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体重が103kgとなって減量はしないといけないのだが、下手にスキルを選んで楽をしては失敗する。そう思った俺は地道な減量を再開することにした。やはり効果的なのは毎日のウォーキングと食事制限が一番だ。
そんなわけで昼夜のウォーキングを再開したわけだが、最近になって不審な視線を感じるようになった。どこからかは分からないが、誰かに見られているような不可解な視線。それが何なのかは分からないがなんとも不気味だ。
自意識過剰と思われるかもしれないが、何者かに後をつけられているような感覚もする。このままではまずい。そう思った俺は追跡者を罠にかけることにした。まずは通常通りにウォーキングを行う。そして視線を感じた瞬間にスキルを使用した。
【魔力感知】。魔力回路喪失を克服したことで新たに得たこのスキルは周辺の地域の人間や動植物の魔力を戦闘力のように感知することができる。魔力感知を行うことで分かったのは確かに何者かが電柱の影に潜んでいることだ。ただしその魔力はそこまで大きなものではない。どちらかというと一般人のものに近い。一体誰だというのか。首を傾げながらもクロックアップで相手の顔を確認することにする。
「クロックアップ。」
瞬間、周囲の時間が凄まじくゆっくりとした流れに変わる。というよりは俺の時間が加速する。加速した時間の中で動き回る俺の姿は相手には認識できないはずだ。そう思いながら電信柱の影を確認する。そこにいたのは制服姿の少女だった。なにか見覚えがあるな、そう思って思い出してみると先日のデモンズスライムとの戦いで助け出したギャル子だった。なぜこいつがここにいるんだ。不審に思いながらも何となく嫌な予感がした。ひょっとして俺を見つけて文句を言いに来たのではないだろうか。いや、きっとそうに違いない。ここは逃げたほうがいい。そう思いながらも彼女の表情が気になった。何かを言おうとしながら言い出せないような微妙な表情。ひょっとして俺に何か伝えたいことがあるのではないだろうか。微妙に後ろ髪を引かれながらも、罵声をぶつけられるかもしれない恐怖心から俺はその場から逃げ出した。
◆◇◆◇◆◇
ちょっと目を離した瞬間にまた見失った。氷川湊は自らの一瞬の油断を悔やんだ。またあの太った人にお礼を言うことができなかった。湊はこの数週間、自分の事を救ってくれた人物の事を探していた。何としても先日の非礼を詫びて礼を言うためだ。初見での自らの態度にも関わらず、二度もあの人は自らの身を顧みずに助けてくれた。そのことで湊はあの豚男への認識を完全に改めていた。あの人は蔑まれるような豚ではなく、尊敬に値する人物であると。
湊は男性恐怖症であった。自分や友人を汚らわしい目でしか見ないのが男。元々はそこまで嫌悪の対象ではなかったが、数年前に起こった忌まわしい事件によって彼女にとって男という存在は嫌悪対象へと変貌した。普通の男でさえ近寄りたくないのにその上太っていたあの男は嫌悪対象以外の何者でもなかった。だからあんな態度を取ってしまった。湊自身がそんな自分が大嫌いだった。
ある意味で自暴自棄であった。男たちに拉致された時に彼女は凄まじい恐怖を感じもいたが、これまでの自分の行動を顧みた時に自業自得なのかもしれないとも思った。自分が他者に酷い態度を取ってしまったためにこのような目に遭ってしまったのではないか。だから周囲に通行人もいたはずなのにこちらが悲鳴を上げようと泣き叫ぼうと誰もこちらに関心を向けなかった。自分はこれから酷い目に遭わされるのだろう。誰か、誰か助けてほしい。そんな彼女の悲痛な声に答えたのがあの豚男だった。
どの様な手段を取ったのかは分からないが、豚男は走る車に追いつくとあっという間に男たちをぶちのめしていった。そして名も告げずに立ち去っていった。その時点で湊の中で豚男は嫌悪対象ではなく、むしろ憧憬に値する人物に変わった。
自分もあんな人間になりたい。他人からどう思われようと自らの信念を曲げずに行動できる強い人間に。そういった思いがあったからこそ彼女はあの怪物の襲来の際に自らの身を顧みずに老婆を助けようとした。そこには打算も何もなかった。結果として死の危険に晒されたのだが、その時に救ってくれたのがあの豚男であった。
だからこそどうしても礼が言いたかったのだが、また逃げられてしまった。いつになったら豚男に礼が言えるのだろう。そう思いながら湊は溜息をついた。




