表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
景久、異世界に推して参る 【改訂版】  作者: 飛狼
第二章 城塞都市アレクサンドリ
19/19

◇魔導師、大いに驚く(8)

お久しぶりです。

活動を再開しました。

 しばらくして落ち着きを取り戻したサラが、短剣を念入りに調べ呟く。


「どうやら本物のようね」と。


 すると、ガンツが「ちっ」と大きく舌打ちをして、「貴族家のひも付きだったのかよ」と露骨に表情を歪めた。が、サラは構わず短剣の柄に刻まれる紋章を確かめ、僅かに目を見開き言葉を続ける。


「しかもかなりの大物よ。現王の傍らで辣腕らつわんを振るうガーネット伯爵家の紋章に間違いないわ」

「マジかよ、お前らどっかから、かっぱらって来たんじゃねぇだろうな」


 とガンツはエリーをじろりと眺めて言う。

 ガンツが疑いの眼差しを向けるのも、もっともな事であった。それもそのはずで、貴族家の紋章が刻まれた短剣ともなれば、そうそうにおいそれとは貸し出される物ではない。所持する者の行動の全てにおいて、紋章が示す貴族家が責任をう事と同義でもあるからなのだ。しかもその貴族家が、数ある王国貴族の中でも大者中の大物、現王の片腕とも目されるガーネット伯爵家ともなれば、国家規模の案件かと勘繰る者さえ出てくる程なのである。とてもではないが、一介の冒険者――若く、見方によっては少年、少女にも見える駆け出し冒険者らしき二人が持てるほど軽い物ではないのだ。

 突き刺さるかのようなガンツの鋭い視線に晒され、エリーはぶるりと体を震わせすくみ上がる。途端に、あたふたと慌てるエリーだったが、


「ち、違います……先輩……じゃなかった。えーと、ガーネット家のマリアンヌ様から預かったもので間違いありません。それに、今は緊急だからって……マリアンヌ様も後で合流するからと……用事を済ませてる間に登録しときなさいって……」


 とたどたどしい様子ながらも、紋章入りの短剣を持つ訳をどうにか伝えると、


「あぁ、ガーネット家のマリアンヌ……姫騎士のアンヌが本来の持ち主なのね」


 サラは成程と軽く頷き、ガンツは盛大に「ふん」と鼻を鳴らして一応の納得をする。

 エリーは知らなかったが、学園を先に卒業して冒険者としての活動を始めていたマリアンヌは、すでにそこそこには有名となっていた。その美麗な容姿や気品漂う所作などから、出会った冒険者たちからは「どこかの大貴族のご令嬢なのか」と噂になり、ついた通り名が姫騎士アンヌなのであった。このアレクサンドリの街を拠点にはしていないものの、国内の各ギルド支部は情報を共有している。当然の如く幹部職員のサラやガンツは、マリアンヌの出自やその他、ある程度の情報も知っていたのである。

 だが、ガンツは納得しつつも面白くなさげに顔をしかめ、


「けっ、お偉い貴族様の身内も登場するってか。おい、冒険者の活動をお遊びか何かと勘違いしてんじゃねえだろうな」


 と嫌味を交えて、さらに険しさを増した視線でエリーを睨み付けるのだった。ガンツにすれば、目の前の二人の派手な見た目や登場の仕方も、その貴族の遊びの延長かとさえ疑えるのである。

