7-4(P67)
その日の深夜、俺はワンコさんの病室に忍び込んだ。なるべく音を立てないように引き戸を開けて中に入るとどうやら眠っているようだった。無理もない。おそらくは日中の精神的な疲れもあったのだろう。
俺は計画を実施するためにインフィニティに命じて彼女のステータス表示を行った。
剣崎壱美
年齢:24
Lv.28
種族:人間
職業:侍
称号:境界渡り
孤狼族のクォーター
体力:244/244
魔力:58
筋力:245(644)
耐久:166(321)
器用:280
敏捷:285
智慧:120
精神:144
ユニークスキル
〈弐回攻撃〉
〈固有武装召喚〉
〈クリティカルヒット〉
〈先読み〉
マイナススキル
両手の欠損【呪】(100/120000)
顔の損傷【呪】(100/60000)
予想通り、彼女のステータス画面にはマイナススキルとその克服経験値が書かれていた。100だけ経験値が蓄積されているのはおそらくエリクサーか何かを使用したものと思われる。効果がないと見て諦めたのだろう。だが、俺の目にははっきりとあとどのくらい経験値を稼げばいいかがはっきりと見えている。
仮説を実証するために俺は寝ているワンコさんの腕にエリクサーをこっそりとつけてみた。眠っているせいか身悶えたが起きる気配はない。ステータス画面を確認してみる。
両手の欠損【呪】(200/120000)
顔の損傷【呪】(200/60000)
よし!仮説は実証された。というか手だけじゃなくて一緒に顔にも効果があるのか。エリクサーが一本で経験値を100稼げるとすればあと1200本近くあれば大丈夫だという事になる。では俺のアイテムボックスの中にはどのくらいのエリクサーが眠っているのだろう。インフィニティに命じてアイテムボックスのエリクサーの数を確認してみると16本のエリクサーが眠っていることが分かった。
残り1182本は量産する必要がある。入れ物もいるよな。俺はそう思いながら自らの身体にカーソルを合わせるとアイテムボックスの中の虚空空間ゼロスペースの中に入っていった。
◆◇◆◇◆◇
ゼロスペースに入るなり、俺は胡坐をかいて座るとエリクサーの制作過程に移ることにした。だが、ここで予想外のアクシデントに見舞われた。魔力を全く自身の身体で精製できないのだ。いつもであれば体内に循環する魔力の流れを感じて操ることができるはずなのに今日に限っては何をやってもその感覚が掴めない。なにこれ、怖い。冷や汗が流れるのを感じた。俺の取り乱す様子を見るに見かねたインフィニティさんが口を挟む。
『オーバードライブの後遺症です。マスターの魔力回路が焼き切れているために自力で魔力を精製することができません。私のサポートがあれば錬金を行うことは可能ですが、錬金を行いますか。』
「…あ、ああ、頼む。」
インフィニティさんにそう返答しながらも気が気ではいられなかった。魔力が精製できない?それはこれからの戦いに致命的な弱点になるのではないだろうか。憂鬱な気持ちになりかけたが、気持ちを切り替えることにした。まずはワンコさんを助けることが先決だ。その気持ちを組み上げるような形でインフィニティは俺の体内から魔力を吸い上げる。なんとも言えない疲労、恐らくはこれが魔力の消費なのだろう。自分で加減ができないことがかなり怖いのだが、そんな俺の気持ちを知ってか知らずかインフィニティは俺の身体の魔力が空っぽになるまで容赦なく吸い上げた。疲労で俺の意識が遠のくのと同時に側でエリクサーが一本生成される。
次の瞬間、電撃が体を走った。一瞬で目が覚めたが電圧がきつすぎる。文句を言おうかとも思ったが、ここでへそを曲げられるとエリクサー生成を手伝ってもらえなくなる。暫く思案した後で我慢することにした。だが、その間もインフィニティさんは事務的に俺の身体の魔力を吸い上げた。
吸い上げる。作成する。気絶する。起こす。その単純ともいえる悪夢のサイクルを淡々と繰り返し続けるインフィニティさんに俺は恐怖すら覚えながら身を任せた。最後の方にはエリクサーを四本生成しても気絶しない状態になった俺の魔力は自重しなさいと人から言われるくらいまで跳ね上がっていた。
藤堂晴彦
年齢:32
Lv. 4(レベルアップ待ち)
種族:人間(?)
職業:魔王候補生
恐怖を知る豚
優しさを知る豚
異界の姫の豚騎士
称号:電撃豚王
公園の怪人『豚男』
強制送還者
体力:186/186
魔力1270/1270➡4819/4819
筋力: 176 耐久: 184(304) 器用: 155 敏捷: 211 智慧: 56 精神: 165魔法耐性: 227
ユニークスキル
〈ステータス確認〉
〈瞬眠〉
〈鑑定〉Lv.∞
〈アイテムボックス〉Lv.0
スキル
名状しがたい罵声
金切声
肥満体質【97/58】
全魔法の才能
運動神経の欠落【48070/65000】
人に嫌われる才能【106320/120000】
アダルトサイト探知 Lv.10
【無詠唱】【精霊王の加護】【努力家】【魔力集中】【魔力限界突破】【限界突破】【インフィニティ魔法作成】【電撃耐性(大)】【神速】【二回行動】【思考加速】【地形効果無視】【オーバードライブ】
【クロックアップ】【孤狼流剣術:初級】
‹インフィニティ魔法›
魔法障壁:絶
Dボム作成
回復薬【最上質】作成
マイナススキル
味覚喪失(0/120000)
魔力回路喪失(0/180000)
◆◇◆◇◆◇
次の日の早朝。病室で目覚めたワンコは異変に気付いて飛び起きた。どういうことだ。なくなっていた両手が生えている。驚いて両手を握ったり開けたりしながら感覚を確認する。ある。諦めたはずの自分の手が元に戻っている。その現実を認識した時、彼女は思わず泣きそうになった。夢ではない。これは間違いなく現実だ。
涙で滲みそうになった視界を服の袖で拭った後に彼女は何者かの存在に気づいた。そこにいたのは晴彦だった。疲労困憊の様子でうつ伏せになったまま、ベッドのシーツに寄りかかるようにして眠っている。彼の足元には空になったペットボトルがいくつも散乱していた。おそらくは彼が何かをしてくれたのだろう。垂れた前髪をかき上げた時にワンコは顔に違和感を覚えた。昨日まで堪えていた片目の痛みがないのだ。まさかと思って恐る恐る包帯を取ってみると傷一つなかった。それが分かった瞬間にワンコは今度こそ泣き崩れてしまった。
「…ワンコさん…むにゃ、よかった……ぐーがー」
号泣したせいで赤くなった目から流れる涙を拭いながらワンコは目の前の太った男が自分のために夜通し治療を行ったのであろうことを悟った。
「全く君というやつは…。格好をつけすぎだ。こんなことをされたら…好きになってしまうだろうが」
ワンコは涙ぐんだ瞳で目から溜まる涙を拭いながら晴彦を見た。ワンコの様子にまるで気づかない幸せな豚男は幸せな夢を見て安らかな笑みを浮かべながら眠り続けた。




