◆ 剣豪、盗賊を成敗する。(2)
状況を確かめるため周囲を見渡す景久。
ざっと見たところ、襲いかかる盗賊の数は四、五十人。それに対峙し、襲撃を凌ごうとしている者は、それ以上に数は多い。だが、戦いを専門とする武人は少なく見えた。そのため明らかに、襲われている者たちが劣勢なのが見てとれる。それを挽回するのは容易な事では無いと思われたが、争乱の中を駆ける景久の顔は自然と綻んでくるのである。今はただ、失われたはずの力を振るいたくて仕方がないのだ。
走りだした景久の前に、女だてらに南蛮鎧を着込み、剣を振るって奮戦する娘の姿が目に入る。別段それについては景久も思う事はない。古来、日本にも女武者として有名となった者は多い。朝日将軍義仲公に仕えた巴御前などはつとに有名で、或いは謀反を起こした浜田兄弟を一騎打ちで討ち取り武勇で有名となった甲斐姫等々である。押し寄せる敵方に城は落城寸前となり、薙刀を振るって奮戦する侍女などは戦国期では当然であり、中には武勇で雇われ奥の警護を命ぜられる娘もいるほどだ。
この時も景久は「ほぅ」と、それら女武者を彷彿とさせる武者振りに感嘆の声を上げた。金色に輝く髪を振り乱し剣を振り回す姿は力強く、如何にも勇ましい。が、武芸者としての目で見ると、それはまた別。力強く勇ましい姿も、荒々しく雑に映り少々危うく見えたのである。
と案の定、その女武者が足を滑らせ転倒したのだ。たちまち盗賊たちが殺到する。男のひとりが馬乗りとなり、女武者に剣を振り上げ突き立てようとした。
――先ずは、此奴等からじゃ。
『御助勢致す!』
ひと声かけて素早く駆け寄ると、傍らでにやけた顔をして立っていた盗賊の一人を、「ふん」と気合一閃で抜き打ちにする。鞘走る刃が青い燐光を放ち、立てていた槍ごとその男の胴を両断した。そのまま走る刃の勢いを殺さず、円を描くように切っ先を天に向けると、今度は雷光の如く、馬乗りになった男の首筋目掛けて振り下ろした。
するりと首筋を通過する刃。途端に盗賊の首がゴロリと転がり落ち、噴き出す血流が女武芸者に降り注ぐ。と同時に、先ほど胴を両断された男の上半身も、ニヤついた笑いを顔に張り付かせたまま倒れていく。辺りに臓物を撒き散らしながら。
「ひえぇ!」
女武者を囲んでいた残りの盗賊が、悲鳴を上げて飛び退いた。それを追い掛け、景久の刃が盗賊たちを撫で斬りにしていく。
「%$*#&¥……」
背後から女武芸者が何か言っているのが聞こえて来る。だが、先ほどの赤髪の南蛮娘の言葉は理解出来たのに、この女武者の言葉は理解出来ない。一瞬、その事が不思議だと景久の脳裏に過るも、今は関わっている暇はないのだ。
自分が思い描く以上に体が動くのである。今、景久の胸に去来するのは歓喜であり、久々に味わう充足感だった。その思いに突き動かされ、もっと素早く、もっと力強くと、身体を動かす。そこには、今まで己れが生涯をかけて編み出した刀法を思う存分に働かせ、尚且つ年老いて果たせなかった更なる高みさえ望むのである。今まさに、新たな刀法すら編み出そうとしていたのであった。
低く構えた姿勢のまま足を滑らせ、地面すれすれに走る刃が盗賊の足を断ち切る。足首だけを残し、盗賊が悲鳴と共に倒れた。それを見届ける間もなく、景久の刃は次の敵を求める。
盗賊の男が降り下ろす剣に合わせ、同時に繰り出される景久の刀が剣を弾き、男を一刀両断にする。一刀流の極意、斬撃と受けが一体化した『切り落とし』である。男が左右に別れ、倒れていく。凄まじい切れ味。瞬く間に十人ほどの盗賊が、一方的に撫で斬りにされていくのだ。しかもここまでが、ほぼ一息なのである。
そこで、「ふぅ」と一息を吐き出す景久。ようやく立ち止まり、手に取る太刀に視線を向ける。
――ふむ、これもまた面妖な。
景久の佩刀は、戦働きにも耐えれるようにと、身幅も厚く拵えもしっかりと打たせた物だったが、銘の無き野太刀でもあった。それが――。
――これも、南蛮の妖術なのであろうか。
景久が驚くのも無理はなく、己れの持つ太刀の刀身が蒼白く妖しい輝きを放っていたのである。しかもその切れ味は以前よりも増し、いやどんな名刀にも負けないと思えるほどのものだった。「ふむ」と一瞬思案するものの、
「考えても栓なき事よ」
と呟き、今は目の前の盗賊を切り捨てるのみと思い定める。
新たな敵を求め、周囲に視線を走らせる景久。
と、争い自体は、豪華な装飾をなされた南蛮の箱車を中心にと移っていた。だが、その箱車の周りで守る武者の数は少ない。中々の武者振りを見せるが、多勢に無勢。後方からは矢が飛び、それを斬り払うも今度はその隙をついて、槍を構えた盗賊が突くのである。完全に劣勢に立たされ、徐々に斬り立てられていた。もはや、陣形が突破されるのも時間の問題。
