であろうか、と。


 石壁や門橋に残る生々しい傷跡を認め、この異国の地でもまた人の醜い姿を見せられる事になるかも知れぬと思いをめぐらせる。


「ふむ……」


 と、懐手ふところでに町を眺め顔をしかめる景久。その指先が胸元からすぅと伸びて己が顎へと向かう。が、触れた途端に、ぴくりと反応し動きを止める。何時もの癖で顎髭を撫で擦ろうとしたのだが、思いもよらぬつるりとした感触に驚いたのだ。


 ――忘れておったわ。


 神隠しにあって以降、景久は若き頃の姿に戻っているのである。

 剣術とは不思議なもので、歳を重ね剣技を練り上げたとしても、逆に体力や膂力は衰えていく。俗に剣術を心技体で表したりもするが、実際は三十歳前後を頂点に徐々に乖離かいりしていくものなのである。

 だからこそ襲い来る盗賊を退けた際には、若き活力に満ちた身体で長年練り上げてきた剣技を振るう事に、景久は歓喜し身を震わせたのだ。これならば心技体の全てを遥かなる高みへと同時に押し上げ、夢幻ゆめまぼろしと諦めかけていた最強の剣すら目指すことができると。

 そしてその奇跡をもたらしたのが――景久がちらりと横目に眺めると、燃え盛るが如く真っ赤な髪を伸ばす娘が「うひゃあ……」と奇声を発し、目を丸くし呆けた様子で目の前の町に見入っていた。

 景久には今もって信じ難い事ながら、まだ頑是がんぜない幼子おさなごにも見えるこの娘が、南蛮の妖術、秘術でもってその奇跡を成し遂げたのである。


「……未だ信じられぬ」


 思わず出た景久の呟きに、その娘エリィが反応した。


『ん、何なにカゲヒサさん?』

『あ、いや、エリィさんが随分と驚いておったのでな、もしやするとエリィさんもこの町に訪れるのは初めてかと思うてな』

『あぁ……そうなんですよ。わたしは里育ちの田舎者だから――』


 頬を染め照れから身を捩る姿からは、とても秘術を振るう姿は想像できない。


『――アレクサンドリは大都市だと噂では聞いてたけど、これほどとは思わなかったです。それに、ほらあの凄い傷跡――』


 と、エリィが石壁や門橋を指差した。その先にあるのは、先ほど景久が戦乱の跡と認めたものだった。


『――あれはたぶん、半年前にあったワイバーン襲撃の跡だと思うわ。学園でもアレクサンドリ出身の学生が、卒業どころじやないと大騒ぎしてたから』

『ワ、ワイバーン?』

『そうよ、空からひゅーと降りてきて、ばっと獲物に襲い掛かるあの魔獣よ』

『ひゅー? ばっ? 魔獣?』

『でも安心して。さすがは王国の城塞都市だけあって、直ぐに撃退したらしいわよ。たぶん、はぐれワイバーンだったのでしょうね』

『は、はぐれワイバーン?』

『群れだったら、もっと大騒ぎになってた……って、どうしたのカゲヒサさん』


 おうむ返しに答える景久の妙な様子に、エリィもようやく気付き、可愛らしく眉を寄せる。


『……いや、それがしには、何が何やらさっぱり分からぬのでござるが……そもそもワイバーンとは何でござるかな』

『え、カゲヒサさんはワイバーンを知らないの』

『とんと覚えがござらぬ。“ひゅーばっ”と言われても何が何やら……』

『えぇーそこからぁ! どんだけ田舎から来たのよ。カゲヒサさんって、わたし以上の田舎者?』

『いや、某を呼んだのはエリィさんであって……』

『あ、そうだったわね。あはは……』


 口を尖らせ「ひゅぅひゅぅ」と音のない口笛を鳴らし目を逸らすエリィ。そんな様子に、景久は苦笑するしかない。


『某のいた日ノ本では――』


 その時、景久の言葉を遮るように、ギチギチギチと金属の擦れる音が辺りに鳴り響いた。


『あ、ほらカゲヒサさん、橋が動き出したわ』


 エリィの声に促され、景久が前へと視線を向けると、門橋の鎖が緩み、ゴトゴトと音を鳴らしてゆっくり橋が降りてくる所だった。

 そして、景久たちから少し離れた場所では、一緒にここまで来た南蛮人たちが固まっていた。その中にはエリィの姉弟子だというマリアンヌもいて、頻りに町に向かって何やら叫んでいたのだ。


『さすが先輩は貴族様、まだ門が開く時間でもないのに橋を降ろすように交渉したみたいですね』

『ふむ、そのようじゃの』

『うぅ、これで宿屋のベッドで体を伸ばせるわね』


 エリィは嬉しそうに笑って『ほら早く行きましょう』と、カゲヒサの腕を掴み駆け出した。


『あ、これ、エリィさん』


 エリィに引きずられるようにして橋を渡る景久。だが、その口の端は僅かに持ち上がる。

 開かれた門の向こうに広がる異国の町。

 そこにはどのような武術や武人がいるのだろうかと、景久もまた逸る心に笑みが広がるのであった。


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