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5-15(P51)

街は大混乱になっていた。それはそうである。単純に考えてビル程の大きさはある何かが堕ちてこようとしているのだ。それに対して役所の対応は早かった。


「こちらは■■■市役所です。広域避難勧告が出されました。付近の住民の皆さんは警察の指示に従って避難を開始してください。」


実のところ、避難勧告を行っているのは役所に紛れ込んでいるWMDの人間であったりするわけだが、それでも彼らの素早い対応によって周辺の住民の避難は速やかに行われつつあった。

市街地中心から少し離れた市役所の地下にある作戦(・・)会議室(・・・)では中央に映し出される巨大モニターから映し出される街の様子を眺めている一人の男の姿があった。男は机に中央の座席に座って机に両肘をかけながら両方の指を交差させるように組んでいた。サングラス越しに見える鋭い眼光が捉えるものはただ一つ。異世界から現れた巨大生物だ。

彼の名は一ノ瀬統吾。かつて勇者として異世界ガリウスを救い、この世界に帰還した帰還者の一人である。そんな彼の周囲の席にはたくさんの通信使たちがインカムとPCからもたらされる様々なデータを慌ただしく解析していた。


「一ノ瀬司令。周辺の地域の住民の避難、八割がたは完了しました。」


一ノ瀬はその報告に黙って頷くと白い手袋を取って立ち上がった。手の甲には赤く浮かび上がる忌まわしき魔法陣が不気味に明滅している。一ノ瀬はその鳴動に歓喜して口元をにやけさせる。ようやく暴れさせてやれる。だが、次の瞬間に付近の通信士たちから一斉に拘束される。もみくちゃにされる一ノ瀬に対して一人の通信士が顔を引きつらせながら尋ねる。


「司令、どこへ行かれるおつもりですか。」

「決まっているだろう!俺が現地に赴いて一瞬にして奴を焼き払ってくれるわ。」

「街を焼け野原にするつもりですか。」

「…こ、今度はうまくやる。」

「少しは自重するという事を覚えてください。どうせ経験値が欲しいから出向くつもりなのでしょう。もういい歳なんですから少しは落ち着くことを覚えてください。」

「くっ…。」


一ノ瀬は唇を噛んだ後に黙って椅子に座った。それを見た通信士たちが一斉に胸を撫でおろす。実際のところ、一ノ瀬が出向くのは最終手段だった。というのもガリウスから帰還した一ノ瀬は人間核弾頭とも言われている強力な力を内蔵しているからだ。下手に力を解放したら市街地自体が消滅する可能性がある。司令部で彼が司令の立場に置かれているというのも半分は現地に出向かせない縛りのようなものなのである。諦めて席に着いてあやとりをし始めた一ノ瀬を眺めながら副司令であるアリーシアは深いため息をついた。その後にモニターの異変に気付いて声をあげる。


「B地区に逃げ遅れている避難民がいるわ!」


その声に周囲がざわめく。モニターには足取りのおぼつかない老婆を連れた一人の女子高生の姿があった。




                    ◆◇◆◇◆◇        




老婆を引っ張っているのは先日に晴彦が救った女子高生であった。彼女は焦りながらも杖をつく老婆の腕を引いて歩かせようとしていた。


「ばあさん、避難勧告が出ているんだから早く逃げないと。」

「お嬢ちゃん、そんなに早く歩けないわ。」


少女の焦りに必死についていこうにも足の悪い老婆は杖なしでは歩けない。そうこうしているうちに足元に凄まじい轟音と地響きが起きた。急に上が暗くなったことに気づいて少女が何事かと上を見上げると凄まじい質量を持った不確定形の何かの一部が少女たちの上に鎮座していた。悲鳴をあげる前に不確定形はゆっくりと覆いかぶさり、彼女たちを押し潰そうとした。

その時だった。ぶふううううううっという奇妙な音と共に一瞬にして二人の姿がその場から消えた。その間、おおよそ0.01秒。獲物を失った不確定形はゆっくりと地面を押しつぶした後に再び持ち上がっていった。

一瞬にして少女と老婆を救ったのは晴彦だった。彼は少女たちを両脇に抱えたまま、安全なところまで連れ出すとゆっくりと下ろした。少女はその姿を見て不覚にもカッコいいと思ってしまった。この豚男には見覚えがある。確かあの時に私を助けてくれた人だ。あれから礼を言おうと探し回ったはずなのに姿を見つけることができなかった人。ようやく会えた。

そんなこととはつゆ知らず、晴彦は不確定形の動きを気にするあまり、彼女の熱っぽい視線に気づかない。気のせいだろうか。見た目は肥満体の豚のはずなのに何故か凛々しい。晴彦は安全な所に隠れているように伝えるとぶふうううううっという奇妙な音を上げながら煙のようにその場から掻き消えた。

残された少女は胸のドキドキが収まらなかった。



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