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8-3(P79)

 その日の朝、剣崎壱美はこれまでにないくらいに悩んでいた。彼女はピンクのワンピースを持って姿鏡の前で合わせたまま、これ以上ないくらいに真剣な目をしていた。暫く姿鏡を見つめた後に大きなため息をついた。そんな彼女の部屋のベッドにはいくつか試したであろう洋服が積みあがっていた。


「駄目だ、これも似合わないよな。やっぱり可愛らしいのは私の柄じゃないよ」


 WMDの同僚の女の子にアドバイスされて買ったもののピンクというのはいかがなものか。壱美は自分が人一倍男勝りであることを理解していた。だからこそ自分には女の子らしい格好など似合わないと思い込んでいる。そうはいっても客観的に見てみれば彼女は非常に可憐な女性であり、女性らしい服装をして街を出ればすれ違う男達が放っておかないのは間違いないだろう。だが、彼女はそれを自覚していない。

 自分の魅力に気づいていないのだ。だが、そんな彼女が服装に悩むのには理由があった。今日は彼女にとって大切な約束があって、約束をした人に女の子らしい服装をした自分を見せたいからだ。

そんな彼女の側で彼女の飼っている子猫がすり寄ってきて鳴き声をあげた。彼女はそんな子猫に気づいて微笑んだ後にワンピースをベッドに放り出した後に子猫を抱き上げた。


「なんだ、どうしたんだ。コタロウ」

「にゃ~」

「慰めてくれなくていいよ。でも、ありがとうな」


壱美は子猫に頬擦りした後に時計を見た。約束の時間に間に合わなくなると判断した彼女は慌ただしく準備を再開した。平和な休日が始まろうとしていた。






                   ◇◆◇◆◇◆◇◆



                            


その日、俺とシェーラは司馬さんに呼ばれて駅前広場の待ち合わせの銅像の前にいた。今日はワンコさんと俺の快気祝いで寿司を食べに行くことになっているのだ。司馬さんの話では回転しない寿司という事なので期待は最高潮に高まっていた。

駅前通りは休日なので待ち合わせの人たちも人通りもかなり多かった。あまりの人の多さに若干引いたのは言うまでもない。だが、人ごみがそこまで気にならなくなっていることを理解した。以前ならば衆人の目に晒されただけでストレスが溜まって耐え切れなくなったのだが、あまり気にならなくなったのは司馬さんやシェーラと接するようになったからだろう。

だが、若干の問題があった。道行く通行人達の視線が気になってしょうがないのだ。彼らの視線は俺ではなく、隣にいるシェーラに向けられている。彼女の美貌に目を奪われているのだ。

お世辞ではなく彼女は本当に奇麗になった。呪いのペンダントから解放された彼女は妖精姫と呼ばれるに相応しい美しさを取り戻していた。さらりと風で流れる髪とはっきりした目鼻立ち、そして金髪碧眼の瞳はどこか現実離れした存在であった。そんな彼女には白を基調としたワンピース姿が良く似合う。このワンピースはワンコさんがシェーラのために用意してくれたものらしく、彼女のお気に入りだった。最近姉妹のように仲がいいんだよな、二人とも。


 司馬さん達と約束していた時間よりも早く来てしまったせいだろうか。どうしてもトイレに行きたくなった俺はシェーラに待っていてもらうように頼んだ後に少しだけその場を離れた。それがいけなかったのだろう。俺が戻るとシェーラに二人の柄の悪い男が声をかけていた。ナンパだ。よりにもよってシェーラの肩に手を回している。白昼堂々とやってくれるじゃないか。彼女は優しいから断り切れないのをいいことに調子に乗っているのだろう。困り果てているようなので早々に間に割って入ることにした。シュバッっと神速を使ってシェーラと男たちの間に割って入る。勿論、肩に回した手は払いのけておいた。


「お兄さんたち、この子に何の用かな」

「うおっ!何だこのデブ、急に現れやがった」

「な、なんなんだ、てめえは。邪魔だからあっちいってろ」

「そうもいかない。こう見えてこの子の保護者なんでね。君たちのような悪い虫がつかないように見張ってないといけないんだ」


 そう言って俺は目を鋭く細めた。威嚇のつもりだったのだが、二人の男は一瞬ポカンとなった後でゲラゲラと笑いだした。何だ、こいつら。何がそんなに面白いっていうんだ。


「おい、聞いたか。たいした王子様の登場だぜ」

「あり得ねえだろ。保護者じゃなくて、てめえが保護される動物の間違いだろうが」

「ていうか何こいつ、喋るカバか、豚か。どう見ても珍獣だろ」

「違いない、ぎゃははははっ!!」


 うわあ、結構傷つくことを言うなあ。発言には傷ついたものの全然怖くない。これなら司馬さんの方が余程恐ろしい。そう思いながら俺は溜息をついた。その次の瞬間だった。ふいに俺の頬を何かがかすめた。何事かを見てみるとどうやら男の拳が俺の頬を撫でたようである。今、こいつ、何かしたのか。そよ風程度にしか感じなかったぞ。


「いいから失せろ」


 先ほどの様子とは一変して男が冷たい目をしながら言い放つ。白昼堂々よくやるよな。感心するわ。周囲の目もあるだろうに。そう思って周りを見渡すと見て見ぬふりをしているのがよく分かった。まあ、誰しも諍いには絡まれたくはないだろう。なるほど、ならこちらも誰に喧嘩を売ったのか教えてやることにしよう。


「クロックアップ!帝王(カイザー)晩餐(ビュッフェ)!!アイテムボックス!!」


 瞬間、周囲の動きがスローモーションになる。同時に俺の舌があり得ない速度で男の身体に巻き付いていく。舌は服の隙間から入り込んで男の身体を舐めまわす様に絡みついた後に容赦なく彼の衣服をはぎ取った。そしてアイテムボックスの中に次々と放り込んでいく。あっという間に靴と靴下以外は生まれたままの姿になった男は直立不動の状態でこちらに凄んでいた。凄んでいる割に息子さんはわりと小さいな。これなら俺のおっきくんの方が余程大物だぞ。それはさておき。

彼の姿は誰がどう見ても完全な変態になりました。ありがとうございます。

 クロックアップが解けた後で周囲は騒然となった。それはそうである。このような大通りで全裸になっているなど普通ならばあり得ない。頭がイってしまったか薬物中毒者にしか思われないはずである。男はしばし自分に何が起こったのか気づいていなかったが、自身の衣服がないことに気づくと絶句した。慌てて前を隠すものの全ては手遅れだ。


「うおおお!?お、覚えてやがれ!」


 そう言って男はエリマキトカゲのような姿勢で一物を隠しながら走り去っていった。慌てて男の仲間もその場から逃げていった。覚えていろと言われても困るよな。というか、あいつの服どうしよう。そう思っていると後ろから肩を叩かれた。

 誰かと思って振り返ると怖いくらいの笑顔の司馬さんがそこにいた。



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