 そんな伯爵家が後ろ楯と聞きあからさまに敵意を見せるガンツを、サラが困った表情を浮かべたしなめる。


「ガンツ、止めなさい。あなたももうギルド幹部職員の一人でしょう。誰が聞いてるかわからないし、それにこの子らはその伯爵家の関係者なのよ」

「別に構わねぇさ。言いたければ言えば良い」

「もうガンツはいつも……そんな調子だから、何時も損な役回りを背負うことになるのよ、もう……」


 サラは諦めたようにため息をつき、エリーへと顔を向ける。


「ごめんなさいね。ガンツは前に、貴族家の人たちと色々とごたごたとしてね。それ以来、貴族の関係者が来ると、何時もこうなのよ」


 ガンツとは反対に若干態度を改めた様子で謝るサラだったが、エリーは学園時代に聞いたある噂を思い出していた。


 ――確か、合同討伐で仲間をかばって大怪我をしたのも、その原因を辿れば王国貴族のせいだったと聞いたけど……。


 合同討伐、それは約二年前に王国領内に出現した災害級の魔獣マンティコアの群れを、ギルドの冒険者たちと王国軍との合同で討伐におもむいた事件なのである。だが、日頃から何かとつのを突き合わせる両組織――国軍は国の統制から外れた武装組織を認め難く、ギルドも何かと口を出そうとする国や領主を煙たがる、険悪とまではいかないが良好な関係だとは言いがたかった。当然の如く、国軍とギルド冒険者たちの間では連携に極めて重大な齟齬そごも生じ、討伐を完遂するまでの過程で街のひとつが半壊し三つの村落が潰滅する悲劇も起きた。しかも討伐時には、辛うじてマンティコアの群れは退治したものの、一時的にマンティコアの群れの中に冒険者たちが取り残され、あわや全滅と思われる時もあったのだ。

 そんな事もあり、マンティコア討伐後には、国軍とギルドの間が大いにこじれ揉めることとなった。最後には国王と国内ギルドを統括するグランドマスターが、余人を交えず二人きりで遺族補償やその他諸々を忌憚きたんなく話し合い、両者が歩み寄ることで事なきを得たのである。


 当時はまだ学園生だったエリーも、同級生たちが噂する話を聞くとはなしに聞いていた。学園内でも、卒業後は冒険者を目指す平民出の生徒たちと、近衛騎士や国軍兵士を目指す貴族派閥の生徒たちの間で大論争が巻き起こるほどの騒ぎだったのだ。

 だから今よりもさらに人見知りも激しく、友達と呼べる存在もいなかったエリーの耳にも届いたのだが、誰かに詳しく聞いた訳でもなく生粋の貴族家出身のマリアンヌに聞くのもはばかられ、事件の詳細までは知らなかった。

 しかし、何かとエリーを教え導きさとしてくれたマリアンヌは別として、同じく学園に在籍する王国貴族出身の学生たちの多くは、我が儘を押し通して学園の教師をよく困らせていた。

 そんな貴族家出身の生徒たちの録でもない日常的な態度を思い出し、合同討伐時には貴族家から無理難題を押し付けられ、それが原因もととなり大怪我をして引退したのだろうと容易に想像ができたのである。

 とはいえ、目の前にいる元高ランク冒険者ガンツの事情にある程度の納得はするものの、姉とも慕うマリアンヌをおとしめるような発言は許せる訳もなく、エリーはムッとなり言い返そうとするが、


「先輩はそんな……ひ、人じゃあり……ん……あう……」


 と最初は鋭かった語気も、ガンツの厳つい顔と険しい眼差しに跳ね返され、途中からは尻すぼみに勢いは弱まり最後には言葉を濁すように消えていく。


「止めなさい、ガンツ。相手はまだ初心者。駆け出しの冒険者なのよ」


 サラが眉を寄せ、険しい視線を向け続けるガンツをまたたしなめるが、


「はん、こいつらが初心者だと。派手な登場で周りの冒険者に喧嘩を売りまくってるこいつらを、まだ駆け出しの冒険者だから優しくしてやれとでも言うつもりなのか」


 と、ガンツは苦虫を噛み潰したかのように表情を曇らせ、大きく肩をいからせる。


 ――うっ、それを言われると……。


 ガンツの言葉に、エリーは思わず視線を逸らしそっと後ろを眺めると、当の本人であるカゲヒサは我関せずとばかりに素知らぬ顔である。


 ――もう、ほとんどはカゲヒサさんのせいなのよ。少しは申し訳なさそうな顔をしなさいよ。


 と思うエリーだった。

 しかし、ガーネット伯爵家の紋章入りの短剣は、さすがに影響力も大きく――エリーも実は、ガーネット家が現国王の側近だと初めて知り「ほぇ、先輩の家ってそうだったんだ」と驚いていたのだが――とにかく、その大物貴族家が身元保証をしているのだから、これでもうひと安心だとホッとするエリーだったが、カウンターの向こう側でやり合うサラとガンツの二人の会話は思わぬ方向へとずれていく。


