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9-11(P98)

まずはワンコさんに現状の自分が置かれている状況を説明し、これからの訓練方針と目指す形を説明する。その上で大蜘蛛と人間型になる訓練を繰り返す。それをインフィニティに説明すると鑑定スキルはあきらかな不満を口にした。


『手ぬるいですね』


手ぬるいのかよ。ならお前ならどういう訓練メニューを考えるというんだ。そう尋ねるとインフィニティはいつもよりも饒舌に語り始めた。


『まずは手始めにゼロスペースの中に放り込んで一週間ほど放置します。あの空間の中では時間の流れが止まっていますから呪いの進行もないはずです。極限の飢餓状態で次に行うことは自我が壊れるほど残酷な光景の幻覚、具体的には四肢が腐れ堕ちて醜く崩れ落ちる様を見せることを精神崩壊一歩手前になるまで繰り返します。ここで重要なのは精神崩壊一歩手前でやめておくこと、そして気絶などの休息の暇を一瞬でもターゲットに与えないことです。こうして心身共に疲労困憊となった前提で大蜘蛛となったら餌を与えます。具体的には肉片一欠けらが望ましいですね。空腹を満たさせるわけにはいきませんからビーフジャーキーなどが望ましいです。いや、待てよ。肉を食べるという幻覚を見せて飢餓をさらに増長するという手もあるか。まあ、この辺りは最も相手に精神的なダメージが与えられる方策を選ぶとしましょう。食事を終えた後は殺虫効果のある特殊なガスを限定空間内に流し込み、人間に戻ったらガスの放出をやめる。これを繰り返します。ここで重要なのはガスの放出時にはアラーム音などの耳に残る音楽を鳴らすことです。これを繰り返すことによって最終的には音楽を聞いただけで自身の意志とは関係なく大蜘蛛から人間に変化するようになれます。ここまででキリングマシーンとなる第一段階を超えることができます。ここまでの理解はよろしいでしょうか』

「半分以上は分からなかったが、お前が狂っているのだけはよく分かったよ」


眩暈がしてきて俺は議論を一方的に打ち切った。珍しく饒舌に語りだしたかと思ったらとんでもない殺人メニューを考え出したものである。あらためてうちの子の怖さが分かりました。

インフィニティさんにまかせておいたら間違いなくワンコさんが壊される。そう思った俺は気絶する彼女とクリスさんを抱えてアパートに戻ることにした。




               ◆◇◆◇◆◇          




アパートに戻ったのはいいのだが、シェーラが隣の部屋で寝ている状況でワンコさんを連れ込んでいるのを見られるのは何かとまずい。そう思った俺は途方に暮れた。そんな俺にアドバイスをくれたのは先ほど狂気の発言を行ったインフィニティさんだった。


『マスター、こういう時こそ快適空間を使用する時ですよ』


快適空間?なんだっけ、それは。よくよく聞いてみると魔力喪失の克服の際に身につけたスキルらしい。インフィニティさんが言うには手狭な空間であっても空間自体を膨張させることで居住が快適な空間を作り上げる効果があるらしい。それはいいな。そう思った俺は早速スキルを使用することにした。


「快適空間!」


そう言した瞬間、俺の部屋の壁が縦横に伸び始める。同時に床下から今までなかった家具や高級な家電製品がせり出していく。圧巻だったのはその広さと奥行きだった。軽く見て20人近くを収容できる大きさなのではないだろうか。おまけに巨大テレビやホテルにあるようなインテリアや冷蔵庫、ツインサイズのベッドまで出来上がっている。狭かった部屋は広々とした高級ホテルのそれに変化していた。床には真っ赤な絨毯が敷かれている。フローリングの床じゃなくなっていることに愕然となった。

どこから匂ってくるのか、ほのかなラグジュアリーな香りを感じながら俺は茫然と部屋を見渡した。こんなスキルがあるなら早く使えばよかった。溜息しか出てこない。


「…ううん…」


ふいにワンコさんが呻き声を上げた。しまった、あまりのことに忘れていた。慌ててワンコさんを抱えてベッドまで連れていくと静かに寝かせた。自分の部屋とは思えないほどフカフカのベッドだった。何となくこれまでの自分の状況と比較して若干の惨めな気持ちになりながら、俺はワンコさんの意識が戻るまで待った。




               ◆◇◆◇◆◇        




意識が戻った後に俺から説明を受けたワンコさんは困惑した様子だった。それはそうだろう。大蜘蛛に意識を乗っ取られまいと頑張っていたのにそれは全て無駄であり、むしろ積極的に大蜘蛛の姿になれというのだ。そう簡単に納得できるわけがない。

俺の話を聞いた後でワンコさんはしばしの間に思案している様子だった。そういう時に下手なことを言うのは逆効果だ。そう思っているとワンコさんは静かにこちらを見た後で話しかけてきた。


「私のステータス画面を見せてくれないか」


俺は黙って頷くとワンコさんが見ることができるように可視化したステータス画面を開いた。ワンコさんはしばしステータスを眺めた後に長いため息をついた。


「何という事だ。ハル君のいう事は本当なのだな。だとすれば私は今まで何をしていたというんだろう」

「ワンコさんは悪くないですよ。仮に俺が同じ立場だとしたら同じようなことをしていたと思いますから」

「そうだとしてもこうやって事実を見てしまうと参るな」


そう言った後でワンコさんは再度ステータスをまじまじと見つめた。俺は暫く黙っていた後で提案することにした。


「ワンコさん、ゼロスペースで特訓しませんか。今度は大蜘蛛にならないように我慢するんじゃなくて大蜘蛛になりまくって克服するんです」

「…それは二人きりという事か」


そう言った後でワンコさんは何故か暫く黙り込んでしまった。ちょっと、おかしな想像をしてないか、この人は。あいにくと人の弱みに付け込むような真似はしないと決めている。


「二人きりになっても襲い掛かったりしませんから安心してくださいよ」

「いや、どちらかといえば襲いそうなのは私の方なのだが…よろしくお願いします」


そう言って静かに頭を下げたワンコさんに俺は頷き返したのであった。




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