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7-12(P75)

ゼロスペースから戻った俺はそのまま倒れこむようにして床にへたり込むと泥のように眠った。途中でシェーラが心配して起こそうとしていたが、疲れの方が優先して眠り込んでしまった。何時間ほど経っただろうか。異常なまでの喉の渇きを覚えて起き上がると毛布が掛けてあった。見かねたシェーラが体を冷やさないようにとかけてくれたようだ。時刻は夜中の二時ごろ。電気も消えて真っ暗だった。シェーラが就寝の時に電気を消してくれたのだろう。手探りで電気をつけた後に台所に行って水をがぶ飲みした。味覚は戻っていないのだが、それでもうまく感じるのは何故だろう。

喉の渇きをいやした後に冷蔵庫の中身を確認した。すぐに食べられるものは生野菜くらいしかない。いつもならそれでも美味しく感じるのだが、味がしないのでは全く嬉しくなかった。我ながら難儀な体になったものである。

まあ、空腹よりはましかと思いつつ、キャベツを軽く水洗いした後でそのまま貪った。傍から見たら動物園のカバか何かだろうな。できるだけもしゃもしゃ咀嚼することを意識しながら食べ終えたものの全く空腹感を満たせなかった。当たり前だ。草だけで力が出るものか。

ああ、肉食いたい。でも味がしない肉だと考えると気が失せた。肉汁の滴る肉をたっぷりのステーキソースをかけて貪りたい。にんにくはがっつりでお願いします。早く味覚が戻ってほしいものだ。そう思って虚ろな目でリビングにて佇んでいるとシェーラが眠そうな目をしながら起きてきた。カーディガンを羽織ったパジャマ姿が可愛らしい。


「ハル、起きてきたのですね。」

「ああ、ごめん。起こしちゃったのかな。」

「大丈夫ですよ。それよりハルこそ大丈夫ですか。アイテムボックスの中から出てきたらかなり疲労していましたが。気のせいか随分やつれた気がします。」

「あははは…色々あってね。」


シェーラは俺の姿を見て何かを思案し始めた。一体どうしたんだろう。俺がその様子を眺めているとシェーラは何かを決意したようだった。


「ハル。お腹は減ってますか。」

「ああ、うん。キャベツ食べたけどそれだけ足りなかったみたい。まあ、味覚がないから何食べても一緒なんだけどね。」

「じゃあ、私が何か作ります。」


そう言ったシェーラの表情は何か気迫のようなものが感じられた。お、おう。その気迫に圧倒されるように俺は気圧された。シェーラは満足そうに微笑んだ後に俺にリビングにいるように伝えると台所に向かっていった。

大丈夫かなあ。普段、包丁が危ないからという理由で料理担当はもっぱら俺の役割である。シェーラが料理をどれだけできるのか正直なところは分かっていない。まさかこのタイミングでメシマズを披露するなんてことだけは避けてほしい。ああ、そうか。味覚がないから不味いかも分からないか。自虐的なツッコミを自分に入れながらテレビをつけると深夜のショッピング番組がやっていた。あまり面白くもないのでチャンネルを変えると深夜アニメがやっていた。ぼうっとしながらそれを眺めていると台所の方からいい匂いがしてきた。この香りは一体なんだろう。

興味を持った俺が台所の方に目をやるとシェーラがやってきた。キッチンミトンを手にはめた状態でお盆に載せた小さめの土鍋を持って来ているのが分かった。おお、鍋料理か。鼻孔をくすぐる良い香りに俺の胃袋が思わずクウッと鳴った。

シェーラは俺に席に着くように告げた後にお盆に載った土鍋をテーブルの上に用意した鍋敷きの上に置いた。そして鍋の蓋を開けた。中から湧き上がる湯気の中から垣間見た鍋の中身を見て俺は感嘆の声を挙げた。


「おお、雑炊か。」


香りから察するに鳥雑炊だろう。溶き卵の火の通り具合が半熟とその境目の絶妙な火の通りになっている。薬味の刻み葱と刻みのりがなんとも嬉しいじゃないか。

しかしここで疑問が残った。なぜシェーラが日本風の雑炊を知っているのか。そのことを尋ねるとシェーラは照れくさそうに笑った。


「実は壱美に教えてもらいました。ハルの味覚がなくなったって話したら心配して手伝ってくれたんです。どうせなら食べ慣れた日本風の味付けの方がいいだろうって。彼女に会ったらお礼を言ってあげてください。きっと喜びますから。」


そういうことか。俺はワンコさんに心の中で感謝しながらシェーラの正直さに感嘆した。黙って自分の手柄にすればいいはずなのに損な性分をしているな。


「本当にありがとうな。シェーラ。」


素直な感謝の言葉を俺が口にすると彼女は顔を真っ赤にさせた。お礼を言っただけなのに可愛いな。何だか俺まで照れくさくなってしまう。お互いに気まずい沈黙が続いた後にシェーラは何かに気づいた。


「大変、冷めてしまいますよ。早く召し上がれ。」

「おお、そうだな。いただきます。」


俺はそう告げて手を合わせた後に器によそってくれた鳥雑炊をレンゲで持ち上げると口に入れた。最初は予想通りに何も味がしないと思われた。だが、数度噛んでいくと俺の舌に不思議な変化を感じた。かすかだが、これは鳥の旨みだ。ほんのり甘い昆布ダシと共に鳥肉のほのかな風味が舌の上を転がる。

うまい。味がするってこんなに素晴らしいことなんだ。感動のあまりに目に涙が浮かんできた。美味しい。本当に美味しい。

俺の異変に気付いたインフィニティが驚きの声をあげる。


『これは…!?ハルを想う彼女の想いが克服経験値を凌駕したというのですか!!それだけではない、これはワンコの想いまで…理解不能…理解不能…理解不能…』


若干壊れ気味になっているインフィニティを放って俺はシェーラにお代わりを頼んだ。彼女は俺の言葉に本当に嬉しそうに微笑んだ。




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