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昨日は酷い目にあった。結局あのギャル子は何だったんだろう。まさかあれが俗にいうストーカーというやつなのだろうか。昨日を振り返って物思いに耽っているとワンコさんに声をかけられた。
「どうした、ハル君。訓練に身が入っていないみたいだが。」
「すいません、考え事をしていました。」
「しっかりしてくれよ。訓練といってもケガするぞ。」
そう言われて気持ちを切り替えることした。せっかくワンコさんが稽古をつけてくれるのだからな。
今日はワンコさんと一緒に戦闘訓練を行っていた。自分自身のトレーニングの意味は勿論、先日のデモンズスライムの来襲で欠損し、再生したワンコさんの腕のリハビリも兼ねている。リハビリは必要だ。いくら再生したからといってもそのまま元のように使えるというわけではないからな。馴染むまでは相当時間が掛かるはずなのだが、ワンコさんは見た感じは元のように刀を扱えるようになっていた。何気なく軽々と扱っているがその裏では血が滲むような訓練をしてきたに違いない。談笑するくらいに和やかな雰囲気だったのだが、ふいにワンコさんの気配が変わった。仕掛けてくる。俺はそう察して小刀を左右に構えて二刀流で応戦することにした。
次の瞬間、前触れもなくワンコさんの姿が影と共に消える。すぐに間合いに来るはずだ。右、いや、左か。感覚が導くままに左の小刀で切り払うと刃先と刃先が撃ち合った後に短い火花が散った。よかった。やってみるものだ。まぐれだったのだが、姿を見せたワンコさんはそうは思わなかったようである。
「…今の一撃に反応しただと。まさか見えたのかっ!?」
「はは、まぐれですよ。」
「まぐれでやられてたまるか!」
プライドを傷つけられたのであろう。ワンコさんはそう叫んで烈火の如き連撃を繰り出してきた。危ない、とっさに反応できてなかったら斬られている。そう思いながらも左右の腕はワンコさんの連撃に素早く反応していた。斬撃の回数を数えていくと28連撃だった。これが終われば反撃しよう。そう思いながらも何か違和感を覚えた。危険を感じた俺は何が違和感なのか答えを素早く導き出す。
違和感の正体は俺の足元だった。両足が少しずつワンコさんの闘気に引き寄せられている。その闘気の流れの源泉を見て俺はゾッとなった。彼女自身の身体の内部から恐ろしいほどの闘気が練りこまれていたからだ。まるで小さな台風だ。それを見た瞬間に理解した。彼女はこの連撃の最中に彼女自身の身体を中心にした闘気の渦を利用した必殺の一太刀を放ってくるつもりだ。見切れるのか。いや、待つのではなくこちらから仕掛けるべきだ。直感的にそう思った俺は左の軸足に魔力を集中させた。瞬間、足の筋肉がはちきれんばかりに膨れ上がる。溜め込んだ力で思い切り地面を踏み込むと俺の身体は爆発的な瞬発力でワンコさん目がけて突き進んでいった。その勢いはまるでターボチャージャーを積みこんだ車のようだ。だが、この勢い切り込めばかすり傷では済まない。そう自覚した俺は直前で小刀から手を離すと同時に張り手を突き出した。寸止めするつもりだったが、ワンコさんの寸前で放った張り手から見えない衝撃波が放たれた。
「っ!!!!」
斬撃の準備をしていたワンコさんはまともにその衝撃波を喰らって派手に吹っ飛んだ。やばい、やりすぎた。そう思った時にはすでに時遅くピクリとも身動きをしていない。慌てて助け起こすと受け身を取れなかったワンコさんは脳震盪で意識を失っていた。おかしい。なんでこんなに力量差がついているんだ。
そうか、インフィニティだ。きっと万能スキルが何らかのスキルを使ってサポートをしてくれたに決まっている。そう頭の中で思い浮かべる。
『残念ながら私は何もしていません。マスターがすでに人間離れした実力なだけです。』
自らに罪はない。そう言ってのけるインフィニティに対して俺は苦笑いを浮かべながら自らの手を見た。俺の身体はどうしてしまったのだろう。だが、俺の手はそれに答えることはなかった。