「でも、登録しに来たばかりの冒険者志願の初心者なのは事実でしょう。それにガーネット伯爵家が身元の保証をするのなら、ギルドとしては受理するしかないわね」


 サラがなだめるように言うと、ガンツはさも良いことを思い付いたとばかりに顔を輝かせにやりと笑う。


「それについちゃあ、もう俺も口を挟まねえさ。ただ、審査部としては納得しかねるな」


 ガンツの何かをたくんでいるような表情に、サラは不審を覚えてか、僅かに狐耳がぴんと跳ね上がる。


「どういうこと? それに何をする積りなのよ!」

「なぁに、別に問題になるようなことはしねえよ」

「どうだか……ガンツ、あなたの今の顔、昔からろくでもないことを思い付いた時に浮かべる表情。幼い頃は、後でいつも私が皆に謝って回ったし、冒険者になってからもどれだけ私が苦労したことか。そんな馬鹿な行動を考えた時に浮かべる表情とそっくりなんだけど」

「だあぁ、お、お前はこんな所で何を言ってんだよ――」


 サラが冷たい視線を送ると、ガンツは焦った声で慌てる。

 エリーは、そんな二人のやり取りを眺め、


 ――あ、この二人は昔からの知り合いなんだ。


 と思い、二人の関係を推し量る。


 ――もしかして幼馴染みとか。でもって二人は恋人だったりして……って、すでに夫婦……いやでも……見た目いかにも出来る女性の知的美人のサラさんと、筋肉もりもりの厳つい肉体派のガンツさんだと、完全に美女と野獣だよ。さすがにそれはないか。


 などと、エリーが馬鹿な事を考えている間も、サラとガンツの二人の会話は続いていた。


「――だからぁ、審査部としてはこいつを審査して相応のランクにしようって訳だ。ほら、前にもやっただろ。元騎士だとか言ってた男が冒険者を志願した時も俺たちが審査しただろ」

「って、それは初心者といっても、前歴が前歴なだけに相当の実力があったし、向こうから審査を望んだからでしょう」


 ギルド冒険者のランク。それは登録時のFランクから始まりE、D……A、Sランクと順番に昇格する。その際に審査を行い、合否の判定をギルドの審査部が出して初めて昇格できるのだ。

 しかし、ギルドで冒険者登録をする者といっても、何も全ての人が戦闘経験が初めての者ばかりではない。中には前職が軍人、又は地方の村落で狩猟を行い生計を立てていた者など様々。逆にいえば、戦いにおいて己に自信があるから冒険者を志す側面もあるのだ。が、実際にはギルドの依頼は討伐や退治などの戦闘面での依頼ばかりではなく、素材の採集、商人や貴族家の護衛、商品の運搬など多岐にわたり、知識や人となりが重要となる依頼も多い。だから、ギルドの審査部門もそれらの事を勘案して冒険者のランク分けを行う。

 だが、自分の戦闘技術に自信を持ちプライドの高い前職が軍人系だった者などは、登録時に必ずといって良いほどめる。「なぜ、俺のような実力者が最低ランクのFから始めなければいけない。そうだな、Bランクあたりから始めさせてもらおうか」と、勝手なことを言い出す者も多い。しかも、登録時に難癖をつける者に限って、実際の能力的には大したことなかったりするのである。本当に申告通りの実力なのであれば、以前いた場所、軍や騎士団なりでそれなりの地位にいたはず。冒険者には一攫千金の夢があるといっても、それは一部の頭のネジが一本か二本弾け飛んだ上位ランカーのみで、大勢の者は夢半ばで大怪我を負って諦め、いや、命を落とす者も少なからずいる。何も好きこのんで危険と隣り合わせの冒険者になる必要もないのだ。

 確かに中には本当に特殊な事情から軍を辞め冒険者を志す者もいるにはいるが、そんな実力者たちは自分に足らないものを埋めようと反対にいちから経験を積もうとする。それは少しでも危険を回避しようとするためなのだが、ギルドも全面的に支援したりして案外にランクアップ自体は早かったりする。

 しかし、軍関係からの転職者たちは、厳しい訓練についていけなかった落伍者が大半。兵士より冒険者の方が楽して金になるとの安易な考えからギルドに訪れる者が殆どなのだ。

 そこで審査部門は登録時に、希望者のみにランク審査を行うのである。本来の昇格審査では戦闘技術は勿論、薬学や地理などの知識に受験者の性格も加味されて審査されるのだが、この時ばかりは戦闘技術の一択。本来は落とすことが目的とされているのだから、相手をする試験官も相応の実力ある冒険者の中から選ばれ、大抵の者がこの時に身の程を知らされることになるのである。

