◇魔導師、大いに驚く(4)
冒険者ギルド。それは街中の便利屋的な仕事から様々な採集や護衛、魔獣の討伐等々の多岐に渡る仕事を、個人または村や街など、時には国からさえも依頼される組織である。だが、実際は最終的な責任を負うのはあくまで冒険者個人であり、ギルドは登録した冒険者に対して依頼の仲介、または斡旋や支援などを業務とする互助組合的な側面の方が強い。とはいえ、ギルドが依頼や冒険者のランク分けを行い、適正かどうかを判断するのである。例えば、Fランクの初心者冒険者が、BやCランク相当の依頼を受けようとしても、ギルドに適正ではないと判断され拒否される。ギルドの信用にも関わる事であるから当たり前といえば当たり前なのだが、冒険者からすれば生活の全てを、首根っこを抑えられている状態も同然。それこそAランク以上の高ランク冒険者でもなければ、そうそうギルドに逆らえる訳もない。だから、先ほどギルド内が騒然とした時も、女性職員の一喝で冒険者たちも静まったのである。
そして、ここアレクサンドリは隣国との国境近くの城塞都市。北の荒地を越えて数日も北上すれば、人を寄せ付けぬ厳峻な頂きを見せるハストール山脈の山麓に辿り着き、南から南西にかけては魔獣が犇く広大なジュラ大森林もひろがる。そんな王都からも遠い辺境地ながら、東に宿敵イスタリア連邦との国境を睨む王国内でも有数の大都市でもあった。アレクサンドリ内のギルド支部は危険地帯も近いこともあって、王都本部をしのぐ権威と規模を誇り、本来は無頼を気取り何かと暴力が横行しがちな冒険者たちもよく統制されていた。
大勢の中堅冒険者を抱え、辺境一とも称されるアレクサンドリの都市に設けられたギルド支部。その建物も、都市の規模に比例して大規模なもの。といっても派手な装飾や彫刻はなく、冒険者の在り様でもある質実剛健を体現したかの如く、飾り気の欠片もない殺風景で武骨な矩形。見るからに頑強なのが取り柄なだけの建造物である。大通りに面した一階の玄関口、剣と盾を象った看板の下にある両開き門扉をくぐると、そこにあるのは広々としたロビー。天井までの高さも相当なもので、二、三百人は余裕で集会を開けそうなほどの巨大なロビーが広がる。左側の壁一面には掲示板が設置され、各種ランク分けされた依頼票などが所狭しに張られていた。向かってロビー右の反対側の奥には、テーブルやイスが並べられた簡易休憩所、或いはサロンと呼ばれる場所がギルド内に併設されている。本来は冒険者たちが依頼の打ち合わせや新規のパーティーメンバーを探したり募集を行う場所として提供されているのだが、このギルドの冒険者たちの間では半ば公然とした酒場と化している実情もあったりする。そして玄関正面の向こう側、広々としたロビーの先には右端から左端までの殆どを、長々としたカウンターが設置されていた。そのカウンターの対面には何人もの女性職員がずらりと並んで座り、冒険者相手の受付業務を行っているのである。
先ほどの騒動が、まるで嘘だったのかのように、今では冒険者たちも依頼票が貼り出される掲示板に群がり、カウンターの前に列を成していた。時おり、エリーたち二人に視線を投げ掛けたりもするが、冒険者たちも今日の稼ぎを優先させたようだった。そしてもう片方の当事者でもあるエリーたちは、皆の邪魔になるからと女性職員に手招きされるままにカウンターの端へと移動させられていた。
緊張した面持ちでエリーが周囲を窺いつつカウンターの前まで来ると、対面に座るのはさっき冒険者たちを一喝して黙らせたサラと呼ばれる女性職員。小柄な細身の体に、細面の茶褐色の頭髪。丸い眼鏡を掛けた知的美人だ。白を基調とした青色のラインの入った制服は体にもぴったりとフィットして、それがまた他人に清潔感と同時に、いかにも仕事ができそうな印象を上書きする。
ただし、額からこめかみの辺りまで一房の黄金色の髪が流れ、頭頂部の髪の隙間からはぴょこりと狐耳が飛び出し、ぴくぴくと可愛らしく動く。
――あ、獣人……それも狐人族?
