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6-9(P61)

ワンコさんと打ち合わせた俺は二手に分かれてデモンズスライムに対峙することにした。ワンコさんは正面から。そして俺は背後からだ。奴の目がどのようなものかは分からない。ワンコさんが奴の注意を引いている間に俺はあらかじめの打ち合わせ通りに準備を開始した。


「インフィニティ。鑑定スキル:∞をスライムの周囲に使用しろ。」


俺の指示にインフィニティが同意する。同時に周囲の風景が平和だった頃の街のものに切り替わる。町中を歩く人々の幻影を見たスライムの動きが変わる。どうやらうまくいったようだ。奴は動いている幻影に狙いを定めて、その巨躯で街を押し潰し始めた。幻影ゆえに潰されることはない。モグラ叩きでもしているかのように何度も幻影に攻撃を加えるスライムの様子はどこか滑稽に見えた。

狙い通りに注意を引くことができた俺は続けてホルスターから銃を取り出すとスライムに向けて構えた後に躊躇うことなく引き金を引いた。銃口から放たれた薄緑色の光は回復効果のある治癒術と同じものだ。

そう、スライムに撃ち出されたのは実は攻撃のための魔力ではない。攻撃を加えれば奴の魔法防御は抵抗をするはずである。それではそもそも攻撃が通らない。ならば抵抗を行わない魔法を使ってやればよいのだ。それこそが回復魔法だった。

俺の予測が正しければ奴は抵抗することなく回復魔法を受け入れるはずである。スライムは自らの身体を覆った薄緑の光に困惑したようだったが、それが無害なことが分かると体内に受け入れ始めた。よし、狙い通りだ。

俺は片方の手に持った銃で回復魔法を放ちながらも、もう一つの手で術式を練り始めた。それは今回の切り札となる魔力吸収魔法だ。インフィニティ魔法によって新たに生成された新魔法を俺は呪唱銃の中に組み入れた。回復魔法と魔力吸収魔法、二つの異なる術式が呪唱銃の中に組み上がる。先に回復魔法を使ったことには理由があった。奴に違和感を持たせずに魔力回路のバイパスを繋げるためだ。一度繫がった経路は魔法を中断しない限り、奴の魔力を吸い上げていく。だが、計算外もあった。途中で異変に気付いたデモンズスライムが魔力経路を利用して俺の身体の魔力を逆に吸い上げ始めたのだ。冗談ではない。そんなことができるとは聞いてないぞ。

思った以上の勢いで俺の体内の魔力が吸い上げられていく。百や二百の騒ぎじゃないぞ。不味い、このままではやられる。そう思って焦る俺に追い討ちをかけるようにデモンズスライムは自らの身体を使用した砲弾を撃ち放った。無防備になった俺にゼラチン質の砲弾が迫る。それに立ち塞がったのはワンコさんだった。


「させるか、吠えろ、剣狼!虎狼!」


ワンコさんが放った斬撃はそのまま巨大な真空破となって砲弾を切り裂いていく。だが、完全には防ぎきれずに爆ぜた砲弾から浴びせられる溶解液がワンコさんの身体に容赦なくかかる。ワンコさんが苦悶の悲鳴をあげる。まずい、このまま、あの攻撃が続いたらワンコさんの身体が持たない。俺が気を取られそうになるのをワンコさんは苦悶の表情を浮かべたまま、振り返ると厳しく戒める。


「…私のことは気にするな。君は己の為すべきことをやればいい。」

「…でも!」

「君はっ!勇者なのだろう!!私は君を信じた。だから君も私を信じろ!」


分かったよ、ワンコさん。俺はワンコさんを傷つけたデモンズスライムに対する怒りを胸の内に宿しながら静かに奴を見た。やってやる。貴様の思い通りのシナリオを破綻させてやる。俺は静かにインフィニティに命令した。


「インフィニティ。オーバードライブを使うぞ。」

『承認できません。今のマスターの身体では負荷に耐え切れずに再起不能になる恐れも…』

「ここで死んだら再起不能も関係ないだろう。」


インフィニティはそれでも躊躇った様子を見せた。理由ははっきりしている。俺がこれから使おうとしているオーバードライブは使用者の限界を越えた能力を発揮する代わりに使用者の身体と精神を破壊するほどの負荷を体に強いるのだ。かつてゼロスペースで試した時に数日間起きれなくなってからはインフィニティによって禁止されたスキルである。だが、躊躇ってはいられない。俺がここで一秒でも躊躇うことでワンコさんはそれだけ死の危険に晒されることになるのだ。


「インフィニティッ!」


俺に再三の催促をされてインフィニティはついに折れた。同時に俺の心の中で必ず帰ってきてくださいという言葉が投げかけられる。当たり前だ。俺を誰だと思っている。異世界に飛ばされても強制送還された男だぞ。異世界の物語が始まってさえいないというのに絶対に死んでたまるか。俺は体の中に暴れ狂う凄まじい力の暴流を解放した。


『「オーバードライブ!!」』


インフィニティと俺の声が重なる。同時にデモンズスライムから吸い上げる魔力が凄まじい勢いで跳ね上がる。同時に俺の身体が悲鳴をあげる。立っていられないほどの激痛が俺の身体中に走り回る。まるで体の中に悶える龍でも飼っているかという暴れ具合だ。このままでは意識が遠のく恐れがある。デモンズスライムもそれに気づいたのだろう。奴はこれまでにない勢いで砲弾を飛ばし始めた。ワンコさんの斬撃も追いつかない勢いだった。彼女は獅子奮迅の勢いでそれを切った。斬って斬って斬りまくった。それでも追いつかずに打ち漏らした砲弾が俺に迫る。思わず俺は目を逸らした。だが、痛みはやってこなかった。まさかと思い、目を開けた瞬間に絶句した。ワンコさんがその身を盾にして溶解液を腕で受け止めていたのだ。ワンコさんの腕が溶解液によって容赦なく溶けていく。それでも彼女は俺を信じて微笑んでくれた。死なせない。この人を俺は死なせないっ!!

瞬間、俺は自身の身体の事など全て忘れてフルパワーでオーバードライブを解放した。あまりの過負荷から全身から白い煙が吹き上がる。脳が焼き切れそうだった。凄まじい勢いでスライムの残存魔力が吸い上げられていく。やがてそれがゼロになったのを確認した瞬間、俺の口と鼻から吐血してはならない量の血があふれ出した。次の瞬間、スライムの身体が大きく爆ぜた。眼前に広がる巨大な光と風を受けながら俺は意識を失った。


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