 とはいえ、それはあくまで登録時に本人が審査を望んだ場合に限るのだが――。


「その黒髪の少年は、この辺りの言葉もよく分かっていないようなのよ。とても、審査を望んでいるようには見えないでしょう」

「そうかぁ、俺には違うように見えるぜ」


 二人の関係を推測しながらぼんやりと眺めていたエリーだったが、急に二人の視線がこちらに向き、思わず「はひぃ」と上擦った声で返事するも、その視線はエリーを通り過ぎ背後へと注がれている事に気付く。つられてエリーも振り返ると、そこにはやる気十分とばかりに瞳を爛々と光らせたカゲヒサが佇んでいるのである。


『カゲヒサさん?』

それがしに仕合の申し込みをしているのであろう。言葉は分らぬでも、その者の所作や周囲の気配からそれぐらいは分るでな』


 カゲヒサの声は落ち着いているものの、その表情には僅かではあるが嬉し気な微笑も浮かぶ。そして、ガンツに鋭い視線を送り断言する。


『その勝負! 受け申す!』と。


 それを受けてガンツの表情にも、口辺がにゅっと持ち上がり太々(ふてぶて)しい笑みが広がる。


「ほらな、言ってる事はわからねぇが、どうやら向こうもランク分けの審査を受ける気のようだぜ」

「ガンツ、ちょっと待ちなさい」

「おっと、受付業務はここまでだ。本人が審査を受ける気になってるからな。ここからは俺たち審査部の管轄だな」


 ――え、え、どうなってるの。


 サラとガンツの関係を、にやにやとしながら妄想していたエリーは、急な展開に呆気に取られるしかなかった。

 そんなエリーにお構いなく、事態は急展開に進んでいく。


「となると――」


 と呟きながらガンツは、じろりとロビーを見渡す。途端に、こちらの騒動を注視していた冒険者たち――掲示板の前で自分に合った依頼票を探す冒険者やカウンター前で並んでいた冒険者たちなどが、その動きを止め四人の騒動を眺めていた――が、慌てた様子で視線を逸らし、又は直前まで行っていた依頼票を探すなどの動作を再開する。

 だが、ガンツは気にすることなく、


「――ハンス! それとヴィクター! この場にいるなら直ぐにこっちに来い!」


 と怒鳴り声を張り上げる。すると、まさに脱兎の如く駆け寄る二人の人影が――ひとりは先ほどカゲヒサと争いになりかけたBランク冒険者のハンス。そしてもうひとりは獣人の戦士、狼人族だsと思われる冒険者だった。

 二人の冒険者は近くまで来ると、エリーとカゲヒサを刺すような怖い視線で眺めつつ、ハンスがガンツに声をかける。


「ガンツの旦那、俺たちになんの用っすか」

「いやなに、今からこのガキ……っと、この新入りの審査を行う。で、お前らに、その黒髪の少年の実力を確かめてもらおうと思ってな」

「え……良いんですか」

「あぁ、思う存分にな。それと――」


 そこで言葉を途切らせたガンツは、もう一度ロビーをぐるりと見渡しにやりと笑う。そして、大声でこう言うのである。


「――今から裏の訓練所で新人のランク分け審査の試合を行う。今後の向学のため、手の空いてる者の見学を許す!」


 これは異例のことだった。本来ギルドの審査には、例え家族であろうと見学を許されることなどない。それは不正が入り込む余地をなくすのもあるが、審査を受ける冒険者が恥をかかないようにとの配慮でもあった。

 だからロビーにいた冒険者たちは、一瞬なにを言っているか分からず、きょとんとした表情を浮かべる。しかし、次の瞬間には「おぉ!」とロビーを震わせるほどの大歓声へと変わった。

 元々が、時には依頼に命をかける荒くれ揃いの冒険者なのだ。例え審査のための試合とはいえ、生で戦いが見れるとあれば黙っていられない。しかも当事者が、さっきから騒動を起こし続けている黒髪の少年とあっては、見逃すわけにもいかない。

 このロビーにいたほぼ全員が、歓声を上げながら裏の訓練所へ向かって動き出す。少しでも前の、見やすい良い場所を確保して観戦するため。しかも、訓練所に向かう際には皆が試合を行う者に声を掛けていく。


