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少女が目覚めたのはそれからしばらく経ってからのことだった。見知らぬ部屋で目覚めた彼女は周囲を警戒するように辺りを見渡した後俺の姿を見つけて安堵の溜息をついた。少し太りすぎているが、目鼻立ちははっきりしているし、さらりと流れる金髪は本当に奇麗だった。なにより胸がでかい。これで顔や顎の肉がついていなければ完璧なんだがな。俺の失礼な視線に何かを察したのか彼女はシーツで体を隠した。
「勇者様、ですよね」
「ああ、うん。君たちの世界では俺はそういう存在らしいね」
「ごめんなさい、あんなひどい目に合わせて」
「いいよ、君も大変だっただろうからね」
普通ならば異性と話すことに緊張を覚えるのだが、何故か彼女は話しやすかった。同類相哀れむというが、彼女の体格が関係しているのは間違いない。彼女はまごうことなき俺と同じ肥満体だ。見たところ、身長が150cm程度しかないことを考えるとBMI数値にしてみれば30程度か。
ふはは、BMI45.7の俺に比べればまだまだ標準体に近い。こちとらデブの限界突破をした男だ。なぜにBMIに詳しいかというと一時ダイエットしようかと試みたことがあるからだ。その時は筋トレによって痩せることができたが、すぐリバウンドしたことで潔く諦めがついた。以来、3㎏程度は上限するものの現在の体重を保っている。俺がそんなくだらないことを考えていると彼女はおずおずと聞いてきた。
「あの、勇者様。ここはどこなんでしょうか」
「俺の部屋だけど」
「えっと、ここはシュタリオン王国のはずなんですが」
当たり前に言った俺の言葉に彼女は混乱しているようだった。とはいっても本当にここは地球なんだけどな。どう説明しようか迷っていると彼女の背後のテレビから大きな音が鳴った。最近よくやっているテレビCMだ。ふいに後ろから聞こえていた音に振り向いた彼女はそのまま凍りついた。何かを呟いているが聞き取れない。どうしたのか近づいて聞いてみた。
「どういうことですか、どうやってあんな薄板に人間が入っているのですか。まさか、何かの魔術装置…というかこの部屋はどこにランタンがあるのですか。壁のどこにもそんなものは見当たらないし、部屋全体が固有魔術によって照らされている可能性も…」
彼女の言葉を聞いて俺は合点がいった。これはあれだ。異世界人が地球の道具を見て驚いて慌てふためく例のやつだ。そんなことを考えていた俺のポケットからスマホのスヌーズ音が鳴った。しまった、どうしても朝に見たいテレビがあって時間設定したままだった。何事が起きたのか驚いて身構える彼女に苦笑しながら俺はスマホを取り出した。
「安心してよ。ただのスマホだから」
「すまほ?すまほというのですか、そのアーティファクトは」
「そんな御大層なものじゃないよ」
俺は苦笑いしながらスマホの画面をタッチしてスヌーズを解除した。彼女はそんな俺の仕草に瞬きしながらスマホに釘付けになっていた。そんな彼女の視線が若干気になりながらも俺はスマホをポケットに突っ込むと話を元に戻すことにした。
「あらためて自己紹介するよ。俺の名は藤堂晴彦。古くから俺を知っている奴からはハルって呼ばれてる」
「ハル、ヒコ」
「ハルでいいよ。王女様」
「私はシェーラ、シュタリオン王国第一王女のシェーラ・シュタリオンです」
「よろしくね、シェーラ」
「こちらこそよろしくお願いします、ハル」
俺がおずおずと握手を求めるとシェーラは躊躇いがちにこちらの手を握ってきた。思っていたよりも彼女の手はずっと小さくて冷たかった。その手が少し震えていることに気づいて俺は彼女が不安を感じている事を知った。無理もない。急に知らない場所に連れてこられたのだ。なるべくショックが少ないように現状を説明する必要がある。俺は少々躊躇ったが、先延ばしにしてもいいことがないと意を決して事実を打ち明けることにした。
「シェーラ、薄々気づいてるとは思うけど、ここは君の国であるシュタリオンではない。君は強制送還された俺に巻き込まれて俺の世界に来たんだ」
「ここが貴方のいた世界だというのですか」
シェーラは俺の言葉を聞いて呆然としていた。まるで捨てられた子猫のような不安そうな表情をしている。そのただならない様子を見ていい加減なことを言ってはならないと自覚した。そんな俺に彼女は真剣な表情で問いかけてきた。
「教えてください。どうすれば元の世界に帰れるんですか」
シェーラの問いかけの返答に詰まった。その答えを俺は知らなかったからだ。いい加減なことを言ったり誤魔化したりすればその場凌ぎにはなるだろう。だが、嘘をついてもすぐにバレる。だからこそ俺は意を決して真実を伝えることにした。
「ごめん、残念ながら分からない。できることならば君を元の世界に帰したいんだが方法が分からないんだ。だから元の世界に戻ることはできない」
「え、嘘ですよね、ハル。…嘘、うそです…」
しまった!予想以上にショックだったようだ。シェーラの瞳に大粒の涙が溜まっていく。俺が宥めようとする暇もなく瞼からあふれ出した涙は滝のようにシェーラの頬を伝い流れていく。シェーラは口元を抑えて号泣し始めた。目を真っ赤にして嗚咽しながら泣き崩れる彼女を俺は黙って見つめるしかなかった。




