◇魔導師、大いに驚く(1)
青い光は善なる証。聖結晶での判別法は、別名『魂の裁決』とも呼ばれ、魂に刻まれる悪しき心や行いを、聖結晶を通して神々が判別しているのだと昔から信じられていた。そしてそれが、アレス王国やイスタリア連邦を含めた、この大陸全土の常識だった。
それぐらいのことは、幾ら田舎育ちのエリーでも知っていた。学園でもそう教えられたし、いや、それよりも、世界を支える精霊たちを神聖視するエルフ、その中でも森深くの隠れ里に引きこもり、とりわけ司祭色の強いヴァンドールの一族の中で生まれ育ったのである。里では忌み嫌われていようとも、他の者よりは多少は詳しく驚きも大きかった。
先ほどカゲヒサが聖結晶石に触れた時に放たれた青い光は、澄み切るほどに透明感を伴い、それこそ神々(こうごう)しささえ感じさせるものだったのだ。しかも周囲を埋め尽くすほどの規模の大きさ。
精霊との親和性の高いヴァンドール氏族の長でもあり、一族の司祭長でもあったエリーの祖父でも、これほどの光を放つ事はなかったのである。
『あわわ、本当に何をしたのよ』
『いや、だから、某は何も……』
慌ててエリーが周囲を見渡すと、皆も驚愕した表情を浮かべていた。
そして、近くにいた商隊のメンバー、商人や他の護衛の冒険者たちからは「我等の危急に、神がお遣わしに」とか「マジか、使徒だったのか」等など、こそこそと囁き合っている声も聞こえてくるのである。さらに、アレクサンドリの正門の責任者に至っては、先ほどまでは寝ている所を引っ張り出されて不機嫌そうにしていたはずが、今では高貴な人を迎えるかのように恭しく頭を下げていた。
――うわぁ、大いに勘違いしてる。今のは【聖印】持ちクラスの輝きだし、無理もないと思うけど、カゲヒサさんは私が召喚した訳で……あ、でも、元いた場所では聖騎士だったとか。
などとエリーが考えていると、直ぐ横でアンヌが、
「有り得ないわね。元々、人が召喚されるとか馬鹿げた話なのよ。私は今でもこの男は魔物が変身した姿だと思っているし、今の光もこの男が何かしたのだと考えているわ」
と、眉間にしわを寄せて小声でエリーに耳打ちする。エリーも他の人を気にしつつひそひそ声で返す。
「えぇー、それこそ有り得ないですよ。聖結晶の判別は、神々が裁定を下してるって、昔から言われていますから」
「まぁ、そうだけど……私はこの男がおとぎ話に出てくる魔人であっても驚かないわよ」
「そんなぁ……」
――先輩は怖い顔してそんな事を言うけど、私には分かるの。
それは未だに魔力でカゲヒサと繋がるエリーだから確信できるのだ。人であると、カゲヒサが嘘を言っていない事を。そして、精霊との親和性の高いエルフの血が混じるエリーの未来予知ともいえる直感が、マリアンヌと同じく今後もカゲヒサは裏切ることなく味方になってくれると告げるのだった。
だからエリーとしては、二人には仲良くなってもらいたいのだが、それは感覚的なものであり、アンヌにどう説明したら良いのか、エリーには分からないのである。
「あ、でも、結晶石に情報が……あれっ」
表示されているはずの情報を読み取ろうと、エリーは結晶石を覗き込み、またしても驚きの声を上げることとなった。
何故なら、そこにはヒューマンとだけ。それ以外の情報が、一切無いのである。本来であれば、そこには名前や年齢、職業やある程度経歴など表示されるはずなのだ。
「まるで取って付けたように、ヒューマンの表示だけね」
アンヌも覗き込み、またひっそりと小声で耳打ちすると、エリーもひそひそと話す。
「でも、これで人なのは、はっきりしたわけですから」
「ますます怪しいわよ」
「そんなことないですってば。先輩は疑いすぎですよ」
「私はエリー、貴女のことが心配で……まぁ、良いわ」
「ん、先輩?」
「とにかく、まさか召喚しましたと馬鹿な話をする訳にもいかないし、ここはアレクサンドリの役人も勘違いしているようだから、それを利用しましょう」