そこへ颶風となった景久が、盗賊たちの横から襲い掛かった。
たちまち盗賊たちの、腕が、足が、首が、頭の鉢すらまでもが、まるで大根でも切るが如く斬り飛ばされていく。
周囲に響くのは、盗賊たちの阿鼻叫喚。それに景久の楽しげな笑い声である。
景久は昔を思い出していたのだ。剣の修行のためと称し、よくこうして盗賊や山賊を探しては斬りまくっていた。
『世の中には斬って良い者達と、斬っては駄目な者達がいる。当然、お前達盗賊の類いは斬ってよい者である!』
因果応報。今まで散々に弱い者を苛んできたのが盗賊である。その報いが今は、自分へと降りかかっているのだ。それが景久の言い分だった。
そして、己れの刀術の完成に必要な糧となれと、景久は遠慮なく太刀を振るうのだ。
景久が盗賊達の中に切り込み、右へ左へと太刀を振るう度に盗賊達が斬り伏せられる。盗賊も黙って斬られていた訳ではない。景久に向かって斬りかかるも、逆に鋭く踏み込まれ下段から掬い上げるように裏籠手を斬られ、返す刀で首を斬り飛ばされてしまう。景久が前後左右に素早く動き、その姿も捉えられない。完全に気を読まれ、景久に良いように操られていたのである。
いつしか景久の周りから盗賊達が遠退き、逃げ腰となっていた。それを追い掛けようとした景久の前に一人の盗賊が立ち塞がった。
『ほぅ、南蛮鎧か……』
その大柄の男は、陽の光を浴びて銀色に輝く甲冑を、頭から足先まですっぽりと全身に纏っていた。景久には意味不明の言葉を叫ぶと、よほどその男が恐ろしいのか、逃げ腰だった盗賊たちが突っ込んでくる。
拍子を合わせ、四方から同時に迫る刃。だが、それでも動じず不敵な笑みを浮かべる景久。
『無駄じゃ。某には生涯をかけて編んだ刀術がある』
どれほどの人数で囲もうとも、斬り込んでくるのは前後左右の四人。しかも一斉に斬り込んだとて、そこにはどうしても遅速がある。その剣気の流れを景久は読む。
『これが、わが流儀の奥伝、仏捨刀じゃ』
景久の持つ太刀が目にも止まらぬ速さで、前後左右の四方に閃く。途端に蒼白き光が煌めき、周りにいた四人の男がドォと音を鳴らして倒れた。
『ほっほう、体が軽い。まるで羽が生えたようじゃ』
景久が哄笑を響かせる。思っていたより体が素早く動き、その速さは神速と呼んでもよいものだった。それが愉快で笑い声を上げたのだが、そこで全身甲冑の男へと目を向ける。
『ふむ、お主が頭目のようじゃな。お相手いたそう、掛かって参れ』
「#$%&……」
話しかけるも、やはり通じない。それでも構わず、景久は一歩前へと足を踏み出す。
その時だった。全身甲冑の後ろに隠れるようにいた小柄な男が、前へと飛び出し両手を突き出した。そして、景久には意味不明の言葉を叫んだのだ。
『な、なんじゃこれは! これも南蛮の妖術か!』
目を見開き驚く景久。何故なら、小柄な男の前に、人の頭もあろうかと思える大きさ火の玉が浮かび上がったからだ。しかもそれが、火の粉を撒き散らして此方に向かって飛んでくるではないか。咄嗟に、腰に差していた脇差しを投げ打つ景久。不思議な事に、この脇差も何故か蒼白き光を放っていた。
狙い違わず脇差しが、飛んでくる火の玉を切り裂き、更に妖術使いに突き刺さったのである。
これには景久も驚いたが、それ以上に周りにいた残りの盗賊達が驚愕の表情を浮かべていた。それこそ腰が抜けそうなほどに。
もはや完全に逃げ腰となり遠巻きに眺める盗賊たちの中を、景久はゆっくりと全身甲冑の男に向かって歩み寄る。
近付くと、その甲冑は目映いばかりに白銀の輝きを放っていた。
『盗賊とはいえ、そこそこには名のある武人と見える。それがしは、伊藤一刀斎景久。尋常なる勝負を所望致す』
景久が名乗りをあげるも、全身甲冑の大男は突然に大剣を振りかざす。そのまま雄叫びと共に、斬り込んできたのだ。
景久の身の丈ほどもありそうな大剣が、風を巻いて唸り迫ってくる。
――あれは引き斬るというよりは、圧し斬るのを目的とした剣じゃな。
大剣の刃先は太刀のようには鋭く尖ってはいない。全てを押し潰すように大剣が上段から振られる下で、景久はそれを瞬時に見てとった。
――甘いのぉ。そのような力任せの剣など、我が刀術の前では稚技に等しいわい。
『その技、悪しゅうござる』
景久は頭上に太刀を斜に掲げ、大剣を斜めに受け流す。ぎゃりぎゃりと金属音を響かせ、大剣が刀身の上を滑り大地を叩き土砂を撒き散らす。
と同時に鋭く踏み込んだ景久が、体勢を崩した大男の前で腰を落とす。真下から突き上げる刃の切っ先を、大男の首元にある甲冑の隙間へと差し込む。そして、そのまま刃を横へずらし引き斬った。
「うがが……あぎい……いぃ!」
途端に全身甲冑の大男は絶叫し、兜の隙間から大量の血流が溢れだした。その後は「ごぼりごぼり」と、言葉にならない声をあげて倒れていくのだった。