「ハンスの兄貴、頼んますよ」

「そのガキの鼻をへし折って下さい」

「アレクサンドリのギルドを舐められたままにするんじゃないぞ」等々、若い冒険者も年長の冒険者も、ハンスとヴィクターに声をかけ目を輝かせる。中には、「あっさりと降参するんじゃねえぞ」「少しは俺たちを楽しませてくれよ」とカゲヒサに声を掛ける者も。が、いずれにしろ、カゲヒサに好感情を寄せる者は誰もいなかった。

 いつもなら冒険者たちの手綱を締めるはずのギルドが承認したのだ。もう完全にお祭り騒ぎである。こうなると誰が何を言おうと収まらない。例えサラであろうと。


 いきなり始まった騒動を前にして、エリーは「何これ」と唖然とするしかない。そんなエリーにも、


「エルフのお嬢さんには思うところはないが、その黒髪の男の獣人に対する腹立たしい態度は許すわけにはいかない。お嬢さんには悪いが、少々痛い目にあってもらおう」


 と話しかけるのは獣人戦士のヴィクターだ。そして、


「さっきは何時かって言ったが、ヒャハハ、今日になっちまったな。そのガキに言っとけ、ながーく伸びた鼻をへし折られ無様な姿を訓練所にさらすことになるとな、ヒャハハ」


 とハンスも声をかけると、二人して訓練所に向かう。


『ふむ、何やら楽しくなりそうでござるな』


 そしてカゲヒサまでもが「カ、カ、カ」と哄笑を響かせ、その後をゆったりとした動作で追い掛けていく。


 ――嘘、うそ。何なにこれ。さっきまで知らん顔をして黙ってたくせに、急に喋りだしたと思ったら……もう、どうなってんのよ!


 マリアンヌに「きちんと手綱を握っていなさい」と釘を刺されていたのにこの騒ぎである。


 ――後で絶対に先輩に怒られるよ。


 眦を吊り上げ迫って来るマリアンヌが、エリーには目に浮かぶようだった。

何故こうなったと、わけが分からいまま慌てて、 


『待ちなさいよ、カゲヒサさん!』


 と涙目でカゲヒサの後を追い掛けるのだった。


             ◇


 ロビーにいた冒険者たちの殆んどが訓練所へと向かい、次第に歓声が遠のいていく。残っているのは、カウンター内にいたギルド職員ぐらいである。その職員たちも騒ぎに気を取られ、呆けた様子で冒険者が訓練所に向かうのを眺めていた。

 そんな急に静まり返ったロビーに、


「それで、本当にどういう積もりなの」


 と冷たく硬質な声が響く。その声には、事と次第によっては許さないとの明確な意思が伴う。

 声を発したのは狐人族のサラ。掛けられたのは、皆の後を追いかけ訓練所に続く出口を潜ろうとしていたガンツ。その背中がびくりと震え固まる。その後、ゆっくりと振り返った。


「どうもこうもねえだろ。見たまんまだ」


 と言うガンツの顔に、にやりとした笑顔が広がる。だが、それは少々強張ったものでもあった。


「……私にもう一度、言わせたいの」


 さらに冷たさの増したサラの声音に、


「そ、そんな怖い顔すんなよ」


 と若干じゃっかんうろたえた様子を見せていたガンツだったが、最後には「ちっ」と軽く舌打ちする。


「やっぱり、はぐらかすのは無理か……」

「そうね、私が何年あなたと一緒にいると思ってるの。で、それで……」

「サラ、お前にも分かっているだろう。あいつらは最初から飛ばし過ぎだ。このまま何も無しで見逃せば、さらに大きな騒ぎになるのは目に見えてる。あの黒髪のガキ……相当使えそうだからな。ちょっとは釘を刺しとかないと。それがあいつらのためでもあるし、このギルドのためでもある」

「ふーん、ガンツも一応はそれっぽい事を考えるようになったのね」


 周りにいる他の職員を気にして、何となく遠回しにぼかして言うガンツの言葉の意味、それをサラははっきりと理解していた。

 要は、ギルドに訪れた赤毛のエルフの少女と、黒髪の異相の少年は少々やり過ぎたのだ。目立つ見た目の悪さに加え、アレクサンドリの冒険者に喧嘩を売るかのように、技能スキルだと思われる【威圧】の放出。その挙句、受付のサラに対して獣人を馬鹿にするかのような態度で剣を抜き恫喝しようとしたのだ。