アンヌの言う勘違いとは――アレクサンドリの役人は、カゲヒサの見るからに異国風の衣装と容姿や王国の伯爵家が身元の保証をし、しかもその貴族家の者が側にいるのだ。その事から推察して、遠国の高位の聖職者が秘密裡に王国へ訪れているのかと想像を巡らしていたのである。また、アンヌとエリーが二人してこそこそと話をしているのも、反対にそれが真実だと加味する結果となった。
ただし、一人だけ訳が分からず心配顔の者が、
『何か問題でもござるのであろうか』と。
『だ、大丈夫よ、先輩が上手くやってくれてるから』
『それに先ほどの青い光は……』
『あの光は、頭の中の情報を読み取っている時に出るものなの』
『頭の中を……そのようなことが……南蛮の技術、恐るべし』
『そ、だから問題は……ヒューマンとだけしか読み取れなかったけど、これでカゲヒサさんは人だとはっきりした訳だし、なんの問題もない……はず、あはは』
しばらく間は、少々まの抜けた笑顔を見せるエリーと、首を捻り「信じられぬ」とぶつぶつと呟くカゲヒサの二人であった。
その後は結局――都市アレクサンドリは、国境を睨む重要な拠点。そこへ門が閉まる時間外に商隊と一緒とはいえ、明らかに王国の者でない風体をした怪しげな男が訪れたのである。しかも、有り得ない事に聖結晶石が、まともに作動していない。本来であれば、もっと警戒されるべき事案であったが、「今の聖なる輝きは見たわね。それと結晶石への情報隠しは異国の秘匿魔法だから。そしてこれ以上は機密事項にあたるので何も聞くな。下手をすれば首が飛ぶわよ」と、アンヌが半ば恫喝混じりに上手く言い包めたのだった。
そんな訳で、カゲヒサについては何も詮索されず通過する事ができたのであった。そして、商隊の全ての馬車と人員の調べが終わった頃には、まだ薄暗かった陽光もきらめく早朝のものへと変わっていた。
皆がようやくホッと一息ついた中、少し疲れた様子のアンヌがエリーに話しかける。
「エリー、まだ“草原の狼”のことで治安局の人とも話さないといけないし、それにドーソンさんとも今後の打ち合わせもしないといけないの」
「あ、はい。えーと、私は何をしたら」
「そうね、そこの大通り真っ直ぐ進んだ近くに冒険者ギルドがあるから、今の間にあの男のカードを作ってらっしゃい」
「カゲヒサさんのですか」
「そうよ、今後の事もあるから身分証は必要でしょう。私も後から行くから、カードを作成した後はそのままギルドで待ってれば良いわ」
「そうですね……分かりました」
エリーがカゲヒサの手を取り、
『カゲヒサさん、行くわよ』
『何処にでござるか』
『ギルドに行くのよ』
と、冒険者ギルドに向かって歩き出したが、すぐにアンヌが呼び止めた。
「あ、ちょっと待って。一応、念のためにこれを持って行きなさい」
アンヌが差し出したの手のひら少し大きいぐらいの、小さな短剣だった。ただし、柄の部分にガーネット家の紋章が刻まれていた。
「先輩?」
「それを見せれば、直ぐにもギルドカードを作ってくれるわよ」
「でも、家の人の許可もなくこんな大切なものを、私なんかに勝手に貸し出しても良いんですか」
紋章入りの武具を見せるということは、何かあればガーネット家が全ての責任を負うという事でもあるのだ。エリーにすれば、いつも面倒を見てくれる姉とも慕うマリアンヌのすることではあるが、さすがにこれはやりすぎではと不思議に思うのである。
「良いのよ、今回の一件では、お父様から全てを任されているのだから」
「え、今回の一件?」
「あ……っと、そうそう、一件っていうのは……ドーソンさんの商会は、ガーネット家にも出入りしている商会だから……こ、今回の護衛依頼のことなのよ」
「そうだったんですか」
「そうよ、別に変な意味はないから心配しないで」
少し引っかかりを覚えるエリーだったが、相手は姉とも慕い信頼するアンヌなのである。それに田舎育ちで世間知らずのエリーは、そんなものかと納得し「ありがとうございます」と短剣を受け取り、引っ掛かりを覚えたことも直ぐに忘れるのであった。