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見舞いにやってきてくれた司馬さんに相談があることを伝えると、場所を変えようと俺を屋上に連れて行ってくれた。金網フェンス越しに外の景色を眺めた後に司馬さんは俺に告げた。
「…まずはワンコの事の礼を言わんといかんな。今回は本当に助かった。お前がいなければワンコは立ち直れなかっただろう。」
「そのワンコさんの事で相談があるんですが…」
「ああ?どういうことだ。」
俺は司馬さんに事の顛末を説明した。最初はポカンとした顔をして俺の顔を見ていた司馬さんだったが、話が進むと共に中年特有のにやけた笑みを浮かべながら口元を抑えていた。完全に目元が笑っている。相談した人を間違えただろうか。
「おま…うちの部署でも堅物で有名なんだぞ、あいつは。本当に予想を裏切るのが好きな奴だな。そんなに俺を驚かせることが楽しいのか。」
「嫌だなあ、趣味でやっているわけじゃありませんよ。でもワンコさんも酷いですよ。こんなモテない男をからかうなんて。本気にしたらどうするんですか。」
そう言った瞬間に司馬さんは俺の発言に解せぬといった表情を浮かべた。何だろう、何かおかしなことでも言っただろうか。司馬さんは困惑しながらも入れに問いただした。
「晴彦。お前、それは本気で言ってるのか。」
「ええ、そりゃそうですよ。俺みたいな豚男にあの人が惚れるわけないんですから。」
「色々とこじらせてるんだな、お前も。」
司馬さんはなんだか可哀そうなものを見るように俺を見た。そんな司馬さんの視線の方が俺には分からない。司馬さんは埒が明かないと思ったのか、こう尋ねてきた。
「で、結局のところ、お前はどうしたいんだ。」
「からかっているなら目を覚ましてあげたいですし、もし万が一のことがあれば気の迷いだと教えてあげたいです。俺はそんな立派な人間じゃないと。」
「本当にそれでいいのか。」
司馬さんの問いに俺は力強く頷いた。司馬さんはそんな俺に対して頭をぼりぼりと掻いた後に教えてくれた。
「分かった。とっておきの台詞を教えてやる。これを言えばどんな悪女も目を覚ましてくれるとっておきだ。だが、お前にその勇気と覚悟があるかな。」
「デモンズスライムにも屈しなかった男ですよ、俺は。なんでも言ってください。」
俺の覚悟に何か感じ入るものがあったのだろう。司馬さんは身振り手振りを入れて秘策について語ってくれた。凄まじく勇気のいるセリフだと思ったが、俺は敢えてそれに挑戦することにした。
◆◇◆◇◆◇
病室に戻るとシェーラとワンコさんが一緒に過ごしていた。珍しいこともあるものだ。そう思いながらも俺は司馬さんから与えられた秘策を試すことにした。
「ワンコさん、シェーラ。実は俺は黙っていたことがあるんだ。」
「え?ハル、急にどうしたんですか。」
「ハル君、なんだか思いつめた表情をしているね。」
俺の言葉にワンコさんとシェーラが首を傾げる。いいぞ。まずは話を聞いてくれる雰囲気を作ることができた。だが、ここから先を言うのはすごく恥ずかしい。だが、俺は敢えて心を鬼にして二人の前で告げた。
「実は俺は異常性欲者なんだ。二人の事を思うともう辛抱堪らなくていられない!俺のことを思うなら頼むから豚と罵った挙句に踏んでくれないか!」
『………。』
インフィニテイはあきれ返っていたが、構うことなく俺はその場に土下座した。顔から火が出そうだった。だが、効果は抜群のようだ。二人の美少女は俺の発言に呆気にとられたのか声すら発していない。呆れ返ったのかもしれない。だが、それでいい。二人が訳の分からない感情に振り回されて険悪になるより、俺がピエロになることで人間関係を円満にする。完璧な作戦だ。そう思って俺が土下座をしているとワンコさんが俺の肩に手を触れた。多分怒ってますよね。恐る恐る顔を上げるとワンコさんは潤んだ瞳でこちらを見ていた。何だかその唇が艶めかしいのは俺の気のせいか。
「まさか君がそんな積極的だとは思わなかった。私もそういった経験は疎いから優しく指南してもらえると嬉しいよ。ハル君。」
「え?」
おかしい、おかしいよ、これ!!どうなってんの、司馬さん!
予想外のリアクションに怯える俺にシェーラが声をかけてきた。
「私、ハルが何をしたいのか分からないけど頑張ります。…で、その、なんと罵ればいいんでしたっけ。」
うおっ!自分の発言がそのまま呪詛返しになるとは。恥ずかしい。本当に恥ずかしい。恥ずかしすぎて俺はこの場にいられない。畜生、畜生、自分の発言が恥ずかしくて仕方ない。
いたたまれなくなった俺は泣きながら病室から走り去っていった。