 だから、このままでは危険だと、ガンツは判断した。

 例えこの場は丸く収めようとも、このギルドの建物から外に出た後で、二人の事をよく思わない連中が襲うかも知れない、と。しかも、黒髪のガキは見た目とは裏腹に、相当に腕がたつ。となれば人死にが出る危険さえあるのだ。それに、後から姫騎士と呼ばれるマリアンヌが来れば、さらに騒ぎが広がるかもしれない。そうなる前に騒ぎの沈静化を図ろうと、当事者であり若手で一番のハンスと獣人を代表してヴィクターの二人に相手をするように言ったのだ。ハンスはBランクといっても、その若さから少し実力にムラはあるが、生まれも育ちもこのアレクサンドリ。ハンスがまだ子供の頃からガンツも良く知っていた。ヴィクターは近接戦闘に特化した獣人戦士で、狼人族特有の感の良さと堅実な戦いに定評のあるAランク冒険者。ガンツも現役時代に何度も一緒に仕事をして、その戦闘能力の高さもよく知っている。もしかすると、ハンスは抜かれる事もあるかも知れないが、ヴィクターが抜かれるとは、いくら黒髪の少年に実力があろうとも、まずはあり得ないだろうと考えていた。だから、気心も知れたこの二人と試合をさせ、自分が試験官として監督すれば間違いも起こらないだろうと、それがガンツの思惑でもあったのである。

 そこまで全てを見抜いた訳ではないものの、サラも大筋ではガンツの考えを理解していたのだ。


「だからこの際、何かとストレスのたまる冒険者の発散もかねてガス抜きをしようって考えたのかしら。それで何か起きた時は自分ひとりで責任を取るため、さっきは私にまで憎まれ口をきくような態度をとっていたのよね」

「お、おおぅ……ち、やっぱりサラには敵わねえな」

「珍しく朝早くから顔を出したと思ったら、いかにも馬鹿なあなたが考えそうな事だわ」


 サラが呆れた様子で指摘すると、


「ま、貴族とその関係者を、俺が嫌ってるのは事実だからな。さっきのはあながち演技ってわけでもねえ。それに朝早くから顔を出したのは、外がちょっとばかしきな臭くなってきたからだ」


 とガンツは大きく肩を竦める。

 いつものように、また馬鹿な事を言い出すのかと身構えるサラだったが、今まで見せたこともないガンツの難しい顔にぶつかり同じく眉根を寄せて首を傾げる。


「外がきな臭いって何よ」

「あぁ、朝っぱらから治安局の連中がやって来て、俺を叩き起こしやがった」

「治安局の衛兵があなたを」

「どうやら近頃大人しかった“草原の狼がまた活動を始めたようだ」

「え、どういうことよ」

「昨日の夕方、国境に続く街道で商隊が襲われ、このアレクサンドリに今朝逃げ込んできたらしい」

「うそ……」


 驚きのあまり、サラの頭の上、髪の毛の間から飛び出す狐耳がぱたぱたと忙しく動き出す。冷静な表情を装っていても耳の動きまでは隠せないサラの様子に、ガンツも相変わらずだなとにやりと笑う。


 エリーたちが護衛する商隊がアレクサンドリ辿り着いた時、正門を守る衛兵たちはかねてよりの取り決め通りに治安局本部とギルドへと知らせるため人を走らせたのである。ギルドの建物に併設する職員宿舎で寝起きするガンツは、そこで知らせを受け、取るものも取り敢あえずギルド内のロビーに顔を出すとこの騒ぎだったのだ。


「どうするのよ、今はギルドマスターも会合に呼ばれて、アレクサンドリにはいないのよ……登録審査なんかしてる余裕なんて……」

「まぁ、そう慌てんな。今すぐどうこうするわけでもあるまいしな。確かにギルマスのばあさんがいねえこの時期はちょっとまずいが……数千規模の大盗賊団といっても、まさかこのアレクサンドリを襲ってくるわけでもあるまい。ここは城塞都市と言われてくらいだからな、たとえ数万の兵に攻められようともはね返せる」

「でも、流通やその他、わたしたち冒険者ギルドにも大きな影響が出るわよ」

「あぁ、そうだが、こいつは俺たちアレクサンドリのギルド支部だけで解決できる問題でもない」

「それなら国軍の要請も……」

「それこそ俺たちがどうこう口出しできる問題でもない。このアレクサンドリのお偉いさんたちが決めるだろうさ。ただ、連邦との兼ね合いもあるから、今すぐ国軍の出動は難しいだろうな」


