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6-2(P54)

絨毯爆撃とはこういうものをいうのだろうか。

実際の戦場を経験したことがないだけになんとも言い難い部分はあるのだが、スライムの攻撃は凄まじいものであった。いくら神速を使っていると言っても、少しでも歩みを止めれば犠牲になるだろう。結構シャレにならない。司馬さん、頼むよ、住民の避難を終わらせて早く来てくれよ。

そんなことを思っていると急に目の前にビルのものと思われる鉄筋が突き刺さっているのを発見して慌てて避ける。危ない、今激突したら後ろの攻撃が直撃していたところだった。ここで死んだらシェーラは怒るだろうな。この戦場に来る前の彼女の泣きそうな顔を思い出して俺は苦笑いした。安全な場所に置いてきたことは悪かったなと思うが、彼女を危険な戦場に連れてくるわけにはいかなかった。今頃は司馬さんが手配してくれた部下の人たちと安全な所に逃げているはずだ。

そんなことに一瞬でも意識を囚われていたのがまずかったのだろうか。それとも敵の狙い通りだったのか。絶え間なく続く広範囲の波状攻撃によって俺は袋小路に追い詰められていた。しまった、この先は行き止まりだ。そう思って引き返そうとした。だが、無情にも逃げ場のないくらいの勢いでスライムによる逃れようのない量の絨毯爆撃が頭上から迫る。景色がゆっくりと感じられるのが分かった。血の気が引くのが分かった。

やばい!直撃する。瞬間、俺は死を覚悟した。




                ◆◇◆◇◆◇         




一方、時刻は少し遡る。

シェーラは司馬の手配したWMDの職員たちと共に市街地から離れた山に避難していた。だが、職員たちは困惑していた。避難を終えて先ほどまで泣きじゃくっていたシェーラが何かの詠唱を行っていたからだ。イヤーカフス型の能力測定器による鑑定結果によれば自分たちに危害を加える類のものではないことは分かったが、その鑑定結果は不可思議なものだった。精霊召喚。職員たちは困惑した。WMDでもこのスキルを使用する人間は見たことがなかったからだ。そんな中でシェーラによる詠唱が終わった。

次の瞬間、シェーラの足元から円弧を描いた光の魔法陣が現れて、中から天を貫く勢いの火柱が上がった。火柱は天に舞い上がった後に一つの形を成した。それは火の鳥だった。それを見た瞬間に職員の一人のサングラスがずり落ちる。あれはフェニックス。Sランクの危険指定されたモンスターではないか。フェニックスの炎は鉄どころか鋼鉄をも容易に溶かすと言われている。そんなものがこの地球に現れ、いや、あの娘が呼び出したというのか。フェニックスは天空をゆっくりと飛翔した後でシェーラの元へ舞い降りた。


【強き願いを持つ娘よ。精霊王の加護を持ちし娘よ。汝の願いによって私は現世に顕現した。汝の名はなんだ。我にいったい何を望む。】

「…フェニックス。伝説の召喚獣よ。私の名はシェーラ。シェーラ・シュタリオンです。私の願いはただ一つです。私の魂が戦場に向かうために貴方の身体を貸してください。」


シェーラの提案にフェニックスは少し驚いたようだった。自分に戦ってくれというのではなく、自らが戦うというのか、この娘は。


【汝自身が戦場に向かうというのか。】


フェニックスの問いにシェーラは静かに頷いた。そして続けた。


「私の大事な人は私や街の人たちを守るために戦場に向かいました。本当はそんな強い人じゃないのに。私をここに避難させる時も無理して笑顔を作って、でも足や手は本当にぶるぶると震えていました。私たちはあの人に守られるかもしれません。でもあの臆病な人を誰が守ってくれるというんですか。」


フェニックスは黙ってシェーラを見ていた。シェーラ自身の身体が小刻みに震えているのが分かったからだ。彼女もその男と同様だ。自身の大事なものを守るために必死に恐怖と戦おうとしている。


「人任せにはしたくない。私自身がハルの助けになりたいんです。だからお願い、フェニックス。力を貸してください。」

【心地よき風を魂に宿す人間よ。しかと承った。契約のためではない。私自身が汝の魂に共感したのだ。汝の魂と共に我も歩もう。】


瞬間、不可視の炎がシェーラの身体を包み込んだ後、シェーラの魂はフェニックスに宿った。魂が抜けた体はその場に崩れ落ちる。だが、フェニックスとなったシェーラはそれを振り返りもせずに翼をはためかせて天空へ向かい、羽ばたき始めた。愛しいハルの元へ向かうために。


『ハル、今行きますからね。』


次の瞬間、ジェットエンジンのような轟音とソニックブームをまき散らしながらフェニックスは市街地に飛び去っていった。職員たちは茫然とそれを見送るしかできなかった。






                 ◆◇◆◇◆◇        




とっさに目を瞑った俺だったが、何時まで経っても爆撃の衝撃も痛みもなかった。恐る恐る目を開けた瞬間に仰天した。凄まじい炎を纏った巨鳥が翼を覆うようにして俺を絨毯爆撃から守っていたからだ。なんだ、この鳥は。茫然と見上げる俺と鳥の視線が交錯する。


『ハル、やっぱりこんな危険な真似をしていたんですね。心配して来た甲斐がありました。』


鳥から発せられた思念は俺の良く知る少女のものだった。優しく、争いを好まず、それでもとても強い心を持った泣き虫な少女。


「…シェーラ、なのか。」


茫然と口にした俺の問いにシェーラとなった巨鳥は嬉しそうに頷いた。


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