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それから俺達は喫茶店に場所を移した後に司馬さんにこってりと絞られた。そうはいってもこちらは被害者のようなものだ。怒られるのは心外だ。そう思って俺が反論すると司馬さんは溜息をついた。
「お前なあ、少しは自分のしていることを顧みたほうがいい。相手は一般人だぞ。」
「言ってる意味が分からないんですけど。それにこっちは殴られたんです。」
「殴られたといっても今のお前にとっては撫でられたようなもんだろ。それよりも駄目なのは自分が何をしでかしたのか分かっていないことだ。」
「何が分かってないっていうんです。」
「お前のやったことは見えない刃物をちらつかせて相手を脅かしていることと同義だと言ってるんだ。自覚してない分、さっきのチンピラどもよりも質が悪い。嬢ちゃんを見てみろ。どちらに怯えていたか分かるか。あいつらじゃない、おまえだよ。」
そう言われて俺は頭から冷水をかけられたように血の気が引いた。言われてシェーラを見てみると俺に向けるのは笑顔ではあるが、確かに瞳の奥に怯えの色が見受けられた。彼女の視線を見ることで自分が全く見えていなかったことを俺は反省した。確かにそうだよ。スキルを使わずに追い払えばよかったじゃないか。反省する俺に司馬さんは苦笑いした。
「まあ、反省したならそれでいい。こうして説教したが、俺だって偉そうなことは言えねえからな。」
「どういうことです。」
「好きな女を連れ去らわれて頭にきて大軍勢に殴り込みをかけたことがあるからさ。相手の軍勢は3万くらいだったかな。」
相変わらず無茶苦茶な過去を持つ人だ。唖然としていると司馬さんは珈琲をグイッと飲み干した後に無理やりの笑顔を作った。
「まあ、やり方は悪かったが、お姫さんを守ろうとした心意気は認めてやる。今度からはもう少しうまくやれ。そうだろう、お姫さん。」
「はい、ハルが守ってくれたこと自体は凄く嬉しかったです。おとぎ話に出てくる騎士のようでした。」
「…うん。ありがとう。」
シェーラの言葉に俺は顔が赤くなった。途端に司馬さんが「お熱いことで」と野次を飛ばす。そんな司馬さんの言葉を右から左に流しながら今度はもっとうまくやるように決意した。そんなことを思っていると司馬さんは何かに気づいたようだった。俺の背後に視線をやると大きく手を振った。
「おお、ようやく来たか。遅いぞ。ワンコ。」
「すいません、支度してたら遅くなっちゃって。」
振り返った瞬間に俺は目が点になった。ワンコさんがあまりに奇麗だったからだ。灰色を基調としたカーディガンに白のインナー、そしてフィットしたジーンズがスレンダーな彼女の体形に良く似合う。いつものスーツ姿と違って新鮮な魅力を感じた。軽く化粧もしているようでピンクの口紅が印象的だった。随分めかしこんでいるが、これからデートでも行くのだろうか。
俺がそんなことを思いながら茫然としていると彼女はおずおずと俺の近くにきて恥ずかしそうに聞いてきた。
「どうかな。似合わないんじゃないだろうか。」
「いえ!凄くかわいいですよ。見違えました。」
俺がそう言うと彼女はホッと胸を撫でおろしたようだった。どうしたのだろうと俺が思っていると彼女は恥ずかしそうに照れ笑いをした。
「…よかった。普段こういう服装をしないものだから似合っているのか分からなかったんだ。」
何この人、凄くかわいいんですけど。俺がそう思っていると隣のシェーラから太ももを思い切りつねられた。何するの、と涙ながらに訴えると「鼻の下を伸ばし過ぎです…」とムッとされてしまった。うう、そんなつもりはないんだが。
俺達の様子をニヤニヤしながら見守っていた司馬さんは笑いながらこう切り出した。
「さあ、全員揃ったところで飯食いに行くか。晴彦とワンコの快気祝いだ。俺のおごりで寿司食いに行くぞ!」
「「やったーっ!!」」
俺とワンコさんの歓声がハモる。シェーラは何事か分かってないようだったが、俺たちの喜びようから楽しいことが起きるのだと判断したようだった。
それにしても寿司とはありがたい。なぜならば俺の好物だからだ。ダイエット中と言っても関係あるものか。食えるだけ食ってやる。俺がそう思っていると司馬さんが釘を刺してきた。
「晴彦はダイエット中だから刺身だけな。」
「そりゃないっすよ!」
俺の哀しき絶叫が店内に響き渡ったのは言うまでもない。




