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景久、異世界に推して参る 【改訂版】  作者: 飛狼
第二章 城塞都市アレクサンドリ
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◇魔導師、大いに驚く(5)


「あっ、と私の紹介がまだだったわね。私の名前はサラ・デュケリー。このギルドの受付業務全般の責任者です」


 目の前のサラは微笑みを浮かべて言うものの、相変わらずその眼は笑っていない。


 ――うぅ、受付の責任者……そんな人に目をつけられたよ、あわわ。


 一般にギルド組織内の系統は三つに分かれる。ギルド支部の頂点であるギルドマスターの下に、冒険者と直接対応する受付業務部、素材の鑑定及び買い取りや各種ポーションとアイテム類の販売を行う商務部、それと依頼や冒険者自体のランク分けを行う審査部の三つに分かれるのだ。この中でも審査部は、ギルド内にある練兵場で冒険者たちに訓練や講習を施したり、時には犯罪行為を行った冒険者に対して懲罰ちょうばつ部隊を差し向けたりすることもあるのだ。いわば審査部門は、ギルド組織内の戦闘部門もねているのである。

 目の前にいるサラは、その三部門の中の一つである受付業務部の責任者だと言う。


 ――うぅ、さすがアレクサンドリのギルドだけど……。


 受付業務とはいえ、大都市のギルドの責任者ともなれば、それなりの実力者が据えられるのだろうと、魔法にけた狐人族が責任者なのに納得と感心をすると同時に、エリーはさらに緊張の度合いを高めることとなった。

 里でも学園でも、みそっかす扱いの落ちこぼれだったエリーである。いかにも優等生なできる女性もまた、苦手意識が強かった。その上、いくらかは増しになったといっても、未だに人見知りも激しい。今では姉とも慕うアンヌと学園で初めて出会った時も、半年以上はまともに口も聞けなかったほどだった。

 そのエリーの目の前にいるのは、大都市ギルドの受付業務の責任者、しかも一部とはいえ金毛の狐人。見た目もいかにもできる女性なのである。

 これだけそろえば、


「それで、あなたたちは何の用事でこのギルドに来たのかしらね、小さなエルフさん」

「え、えーと……わ、わたしたちは、はうぅぅ……」


 と、エリーの緊張は最高潮に達し、言葉にもならないほど上擦うわずった声を繰り返す。


 ――先ぱ〜い、早くギルドに来てくださいよ〜。


 対人会話能力が壊滅的なエリー。カゲヒサとは普通に話せていたので、何となく勢いでギルドまで来てしまったが、今さらながら自分のぼっちな性格を思いだして後悔していた。

 そのカゲヒサも、さっきから何故か、無言でエリーの背後に立ち空気と化している。


 ――もう、カゲヒサさんも何か言ってよ。って、カゲヒサさんには言葉が分からないか……本当にどうしよう、先ぱ〜い。


 もはや緊張のあまり、ぐるぐると頭の中が回りだすエリー。ギルドで合流すると言っていた、先輩のアンヌが早く来てくれないかと願うのみである。

 そんなエリーの様子に、ますますいぶかしげに視線を送るサラ。


「あらあら、どうしたのかしら。何かやましい事でも――えっ!」


 その時だった。サラのにこやかだった表情が一瞬で強張り凍り付いた。と同時に、またしてもエリーの背後から尋常ではない気配が漂う。しかもそれは、先ほど冒険者たちに放った殺気混じりの気配とは別次元といえるもの。冒険者たちに放ったのが、薄く周囲の全てに向けての殺気だったのに対して、今度のは前方の一点に集約した斬り付けるような気配、いや剣気だった。


「え、カゲヒサさん?」


 驚き振り向くエリーの目に映るのは、険しさに顔を歪め剣の柄に手をかけたカゲヒサ。そう、今にも目の前のサラに飛び掛かり斬り付けようとする姿だった。


『ちょっ、ちょっとカゲヒサさん、何をしてるんですか!』

『エリィさん、ゆっくりとそれがしの後ろに』


 カゲヒサがエリーを庇うかのように、前に出ようとする。


『え、待ってまって、何を考えてるの』

『エリィさんは気付いておらぬのか、あの者は人に在らざる者。狐が化けた妖怪変化、魔物でござるよ』

『……な、何を言ってるのよ、カゲヒサさん』


 唖然とするエリーだったが、そこでハッと思い付く。


 ――まさかカゲヒサさんは、獣人も知らないとか。


 冗談のような話だが、カゲヒサの今までの言動を思い返せば、それも十分にあり得ると考え、エリーは青くなった。

 とそこへ、


「止めなさい! 何を考えているのあなたたちは、ここはギルド内なのよ!」


 今度は、サラの険しさの増した声も耳に届く。パンと手のひらを叩く音と共に。そこに込められているのは、またしても風と精神との二系統の魔法だ。


 ――うひゃあ……。


 直接的な攻撃の意図はなく、ただ興奮するカゲヒサを静めようとしているだけなのは分かっているが、エリーはこちらに向かってくる魔法の波動を感じて思わず悲鳴をあげる。だが、その波動を、カゲヒサの放つ剣気が、あっさりと切り裂き霧散させた。


「え、うそ……」


 エリーとサラから、ほぼ同時に驚嘆の声がもれ出る。


 ――そういえばあの時も。


 盗賊集団「草原の狼」と戦っていたカゲヒサの姿を思い出す。

 そう、盗賊集団の中にいた魔法使いを倒した時の場面を。その時は炎属性初級の火球ファイアボールとはいえ、剣を振るって打ち消してみせたのだ。この世界の常識である魔法学を無視したかのような行いに、エリーは唖然とさせられたのである。

 そして今もまた、それほど強力なものではないとはいえ、風と精神の二系統を複合させた複雑な魔法を、今度はほとばしる剣気だけで打ち破ってみせた。


 ――あり得ない、カゲヒサさんって、本当に何者なの……って、そんな事を考えてる場合じゃないわ。


 目の前ではカゲヒサが、剣で抜き打ちにサラを斬り捨てようとしている。いや、既に刀身の半分ほどが引き抜かれていた。

 ギルド内で剣を抜けば、時と場合や状況によっては懲罰の対象にもなる。しかも職員を傷付ければ、それはもう完全に犯罪行為なのだ。

 エリーの脳裏に浮かんだのは、盗賊たちの身体を両断し、首を斬り飛ばして悪鬼の如く高らかな笑い声をあげていたカゲヒサ。その時の盗賊の姿と、目の前のサラの姿が重なる。


 ――駄目よ、カゲヒサさん!


 と慌てたエリーが体を掴んで引き止めようとするも、その腕をするりとカゲヒサはくぐる。

 そして剣が抜かれ――。


『止めてぇ!』


 エリーの絶叫がロビーに響き渡る。どちらかといえば、暗く引きこもり傾向のあるエリーである。これほどの声量を出すのも産まれて初めて。それはもう、エリーの根源を振り絞る魂の絶叫と呼んでもよいものだった。

 すると不可思議な現象が――刀身から発する青い燐光がカゲヒサを包んでいく。


『ぬ、これはいかがした。体がぴくりとも動かぬ』


 カゲヒサの動きが、まるで時間が停止したかのように止まったのであった。


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