 サラは「そんなぁ」と困惑の表情を深め、ガンツも腕を組み難しい顔をしたまま、「それに」と言葉を続ける。


「王国の中央からも、最近は良くない噂も流れてくるからな――」


 それは、名宰相との呼び名も高いフェルディナント侯爵と現国王との間に、数年前から修復不可能な亀裂が生じているとの噂だった。こんな辺境のアレクサンドリにまで噂が流れてくるほどなのだから、それが事態の深刻さを如実に物語っていた。


「――“草原の狼”も、いや、それを率いる盗賊王のキース、いったい何を考えているのやら」


 便宜上べんぎじょう盗賊団と呼んでいるが、数千規模ともなると、もはや反乱軍と呼んでも良いほどの集団なのだ。国軍もそうだが、ギルドの暗部が動き探っているが、未だにその所在も正体も分かっていない。そのため、多数の内通者、又は王国や連邦の中枢にも繋がっているのではと疑われる事も度々あった。ただ、ここ最近の数年は目立った動きもなく、或いは内部抗争から盗賊王キースも遂に命を落としたなどの話もあったほど。それが、ここにきての襲撃事件なのである。ガンツでなくとも、少しでも感の良い者ならば裏に何かあるのではと考えてしまう。


「多分だが……姫騎士も依頼を受けてなのだろうが、商隊と一緒にいたんだと思う。王家にも繋がる伯爵家の身内が護衛する商隊を、最近は姿を見せなかった草原の狼が襲った。偶然の一言で片付けるのには少し躊躇するな。俺でなくてもきな臭い匂いを感じるはずだぜ」


 その言葉に、サラはハッとしたように顔を上げてガンツを見つめる。


「もしかしてあの二人も、その関係者だってこと」

「あぁ、確定は出来ないが、知らせを聞いてすぐに紋章入りの短剣を持って現れた。最初は姫騎士から盗んだのかとも思ったが、どうやら本当に仲間のようだしな。裏の事情ってのを問い質しても、正直に喋るとも思えん。だから、この騒ぎで――」


 そこで言葉を途切らせガンツが、ちらりとサラを眺めにやりと笑う。そして、また言葉を続ける。


「――俺は馬鹿な元冒険者だからよ、戦ってる姿からしか、そいつの性格や考え方なんかを読み取れねぇ。だからこの騒ぎのついでに、二人の、特にあの危なそうな黒髪の少年ガキの人となり確かめようと思ったわけだ」


 いつもいつも「馬鹿だ、馬鹿だ」とサラに言われ続けているガンツは、その意趣返しの意味も込めて少し嫌味を交えて言ったのだが、サラからは軽くため息とともに「本当に馬鹿ね」呟かれ流された。


「でも……そうね、わかったわ。私も登録審査についてはもう何も言わないわ。後で私も顔を出すようにするから、絶対に無茶はしないでよ」

「おう、分かってるって」


 サラに登録審査を認められて、ガンツは少しホッとした様子で笑う。

 きびすを返して訓練所に向かうガンツ。その背中に、もう一度サラから声がかかる。


「それと、あの黒髪の少年には気を付けた方が良いわ。私でもよくわからない能力スキルを使ってるようなの」


 その言葉に、ガンツは振り返ることなく片手を挙げて答えるのみだった。その背には、ここからは俺の領分。元ではあるが、高ランク冒険者としての、戦闘のプロフェッショナルとしての強烈な自負が、「何を今さら」と、それ以上の言葉を拒絶しているかのようだった。


 訓練所へと消えたガンツを見送り、「本当にもう」ともう一度ため息をつくサラだったが、すぐに少し首をかしげる。


「でも気になるのは黒髪の少年もだけど、私としては本当に気になるのは、もう一人の赤毛のエルフのの方だったりするのよね」


 幼い頃に祖父から眼の施術を受けたと聞いたサラだったが、エリーの瞳の奥に封印術式の微かな痕跡をみつけていたのだ。それは魔眼持ちのサラだからこそ確認できた、隠されている僅かな痕跡。


「……いったい、何が封印されているのかしらね」


 ささやくように呟かれた声は、誰の耳にも届いていなかった。

長かったエリーのターンも終わり、ようやく次話から景久さんターンが始まるよ。

そして遂に

現行剣道にも繋がる一刀流開祖の景久VS異世界冒険者!

乞うご期待!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