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「…うわああああん、無理だよう。全然考え付かねえよう。」
スライムからかなり離れたビルの陰で身を隠しながら俺は頭を抱えていた。舌の根も乾かないとはこのことだ。泣き言を言っても始まらないのは分かる。だが、奴のステータスを見てしまっては打開策など見つかるわけがなかった。困った。わりと詰んでるぞ、この状況は。
「先程と同一人物とは思えんな。」
沈痛な表情で眉間のしわを指でつまみながらワンコさんが言った。司馬さんもこないだ同じポーズをしていたなあ。WMDに共通するポーズなのだろうか、あれは。
『そんなわけないでしょう、心底呆れているだけですよ。』
うう、分かっているわい。スキルにまで呆れられるというのはスキルホルダーとしてどうなんだろうか。我ながら混乱している。とりあえず落ち着くためにも状況を整理することにした。俺はインフィニティに命じてデモンズスライムのデータをワンコさんにも分かるようにして表示してもらった。
デモンズスライム(第二形態)
齢:???
Lv.???
種族:魔神獣
称号:すべてを喰らうもの
体力: ∞/∞
魔力729/729
筋力:821
耐久:2556
器用:81
敏捷:56
智慧:0
精神:200
魔法耐性:2180
ユニークスキル
〈暴飲暴食〉
〈自己再生〉
〈破裂〉
〈分身〉
〈物理吸収〉
〈擬装〉
スキル
捕食
吸収
倍返し
粘液
「見れば見るほどお手上げなデータだな。」
ワンコさんの声には若干の疲れが混じっていた。体力∞で耐久力、魔法耐性も凄まじく高い。極めつけは先ほど見せた物理吸収と倍返しという謎スキルである。チートにも程がある。ああいうスキルは俺のような異世界召喚系の人間が持つべきものではないのか。
正直お手上げもいいところだ。奴の高い魔法防御の前にはせっかくワンコさんからもらったこの武器も無駄にしかならない。そう思いながら俺は腰の銃を取り出した。
97式呪唱銃。通称ディザスタ―。『大惨事』と名付けられたこの銃はWMDのアイテムベースのサーバーの中でもゴミ箱に入っていた、本来は失敗作である。というのもこの呪唱銃という武器は様々な魔力を込めてそれを呪文弾という形で敵に撃ち出すのだが、この銃に限って例外でいくらでも魔力を吸い上げていくのである。普通の人間であれば魔力切れになってしまう量を吸い上げてもこの銃は魔力を求め続ける。試算では一撃放つために300以上の魔力が必要となるために危険すぎて廃棄されていたらしい。データベースを見た時にインフィニティによってそのシークレット情報を得た俺は迷うことなくその銃を選んだ。俺の魔力なら使いこなせると読んだからだ。だが、ディザスタ―の出力は必要魔力の5倍。最大出力の1500のダメージでも2180という高い魔法防御に弾かれるに決まっている。
ステータス割がおかしすぎるだろう。途方に暮れた俺たちの横で意識を失っている司馬さんから呻きのような声が漏れた。俺のかけたエリクサーで外傷は治っているもののダインスレイブを使用した代償でしばらくは意識を取り戻さないだろうというのがインフィニティの分析した見解である。そんな司馬さんに視線をやったワンコさんがため息をついた。
「こんなことがなければ今頃は運動会をしていたんだがな。」
「運動会?」
「ああ、司馬さんの町内の人たちの親睦目的で行われる予定だったんだ。司馬さんも奥さんと共に綱引きに参加するからと張り切っていたんだ。本当に楽しみにしていたのにあいつさえ来なければ…」
「…今、なんて言いました。…綱引き?」
その瞬間、俺の脳内で散らばっていたパズルのピースが次々とはまり始めた。そして閃いた。物理吸収、体力∞、高い防御能力。700近くある魔力。押しても押してもぐらつかない。ならばどうする。
答えは簡単だ。押してもダメなら引いてやればいいだけだ。
その時の俺は本当に意地の悪い顔をしていたのだと思う。その証拠に俺の顔を見たワンコさんが短い悲鳴を上げたからだ。俺は気が触れたのではないかといった様子で地面に転がって笑い転げた。なんて馬鹿なやつなんだ、完璧すぎるデータを準備するからほころびがすぐに見つけられてしまったじゃないか。
困惑するワンコさんの可哀そうなものを見るような視線に気づいて我に帰った俺は起き上がって咳ばらいをした。
「大丈夫か、君。可哀そうに、初めての戦場で怖い思いをしたのだろう。」
「取り乱しましたが、別に気が触れたわけではありませんよ。」
頭を撫でられそうになって俺は慌ててその手を遮った可哀そうな人だと勘違いされては堪らない。そうではないのだ。俺は戸惑うワンコさんにこれからの反撃策について話し始めた。最初は訝しげだったワンコさんも徐々に真剣に聞くようになり、ついには目を見開いた。
「君は…天才か。」
「あまり持ち上げないでください。インフィニティの計算でも勝率は50%、一か八かの大博打なんですから。」
「それでもいいさ、…私の命もベットすれば少しは賭け率も上がるだろう。」
そう言ったワンコさんの口ぶりはいつもの真面目一辺倒のものでなく、悪戯の共犯となって秘密を共有する子供のように瞳を輝かせていた。




