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7-2(P65)

 駆け付けた看護婦さんたちからこってり絞られた後に俺は自分が置かれた状況を理解した。どうやらあの戦いの後に一週間意識不明の重体だったらしい。自分でも驚きだが、医者がいうにはこうして意識を取り戻すこと自体が奇跡に近いということだった。そう言われてはじめて俺は自分のしたことの危険性を理解して恐怖した。幾ら人を守るためと言っても無茶をし過ぎたものである。

 俺が意識を取り戻したことを知って最初に駆け付けてくれたのはシェーラだった。俺が意識を取り戻したことを知るや否や、病室に飛び込んできた彼女は俺の胸に飛び込んできていた。役得だと思ったのも一瞬でその後に大泣きされてしまった。落ち着かせるまでが大変だった。というか泣きじゃくる女の子を宥める経験なんて今までの人生でしたことがない。経験値不足だ。

 泣き止んだ後に目を真っ赤にしたシェーラと話すうちに気づいたことは彼女がやつれたように思えたことだった。妙だと思った俺は理由を彼女から聞いて仰天した。なんでも俺が起きるまで心配のあまりに食事が喉を通らなかったそうで、医者にもこのままでは死ぬから食べなさいと言われて怒られていたらしい。当然だ、俺も医者と同じように怒った。このまま俺が起きなかったら餓死していたかもしれないと考えるとゾッとした。何のために命を懸けたのか分からないではないか。そう言うとシェーラは泣き笑いを浮かべた。


「食べます。ハルが元気になったんだから一緒に食べます」


 そう言って目から大粒の涙を浮かべるものだから再び泣き出さないように慌てて宥める羽目になった。

そしてシェーラと一緒に食事を取ることになったのだが、そこで違和感を覚えた。食事の味がしないのだ。最初は病院食だから薄味なのかな、そう思った。だが、どれを食べても味がしない。おひたしを食べようが、肉団子らしきものを食べようが、なんだかもさもさする感触がするだけで何も味を感じることができないのだ。

 怖くなった俺は途中で箸を置いた。そんな俺の様子を不審に思ったシェーラが声をかけてくる。


「ハル、どうかしたんですか。」


 味がしないとは答えられない。俺は曖昧な笑顔を浮かべながらシェーラに心配をかけないように無理やり病院食を詰め込んだ。味がしない食事というのは拷問そのものだった。食事が終わった瞬間、凄く気分が悪くなって俺はトイレに行った。そして個室トイレで先ほど食べたものを全て戻した。胃液の味さえしない。一体自分に何が起きているのか。インフィニティに尋ねてみた。だが、俺の万能スキルは何も答えなかった。今までそんなことはなかっただけに俺は冷水を被せられたようなショックを受けた。そして自身の身体に何らかの異常が起きていることを悟ったのだった。




                    ◆◇◆◇◆◇         




 気が滅入るのは何も俺自身の問題だけではなかった。それはワンコさんの事である。意識を取り戻した後に俺が一番気にしたのはワンコさんの生死を確認した。担当らしき医師は生きていることは明確に話すものの面会に関しては頑なに承諾しなかった。もやもやする日々が数日過ぎた後に俺の病室に司馬さんがひょっこりやってきた。


「よう、晴彦。意識を取り戻したって本当だったんだな。」

「司馬さん!よかった、無事だったんですね。」

「ああ。でも悪かったな。事件の事後処理に追われてなかなかお前たちの見舞いに来れなかった。許してくれ。」

「いいんですよ。お互いに無事であれば。でもワンコさんが…」

「…ああ、それなんだがな。ようやくワンコもお前に会う決心がついたそうだ。これから見舞いに行くがお前もついてくるか。」


 司馬さんの意外な提案に俺は一も二もなく頷いた。司馬さんはそんな俺の表情に苦笑いした後に少しだけ暗い表情になった。だけど能天気な俺はワンコさんに会えることが嬉しくて気づくことができなかった。





                ◆◇◆◇◆◇      




「ワンコー、晴彦を連れてきたぞ。」


 そう言って部屋に入った司馬さんに続いて個室病室に入った俺は絶句した。ワンコさんの顔半分に痛ましい包帯が巻かれていたからだ。彼女は俺の姿を見るなり、ぎこちない表情の笑みを浮かべた。


「ああ、君か。無事で何よりだ」

「ワンコさん…その包帯…」

「ああ、これか。先生も手を尽くしたのだが、どうしても傷が残るそうだ。今は傷口が膿んでいるせいでこのように包帯を巻いている」

「そんな…エリクサーとかで治らないんですか」


 俺が疑問を口にするとワンコさんは力なく首を横に振った。どうしてだ。俺が困惑していると司馬さんが補足してきた。


「あのスライムの最後の溶解液な。呪詛に近いものがあったらしい。要は呪われた状態だ。例えエリクサーを使っても呪詛が邪魔して傷を癒せないんだよ」


 馬鹿言うなよ。顔は女の命っていうじゃないか。ワンコさんは黙ってればあんなに奇麗なのに顔の半分をこれから包帯で隠して暮らしていかないといけないというのか。そんなの可哀そうじゃないか。


「僕のエリクサーなら何とかなるかもしれません」

「いや、だからな。落ち着け、晴彦」


 何とかワンコさんを治そうと俺は詰め寄った。司馬さんの制止を振り切ろうとしてもみ合った瞬間に俺はワンコさんの手の上に置かれていたタオルを払いのけてしまった。そして絶句した。


 包帯で巻かれたワンコさんの手首から先がなかったからだ。


 凝視してはならないはずなのに俺はそこから目が離せなくなった。ワンコさんは目に涙を浮かべながら必死でタオルを掴もうとした。だが、手がない以上うまく掴めない。慌てて司馬さんがタオルを掴むとそれを覆い隠した。


「晴彦、見るな、これは違うんだ。」


「あああああああ、

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――っ!!!!」


 珍しく動揺する俺に司馬さんの声はすでに届いていなかった。声にならない絶叫。それが自分の喉から出ていることに気づくのにさほど時間はかからなかった。



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