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1-7(P7)

 泣き崩れる彼女を眺めながら俺は思った。この子は俺に巻き込まれただけの被害者だ。確かに見た目は丸くて大柄に見えるかもしれないが、肩を震わせて泣く姿はただの女の子でしかない。

 これまでも心無い罵声に傷ついてきたのだろう。だが、彼女はその身を挺して俺を庇おうとしてくれたし、俺が瀕死の重傷を負っていた時も自らの身を顧みずに俺に治癒の魔法を使ってくれた。優しい心の持ち主なのだ。そんな彼女を外に放り出すほど俺は冷たくなれなかった。

 

 せめて彼女が元の世界に戻れる日まで力を貸してあげよう。俺は自らにそう言い聞かせた。

 

 俺は泣きじゃくる彼女の肩にそっと手を寄せた。ピクリと肩を震わせた彼女が涙で潤んだ瞳でこちらをじっと見てくる。これから言おうとする台詞の気恥ずかしさに思わず顔が赤くなりながらも俺は彼女に告げた。


「安心して。今は無理だけど君が元の世界に戻れるように力になるから」


 そう俺が言った瞬間に彼女は感極まったのか俺に抱きついてきた。柔らかい感触と甘い香りが鼻孔をくすぐる。脂肪に覆われた体というのも悪くないんだな。そんな不謹慎な考えが頭の片隅にちらついたのを慌てて振り払う。彼女は俺の首筋にぎゅっとしがみついた後にしゃくりあげながら言った。


「…ありがとう…ハル、ありがとう」


 繰り返す彼女の言葉に心の底が温かくなっていく気がした。必ず君を元の世界に戻す。俺は心の中でそう決意した後に彼女を優しく抱きしめ返した。




                  ◆◇◆◇◆◇      




 次の日。俺はシェーラの体調が回復するのを待ってから状況を整理することにした。ここが異世界ディーファスではない地球という星だということ。地球では魔法というものが存在しないこと。勇者として召喚された俺が太りすぎという理由で強制送還されたこと。そこまで話した段階でシェーラは俺に疑問を投げかけた。


「あの、ハルはどうして太りすぎで強制送還されたことが分かったのですか」

「ああ、それは鑑定スキル:∞、いや、インフィニティに教えてもらったんだ」

「か、鑑定スキルを持っているんですかっ!」


 いきなり大声をあげたシェーラに俺は目を丸くした。自分の興奮した様子が他人の目にどう映ったのか自覚したのだろう。気を取り直すために咳払いした後にシェーラは俺に説明をしてくれた。


「鑑定スキルというのは万物を識別鑑定できる特別な能力です。レアスキルに分類されます。ディーファスでも所有しているのは稀なのですよ」


 シェーラにはそう言われたが、脳内にいるインフィニティさんがそんなに凄い存在なのかなあと疑問を覚えた。


『…今後一切鑑定を行わずに沈黙しましょうか』


 事務的な口調だが、どこか冷たいインフィニティの言葉に俺は慌てて謝罪した。脳内にため息をつく声が響くのが聞こえた俺はなにゆえAIのご機嫌取りをせねばならんのかとため息をついた。ついでに頭の片隅によぎった疑問を口にする。


「インフィニティが凄いのは分かったんだけどさ、このステータス表示も凄いよね。ディーファスの人間はこれを使ってステータスを確認するものなのか」

「ステータスも確認できるんですか」


当たり前に思っていたことがまたしても当たり前でなかったようである。シェーラの様子に引きつった笑みを浮かべながら俺は尋ねた。


「ステータス確認もひょっとして特別な能力なのかな」

「普通の人間にはできませんよ。ステータスを確認できるのは勇者や特権階級といった一部の人間だけです。魔法で習得することもできますが、お城が建つくらいの費用が掛かると言います」

「げげ、マジかよ…」


 どうやら俺のステータス確認スキルというのはブルジョア御用達のものであるらしい。シェーラも自分のステータスが見れないということだったのでまずは彼女のステータスを紙に書いて見せてあげることにした。




シェーラ・シュタリオン

年齢:16

Lv.8

種族:人間

職業:王女

体力:34/34 魔力:62/120 筋力:21 耐久:16 器用:23 敏捷:14 智慧:51 精神:60

ユニークスキル【肥満の呪い】

スキル【治癒魔法LV5】肥満体質【70/48】攻撃魔法の才能の欠如【64960/65000】

【所有魔法】中治癒魔法 自然治癒促進(小)毒素浄化 速度強化 魔法防御壁



 日本語表記で分かるのかなと途中で気づいたが、よくよく見ると見慣れない言語で書いていた。それなのに読める。鑑定:∞スキルのおかげで無意識のうちにディーファスの言葉で記入していたようだ。彼女は初めて見る自分のステータスをまじまじと見た。その後に何かに気づいて慌ててそれを覆い隠した。それを見た俺がどうしたのか尋ねると彼女は耳まで顔を真っ赤にさせたまま抗議した。


