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その後の気まずい雰囲気から逃げるようにして俺はゼロスペースへと引きこもった。よくよく考えればこの空間の中の時間は止まっているから戻ったとしても時間稼ぎにはならないんだよな。しかし、シェーラにとんでもないことをしてしまった。しょんぼりしていると珍しくインフィニティが謝ってきた。
『申し訳ありませんでした、マスター。今度はもっとうまくやります。』
そのうまくやるの意味が分からないのだが。こちらの了承なしにあのような魔改造はやめてもらいたい。こちらの人間性に関わるぞ。優しいシューラだからまだ許してもらえたものの司馬さんだったら確実にアウトだ。下手をしなくても笑いながら保健所に連れていかれる可能性は大である。
ため息をつきながらそのほかのスキルの説明を受けた。美食家というのは味覚分析と同じような味覚を鋭くするスキルらしいのだが、そこまで変態すぎるスキルではなく、隠し味や何の食材なのかを瞬時に判断するものらしい。精神力を削られ過ぎたので今度何かを食べに行ったときに使うことにしよう。オーバーリアクションは演劇スキルらしい。身振り手振りを大きくするときに+補正が入るらしいのだが、使う機会などあるのだろうか怪しいものである。
空間魔力制御やルーン魔術作成等の魔術関係のスキルもいくつか習得しているのだが、その中でも一つだけ異彩を放っているものを見つけた俺は目が点になった。
「このグングニル作成ってあのグングニルだよな。」
グングニルとは北欧神話の主神であるオーディンの持つ槍である。ユグドラシルと呼ばれる神の樹の枝を折って作られたというこの槍は投擲した的を決して外すことなく貫き、なおかつ自動的に戻ってくるという恐ろしい槍である。多くのRPGなどでもモチーフにされているこの槍はたいていが最強武器の一つとして存在している。RPG信者の俺としては特別な思い入れのある武器であった。強かったよな、グングニル。近接武器のくせして1グループに有効だったもんな。
『召喚してみますか。グングニル。』
「いいのか!やりたい、やってみたい!!」
インフィニティさんの提案に俺は一も二もなく承諾した。凄く期待できるぞ、この武器は。今度こそ俺を俺TUEEE存在にしてくれる気がする。
若干の緊張からか手先が震える。がらにもなく手汗を掻いているのが自覚できた。それでも俺は震える声で宣言した。
「『グングニル召喚っ!!』」
俺とインフィニティの声が重なる。同時に終末の鐘のような鐘の音がゼロスペース内に響き渡った。同時に雲一つなかったはずのゼロスペースの上空に渦を巻く黒雲が形成される。時折稲光を放つ黒雲は見るものに不安しか与えなかった。なんだろう。このデモンズスライムが襲来した時のようなデジャヴは。忌まわしい記憶しか出てこないぞ。そんなことを思う間もなく、黒雲の中心から一条の光が放たれた。光は一筋の柱のごとくゼロスペースへ容赦なく振り下ろされていく。その様は槍というより何かの兵器を思わせた。それが地上に着弾した瞬間に凄まじい衝撃と爆風が俺を襲った。とっさに身を守ろうとするより早く届いた爆風が俺の身体を宙に舞いあげる。上空に舞い上がる中で俺は思った。これあかんやつですよ。その後で地面に容赦なく叩きつけられた俺は苦しみもがいた後で意識を失った。
◆◇◆◇◆◇
どのくらい意識を失っていたのかは分からないが、朦朧とした意識が次第にはっきりしてきた後に俺は起き上がった。そして絶句した。湖くらいはあるのではないかというクレーターが目の前に出来上がっていたからだ。恐らくはグングニル召喚時にできたものだろう。それだけでも引いたのに、さらに追い打ちをかけるように俺をドン引きさせたのはグングニルの大きさだった。全長何十メートルあるのだろう。見上げるまでの長さであり、簡単に周囲を回れないほどの円周をしている。人間の筋力で持ち上げられるものでないのは明らかだった。
『使用するのに必要な筋力はおおよそ17000程度ですが、いかがしましょう。』
「…いかがも何もないだろう。」
町中で使用しなくて本当に良かった。俺はそう思いながらグングニルスキルを使用禁止スキルの棚の中に放り込んだ。




