5-5(P41)
次の日、俺はアイテムボックスの収納空間であるゼロスペースの中にいた。
今日の俺はいつものジャージ姿とは一味違う。紺色の剣道着を身に纏い、その上に剣道の防具一式を身を着けたフル装備をしているのだ。手には木刀を装備している。これらは全て司馬さんの好意によって貸し出されたものだ。
昨日の取り調べの時に新しいスキルの制御をする話をした時に何かの役に立つだろうと司馬さんが用意してくれたものだ。残念ながらサイズが合わない。元々が細身の司馬さん用のため、俺が無理やりに着るとサイズが広がるのだ。変わり果てた防具を見た時、司馬さんはどんな顔をするだろうか。下手をすればしばかれる可能性もある。言いようのない不安を覚えたが、考えないように気持ちを切り替えた。
さて、護身用の準備は万端だ。後は新たに習得したスキルを試していくだけである。
昨日使った神速の効果ですら理解不能な性能をしていた。神速の使用に慣れるのは勿論であるが、拳銃を放たれた時に相手の動きがスローになったスキルの正体が何なのかも見極めておきたい。
スキルの練習用に俺の目の前には練習用の人形である木人28号が仁王立ちしていた。ウォーキングの合間にアイテムボックスに入れていた粗大ごみを組み上げて作り出したものだ。
まずは普通に殴りかることにして木刀を振り上げた。思った以上に重い。ふらつきながら振り下ろした木刀は狙ったところには届かずに地面を思い切り叩くことになった。反動がまともに響いて手が痺れる。
『剣道の素振りというよりは畑を耕しているようですね』
「剣道なんてやったことがないんだから仕方がないよ」
インフィニティの冷静なツッコミに俺は反論した。どうやってこんなもの振り回すんだよ。そもそも司馬さん、剣道用の防具を貸してくれたのに何故に竹刀ではなく、木刀を渡したんだ。
『司馬は竹刀も渡していましたよ』
「え、どうして木刀を渡したんだ、インフィニティ」
『少しでも実物の武器と同じ重さの武器で慣れた方がいいのかと思いまして』
「却下だ。まずは軽いものから慣れていくから竹刀を出してくれ」
了承を告げる代わりに手の中の木刀が一瞬にして竹刀に切り替わった。さっきの木刀よりはよほど軽い。これなら何とか振れるぞ。気を取り直して俺は竹刀を振りかぶって木人君の頭に打ち込んだ。
【藤堂晴彦の攻撃。1回ヒット。木人28号は1ポイントのダメージを受けた】
一昔前のRPGのような画面表示の後に木人君の頭上にダメージが表示される。おいおい、随分と少ないじゃないか。ムッとなって今度は二回行動のスキルを使ってみた。決して竹刀が軽くなったわけではないが、体は身軽になった。素早く二か所に攻撃を打ち込むと表示されたダメージは2だった。なるほど。先ほどの二倍というわけか。
「インフィニティ、こないだ相手の動きをスローにさせたスキルがあっただろう。あれが何なのか分かるか」
『相手をスローにさせたのではなく、マスターの思考回路と身体が高速で反応したのです。スキル名は【クロックアップ】ですね』
「なるほど、クロックアップね」
二回行動で2倍だとすれば高速行動ならば更にダメージが見込めるはずだ。そう思った俺は早速新しいスキルを試すことにした。
「クロックアップ!」
叫んだ瞬間、周囲の空気が纏わりつくように変わった。本当に高速移動しているのか戸惑っているとと自分の頭上に見知らぬ数字が表示されているのが見えた。59:98と表示された数字はゆっくりと減り始めた。何が起きているというんだ。
『マスターの体感時間と加速速度が通常の10倍になっています。この表示は残り時間のカウントダウンですね。恐らく今のマスターにとって周囲の時間は止まっているようにしか思えないはずですよ』
これがクロックアップの効果というわけか。確かに体がいつもと違う。自分の体ではないようだ。速い。まるで俺の身体ではなく誰かの身体を使っているかのような全能感が体を支配する。いける、これならイケるぞっ!調子に乗った俺は制限時間いっぱいに木人君に打ち込んでいった。時間が終わると共に急に体が重くなる。
木人君の頭上のダメージ表示は10。単純にみて先ほどの10倍だ。何このスキル、超凄い。
『確かに優れたスキルです。優れすぎていると言っていいでしょう。しかし強すぎるゆえの反動もあります』
は?何言ってんの。そう思った瞬間だった。いきなりふくらはぎを鈍器で思い切り殴られたような衝撃が走った。その後に筋肉が吊ったような痛みが全身に走り回る。理解不能の痛みの前に俺は悲鳴をあげることさえできずに床をのたうち回った。人間、あまりに痛いと泣き叫ぶのを越えて笑えてくるということに初めて気づいた。気づきたくはなかった。
『限界を越えた動きで酷使された筋繊維は超弾道の反動によって断裂します。ふくらはぎの痛みは肉離れと思われます。普通に直すのであれば全治3週間ですが、マスターの瞬眠スキルがあれば一瞬で回復しますから大丈夫です』
大丈夫じゃないわ、バカたれ!この痛みが分からないのか、お前だって俺と体を共有してるんだろうが。
『私はスキルなのでそういった感覚とは無縁なのです。瞬眠を早く使用してください』
激痛で寝れるわけないだろう。その後も1時間程度はどこかしらの筋肉が休むことなく吊り続けた。意識を失うことも叶わずにのたうち回ったのは言うまでもない。




