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景久、異世界に推して参る 【改訂版】  作者: 飛狼
第一章 剣豪召喚
2/19

◆ 剣豪、盗賊を成敗する。(1)


 ――これは一体……どうなっておるのか。


 景久の脳裏に最初に浮かんだのは、狐狸妖怪の類いに化かされたかと、そんな考えだった。馬鹿な話だと切り捨てても良かったのだが、そうとしか考えらない光景が広がっていたのだ。

 今まで眼前では、己れの編み出した流儀の道統を受け継ぐべき只一人の座を決めるため、善鬼と典膳の二人の兄弟弟子が雌雄を決せんと死闘を繰り広げていた。その対決を検分していたのだ。そのはずだった。それが突如、妖しげな光に包まれたかと思うと、突然に見知らぬ場所へと放り出されたのである。

 周囲に目を向けると、二組の集団が激しい闘争に及び、既に数人が転がり血を流しているのが見える。そして目の前には、燃え盛るような真っ赤な髪をした娘が、景久を呆気に取られた表情で見上げていた。

 よくよく眺めてみると、端正な顔立ちながら肌の色は白く、瞳は吸い込まれそうなほど青く澄み渡り、その両耳は先端部が尖った、なんとも不思議な娘であった。そこで景久は、ハッとある考えが浮かんだ。


 ――ふむ、瞳の色が青い。噂に聞く南蛮人なのであろうか。


 かつては右府殿の元にいた、肌の色が墨の如く真っ黒な下僕を見かけた事もあった景久である。真っ赤な髪や少々耳の形が変わっていようと、遠い異国の地に生まれた者の中にはそのような者もいるかと考えたのだった。

 だが困ったことに、ずはここが何処なのかをたずねるも、言葉が一切通じないのである。これには景久も閉口するしかない。目の前では困惑気味の娘が一点を見詰めたまま、ぶつぶつと呟くのが見える。少々おつむが弱いのかも知れぬな等と、少し礼を欠いた事を景久が思い始めた時だった。


『あなたは何者? ヒューマンなの?』


 突然に、目の前の娘の言葉が理解できるようになったのだ。

 これには、諸国を巡り胆力を鍛えてきた積もりの景久も、驚くしかなかった。何故なら、耳から入ってくるのは異国の言葉。それが頭の中に収まると、不思議な事にすらすらと意味が理解できるのだ。しかし、そこは長年に渡り武者修行を重ねた景久である。少しも慌てることなく娘へと対応する。


『ヒューマンというのはわからぬが、それがしは伊藤一刀斎景久じゃ』


 言葉の意味は理解できるようになったが、ヒューマンの意味だけは分からない。


 ――もしやするとヒューマンなる御仁ごじんが、それがしと似ておるのかも知れぬな。


 と、人の名前かも知れないと判断する景久だった。が、とにかく今は、まずはここがどこなのかを知ることが先決と、目の前の南蛮娘に今一度たずねることにした。


娘御むすめごよ、ここは――』


 とその時だった。

 不意に、背後から迫る危険を察知する。男が景久の背中に槍を突き立てようとしていたのである。

 唸りを生じる槍の穂先。それを景久は咄嗟に体を横にずらして躱すと、槍首を掴み引っ張る。その勢いを殺さず脇に挟み込むようにして体を回転させて、槍ごと男を放り投げた。途端に男は宙を舞い、べしゃりと地に叩きつけられ転がった。さらに打ち所が悪かったのか、呻き声をあげて立ち上がってくる気配もない。

 だが、景久もまた「むぅ」と唸り声を上げた。


 ――これは……いかがしたことじゃ。


 景久の予想以上に、投げが強烈なものだったのだ。

 力加減の微妙なズレ。これは長年の間、武術の研鑽を積んだ景久には有り得ぬことであり、僅かな差によって生死を分かつ武人にとっても容認し難いものであった。

 表情を険しいものへと変え、転がる男に一瞥いちべつをくれながら信じられない思いで自分の手のひらを見詰める。


「おおっ、これは!」


 景久の口中から、今度は思わず驚嘆の声がこぼれ出た。

 何故なら、視線の先にある手のひらが、老いたしわだらけの骨ばった手ではなく、つるったした弾力のある若者のような肌に被われていたからだ。

 ためしに握り締め拳を作ると、そこにはいつもより力が満ちあふれていた。それは久しく忘れていた活力。遠い過去に置いてきたみなぎるまでに生気あふれる若い活力なのである。いやそれ以上の――若い頃は景久も力自慢で、周りの者からは鬼夜叉と呼ばれ恐れられていた。それが今は、その時以上に力が満ちあふれていたのであった。

 その手のひらで己れの顔を触ってみると、長い年月で深く刻まれていたはずのしわさえも消え失せていたのである。


 ――こ、これは面妖めんような……。


 これには、さすがの景久も絶句したのである。己れが、若かりし日の姿に戻っていたのだから。

 と、そこへ南蛮娘の焦りを滲ませた声が耳に届く。


『ちょっと、ぼぉとしてないで、召喚されてきたのなら私達を助けてよ!』


 頭の中に直接届くようなその声に、景久もようやく我に返る。

 

 ――某としたことが、不甲斐ない。


 気息を整え丹田に力を込めると、周りを見渡すだけの余裕も取り戻した。

 既に片方の集団――南蛮娘の所属する集団が、かなりの劣勢に立たされているのが見て取れた。その双方の集団を仔細に眺めると、共に異国の衣服らしきものを身に着けているものの、片方は薄汚れ垢染みた衣服。双方の関係は火を見るより明らか。


 ――ふむ、どうやら盗賊の類いに襲われてるようであるな。


 元より目の前の南蛮娘に加勢する積もりではあったが、相手が物取り盗賊の類であるならもはや遠慮も無用と力をみなぎらせる。かつての武者修行時代には、盗賊山賊を探し回っては斬り殺す殺伐とした生活を送っていたのである。その頃を思いだし、景久はにやりと笑ってみせる。


『娘御よ、委細承知じゃ』


 詳しい話は後で聞く事にして、景久は盗賊に向かって走り出す。

 若返った体は南蛮の妖術のせいなのか分からないが、今は思う存分に動かしてみたいと思う景久だった。

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