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8-10(P86)

ワンコさんが意識を取り戻すまでは暫くかかった。仕方がないので膝枕をして起き上がるのを待つことにした。寝顔がかわいいな。変質者ならば意識がないことをいいことに楽しいことをしてしまうのだが、誠実な豚を演じる自分としては辛い限りである。まじまじと可愛らしい寝顔を眺めているとワンコさんがうっすらと目を開けた。よかった。意識を取り戻したようだ。ワンコさんは記憶がはっきりしないのか、しばらく俺の豚顔を眺めながら瞬きしていたが、次第に意識がはっきりすると共に跳ねるように起き上がった。膝枕をされていたことに気づいた後に顔を赤くしながらもそっぽを向いた。何だか機嫌が悪そうだ。どうしたのだろう。俺がそう思って声をかけると彼女はごにょごにょと呟いた。


「…ハ……は…ずるい。」

「へ、今なんて言ったんですか。」

「ハル君はずるいといったんだっ!!」


ワンコさんは俺に向かって顔を真っ赤にさせながら叫んだ後に再びそっぽを向いた。ずるいってどういうことだろう。確かに魔力のブーストで張り手をやったのは反則かもしれないがそのくらいは魔法使いならば当たり前の戦いではないのだろうか。スタンダードがよく分からないので何とも言えないが、ワンコさんの反応を見ていると困惑しか浮かんでこない。何というべきか迷っているとワンコさんは再び呟いた。


「そんなに強くなられたらハル君を守って恩返しをすることができないじゃないか。」

「へ?」


その時の俺は相当間抜けな表情をしていたと思う。まさかワンコさんがそんなことを考えていたなんて。ひょっとしてリハビリを頑張ったのもそのためなのか。不味いぞ。こちらとしては強くなったところを見せて安心させようとしたのに逆効果じゃないか。まだ切り札を見せていないというのに。どうするべきか思案している俺を無視するようにワンコさんは続ける。


「なあ、ハル君。君の目から見て私の弱点はなんだと思う。」

「…そうですね。敢えて言うならば防御力でしょうか。」


俺がそう言うとワンコさんは目を見開いた。どうしたというのか。


「凄いな。まさしく私が気にしていたことを当てられてしまった。」


なるほど、だから驚いていたのか。

俺が防御について指摘したのには訳がある。確かにワンコさんの剣の腕は卓越している。相手が同様の剣士ならばまず負けることがないだろう。だが、誰もが剣を使うとは限らない。拳銃や魔法、さらにはデモンズスライムの溶解液といった特殊能力に生身で挑むのはあまりに危険すぎる。実際、そのせいで一度は腕をなくすことになったのだからな。

攻撃を重視するワンコさんの戦術に対して俺の戦術の組み方は基本的に防御寄りである。幾ら素早く避けることができても必ず避けれるとは限らない。攻撃を凌ぎ続けることができれば勝機もあると考えるからだ。だから俺はデモンズスライムとの戦いの前にまずは全ての前提となる防御魔法の準備をした。司馬さんもあのダインスレイブなる攻防一体の規格外の鎧を所有しているし、俺たちの中で一番防御に心配が残るのはワンコさんだ。戦闘で役立つ固有装備などはないのだろうか。そのことを尋ねるとワンコさんは苦笑した。


「実は私が持っている剣狼という刀には固有装備の鎧を召喚する能力がある。だが、まだレベルが足りないのか呼び出せないんだ。何度も召喚は試しているんだがね。」

「そうなんですか。」


俺にそう語った時のワンコさんはなんだか寂しそうだった。なんでも剣狼というのは彼女の祖父の孤狼族の名前らしい。その剣狼さんが愛用していた刀が彼女に受け継がれているわけである。なんでもその爺様は現役時代に特殊な鎧を身に纏って戦っていたそうでその力も刀に宿っているらしい。


「もしかしたら私はまだおじい様に認められてないのかもしれない。」

「気にしすぎですよ。」


そう言ってワンコさんを慰めながらその日の稽古は終了となった。




                ◆◇◆◇◆◇      




その日の深夜、ワンコは街にある高層ビルの屋上にいた。彼女は闇の中で一心不乱に剣を振るっていた。振るいながらも脳裏によぎるのは昼間の晴彦の姿だった。いつの間にあれほど強くなったのだろう。完全に置いていかれた気分である。それだけではない。彼は自分や司馬さんが苦戦したデモンズスライムに勝利した男だ。それに対して自分はどうだ。もしもう一度デモンズスライムと戦うことになったら勝てるのか。夜の闇の中にデモンズスライムの幻影が浮かぶ。幾ら斬撃を繰り広げようが、その幻影は消えることはなかった。今のままでは勝てない。では、どうすれば勝てると言うのか。焦りばかりが募っていくのが歯がゆかった。そんな彼女の頭の中に何かが語り掛けてきた。


【…うるせえな。何時だと思ってんだ。おちおち寝てもいられねえじゃねえか。】


驚いたことに声をかけてきたのは刀である剣狼であった。驚いて言葉を失うワンコに剣狼は語り掛ける。


【そんなに力が欲しいのか。】

「ああ、そうだ。お爺様のように鎧を身に纏って戦う力が欲しい。」

【はは、流石は子孫だな。なら機会を与えてやるよ。せいぜい使いこなしてみな。駄目だったら呑まれるだけだがな。】


そう言って剣狼の柄から凄まじい量の蜘蛛の糸が放たれてワンコの指先から腕に、そして腕から体全体に巻き付いていく。彼女はその異様さに恐怖して悲鳴をあげた。だが、蜘蛛の糸はそんな彼女のことなどお構いなしに巻き付いて身体の自由を奪っていく。それと同時にワンコの精神の中に何かが入り込んでいく。自我が上書きされていく異様な感覚にワンコは恐怖した。このままでは得体の知れない何かに自分が書き換えられていく。その恐怖に彼女は身悶え苦しんだ。やがて蜘蛛の糸が彼女の全身に巻き付き終えるとワンコはその場に横たわった。すでに彼女の自我は別の何かに乗っ取られようとしていた。そして人型になった蜘蛛の糸の塊の中では何かが躍動しているようであった。


しばしの沈黙ののち、糸を切り裂いてとてつもない大きさの何かが飛び出した。



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