エリーは内心で驚きの声をあげた。
というのも、エルフほどではないが、狐人もまた見掛けるのが珍しい種族なのだ。
獣人とは、体のどこか一部に獣の特徴を持つ種族。そのためか、優れた身体能力を持つ者が多い。しかしその反面、魔力の保有量も少なく魔力操作も得意ではない。だから獣人には戦士職の者が多く、体内で生成される僅かな魔力は、専ら身体強化などに用いられるのが常であった。しかし、獣人の中でも狐人族だけは特別だった。獣人では考えられないほどの魔力を身体から生み出し、魔法の全属性にも適用があるのだ。中でも取り分けて精神系の魔法に秀でていたが、それが仇となった。
「狐人族は人の心を読み取り、他人を意のままに操る事ができる」等と噂が飛び交い、大昔には差別や迫害を受けた歴史があるのだ。戦乱期には、戦奴として利用され戦力の一翼を担わされもしたが、実際には他人を操るほどの強力な精神魔法を扱える者などおらず、あくまで獣人の中では魔法が得意なだけで殆どの者がヒューマンの魔導師と大差のない者ばかりだった。そんな戦乱の時期を経て、現在では「他人を操る」云々(うんぬん)の噂もまともに信じる者は数少なくなったが、戦乱期の後では取返しがきかない程まで狐人族の数は激減していた。今では純粋な狐人の血を受け継ぐ者も、見掛けないほどになっていたのである。
しかし、エリーは知っていた。一度、祖父から聞いた事があるのだ。
「金毛の狐人族にだけは気をつけろ」と。
目の前にいる女性職員サラは、一部分、一房ではあるが額の辺りから黄金色した髪の毛が生えていた。
――やっぱり、さっきのは風属性の魔法に言霊を乗せていたんだわ。
エリーが思い出すのは、先ほどの騒ぎの際にサラが手を打ち鳴らした音と、冒険者たちを黙らせた声。その音と声には、魔法の気配が微かに漂っていたのだ。ハーフの落ちこぼれだったとはいえ、エルフはエルフなのだ。僅かな気配でも、それぐらいは察知できたのである。
風と精神、その二系統の魔法をさりげなく、難なく用いていた事にもまた驚いていた。それだけでも魔法の腕は相当なもので、それこそ学園の教授クラスだと、エリーには思えた。
――それに、この眼鏡も……。
サラが掛けている眼鏡。どのような魔法が内包されているのか分からないが、明らかに魔道具の気配を感じ取れるのである。
エリーは改めてちらりと、それとなくサラへ視線を向ける。が、眼鏡の向こう側にある細く切れ長の眼。その探るような眼差しとぶつかった。
――あう、どうしよう。
と途端に、エリーは体を竦ませ萎縮する。それに気付いたサラがにっこりと微笑む。
「心配しなくても、別に怒ったりしないわよ。どうせ、うちの冒険者たちが、あなたたちに喧嘩でも吹っ掛けたのでしょう。ごめんなさいね、ここは大都市といっても辺境には違いないから、ギルドに所属する冒険者も荒っぽいのが多いのよ」
「あ、いえ……私たちの方こそ……」
さっきの騒動で、ハンス同様に怒られるかと思っていたエリーは、反対に謝られた事に少しホッとする。しかし直ぐに、顔は笑っているものの、鋭さは隠そうとしないサラの視線に気づいて、エリーは体をびくりと僅かに震わせた。そこにあるのは、こちらの瞳の奥まで見通すような眼差しだったからだ。
エリーのターンが終わらない(汗)
早く景久のターンにいきたのに……。