「なんで肥満体質【70/48】なんて表記がされているんですかっ!!」

「いや、なんでかは分からないけど。この数字ってなんなの」

「……おそらくは私の現在の体重と理想体重です」


 しょんぼりしながらそう答えるシェーラに俺は合点がいった。なるほど、あれが現在の体重と理想体重なのか。ということは俺の肥満体質【126/58】を参考にすると残り68kg痩せないと元の世界に戻れないという算段になる。先は長そうだ。

 書き出していてもう一つ気になったことがある。攻撃魔法の才能の欠如【64960/65000】と書かれた謎の数字である。シェーラに聞いてみたところ、彼女もこの数字には覚えがないのか首を傾げた。


「確かに私は攻撃魔法が使えません。魔法学校で努力はしたのですが実ることはありませんでした。仕方がなかったので才能のある治癒術に専念していたのです」

「そうなのか、でも気になるよね。この【64960/65000】って数字。あと40稼ぐことができたら何かできるようになるんじゃないのか」

「まさかぁ」

「蓄積された数字には覚えはないの」

「攻撃魔法の詠唱や魔法を放つイメージの練習だけは数万回行った気がします。才能がないと馬鹿にされて悔しかったですから」


 そこまで聞いた俺はある仮説を立てた。シェーラが今まで行った努力が全く無駄ではなくて蓄積された経験値だったとすれば残り40を稼いだ段階で何かが起きる可能性がある。そう思った俺は仮説を実証させてみることにした。


「シェーラ、試しに一回魔法を放つイメージの練習をしてもらえないかな」


 シェーラは俺の言葉に戸惑いながらも頷いて目を閉じて精神集中を始めた。空気が張り詰める異様な感覚が部屋中に充満する。シェーラの口元を見ていると何やら呪文の詠唱を行っているようであった。シェーラが詠唱を終えた後に空気が一瞬張り詰めて何かが生まれようとした後に霧散した。


「…やっぱり駄目でした」


 シェーラは落胆していたが俺の目にはステータスの変化がはっきりと映っていた。魔力:62/120から 魔力:61/120に変化していたのである。魔力消費をしている。さらに【64960/65000】の数値が【64962/65000】に増えていた。俺はそこで仮説が正しいことを確信した。


「シェーラ、今の練習をもう一度やろう」

「ええ?いくらやっても無駄ですよ」


 そう反論するシェーラに数字の変化を説明すると彼女は渋々俺の言うことに従ってくれた。そこから暫くはシェーラの謎の詠唱ショーが続いた。詠唱を終えるたびに彼女の魔力が減り、代わりに経験値が溜まっていく。俺の言ったことを疑わずに懸命に付き合ってくれているシェーラは本当に性格のよい子なのだなと思えた。攻撃魔法が使えなかったことで口惜しい思いをしてきたに違いない。


 これまでに彼女がしてきた努力を実らせてあげたい。俺は心からそう思った。

 

 最初から数えて20回目の詠唱の後に変化が起き始めた。シェーラの掌からメラメラと燃える炎が生まれ始めたのだ。彼女は自分が生み出した炎に戸惑っている様子だった。不安そうに俺の方を見る。同時に俺の脳内では豪華なファンファーレ音と共にインフィニティさんのアナウンスが始まっていた。


『経験値の蓄積により【攻撃魔法の才能の欠如】スキルは限界突破しました。マイナススキルの克服により【攻撃魔法の才能の欠如】は消失。【火炎魔法】スキルの封印を解除。新たに【無詠唱】【精霊王の加護】【努力家】【魔力集中】を習得しました』


 予想以上の盛りだくさんの収穫にびっくりだ。マイナススキルの克服ってなんなんだ。こんなに恩恵のあるものなのか。驚いている俺の前でシェーラは涙目になっていた。どうやら攻撃魔法が使えたことが嬉しいのだろう。なんだか俺も嬉しくなって頷いていると彼女は首を横に振った後に叫んだ。


「ハル!このままではまずいです!!」

「何がまずいっていうんだ」

「この状態で魔法を維持できないんです。どこかに飛ばさないと…耐え、きれない」


 どこかへ飛ぼうとしている火球を彼女は必死に飛ばさないように耐えているようだった。このままでは部屋が爆発炎上する。俺は慌てて立ち上がってカーテンを開けると同時にベランダへ通じる窓を全開にした。そしてシェーラに向けて叫んだ。


「あの空に向かって放つんだっ!!」


 俺の言葉に頷いて慌てて立ち上がったシェーラはベランダまで走り寄ると斜め上に掌を構えて空に向けて火炎魔法を放った。凄まじい勢いで飛んでいった火炎魔法はある一定まで飛んでいくと花火のように爆散した。


ドゴオオオオオオオンッ!!!


 大地を揺るがすような轟音に二人は茫然となった。もしアパートの壁に当たっていたかもしれないと思うとゾッとする。ボヤ騒ぎどころでなく全焼騒ぎだ。大事に至らなかったことに二人して本当によかったと胸を撫でおろした。


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