1-4(P4)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
かび臭い地下から景色が一変したかと思うと見慣れたビル群が立ち並んでいた。どうやら俺のいた世界に戻ってきたようだ。自分のことを殺そうとした相手がいないことに安堵した俺は次の瞬間に足元が安定しないような不可思議な感覚を感じた。足元がおぼつかない。おかしいと思って足下を見ると自分が宙に浮いていることに気づいた。一瞬の間の後に尻もちをついて地面に落ちた俺の上に何かが容赦なく落ちてきた。
あいたっ、なんだよ。
最初は何が落ちたのか分からなかったが、よくよく見れば自分と同じような体格の人間のようだ。大した高さから落ちてきたわけではないので怪我こそしなかったものの、尋常な重さではない。
「お、重い。誰か知らないけど早くどいてくれ」
「ごめんなさい!すぐにどきます」
下敷きにした俺の声に気づいた何者かが慌てて俺の上からどいてくれた。女の人のようだが、いったい誰なんだ。そう思って顔を見ると直前に俺を剣を持った殺人鬼から守ろうとしてくれた少女であった。ファンタジー世界の住人であろう、現実離れしたサラサラの金髪の少女だった。エルフのように耳こそ尖っていないものの目鼻立ちがしっかりした可愛い顔をしていた。ある一点の特徴を除けば美少女といえよう。残念ながら彼女を可愛らしいとは言えない要因があった。
凄く太っているのだ。ぽっちゃりさんで可愛いね、というレベルを軽く超えている。体形的にはドラム缶に近い。ボン、ボン、ボンの見事なスタイルをしていた。
俺の顔を見て瞬きした後に彼女は景色が一変していることに気づいて驚いていた。自分が置かれた状況に戸惑っている様子であった。見慣れないビルや景色に青ざめていた。彼女に状況を説明しようとした俺は貧血のように意識が遠のくのを感じた。よくよく考えれば車に轢かれた後に剣で刺されたっけ。そう自覚した俺の脳天から血が噴き出す。あ、やばいやつだ、これ。これで死んだら異世界に転生できるかな。そんなことを考えながら俺はひっくり返った。そんな俺に先ほどのお姫様が慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか」
「ちょっと大丈夫じゃないかも」
目の前で火花が散っているような感覚に血が足りないのだと自覚した。死ぬのかな、死にたくないな。そう思いながらも意識が薄れていく。お迎えが来たのだろうか。暖かい心地よい何かが体に触れているのが分かった。夢、いや、これは現実か。そう思って薄目を開けてみるとお姫様が俺の傷口に手のひらを翳してそこから謎の光を当てていた。心地よい光は見る間に俺の傷を消していく。これは魔法なのか。驚いて彼女の方を見ると彼女は蒼い顔で脂汗を流しながら優しい笑顔を返してくれた。
「よかった。間に合いましたね。体の調子は…良くなりましたか」
「あ、はい、おかげさまで」
彼女は俺の返答に満足そうに微笑んだ後で力を失って倒れた。
驚いた俺は慌てて起きると彼女を抱きかかえて声をかけた。怪我はしていないようだが、随分辛そうだ。信じられないくらい蒼い顔をしている。その時になって俺は周囲に人の気配があることに気づいた。見れば出勤ラッシュのサラリーマンなどが不審そうな顔で通りすぎていくではないか。何が不審そうなのか俺は自分の格好と彼女の服装を見て納得した。塞がったとはいえ血まみれの男がドレス姿の少女を抱きかかえている姿は一種異様なもので、警察が職務質問をしてきたら一発でアウトな奴だろう。
彼女をゆすってみたが意識を取り戻すことはなかった。警官が来る前にアパートに退散しなければ。俺は彼女をお姫様抱っこで抱きかかえようとしてあまりの重さに諦めた。仕方がないので彼女の肩を抱えて引きずるようにしてアパートに戻っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
這う這うの体で部屋に戻ることができた俺は彼女を万年床に横たわらせるとその場にへたり込んだ。疲れた。疲れ果てた。どういう重さだ、この子は。軽く見積もって120kgを越えた俺に迫る体格をしているぞ。明日絶対に筋肉痛だ。そう確信しながら俺は彼女の寝顔を見た。こんなことを女の子に言うのは憚られるが、彼女の寝顔は子豚のようにかわいらしかった。
マジマジと見てみると可愛い顔をしているな。痩せれば美少女だろうに。その頬を恐る恐る突いてみると苦しそうに寝返りを打った。どうやら夢や幻の類ではないようだ。だとすると先ほどの光景も掛けられた言葉も夢ではないということになる。
『何を言ってるのか分からないけど。君みたいにブヒブヒ言ってる豚野郎に優しい世界なんてあるわけがないだろう』
さっきの陰険サディストの言葉が頭の中で繰り返される。あいつの言うことはむかついた。だが、一言も反論できなかった。異世界召喚されて強制送還された男などどこの世界にも居場所などない。どこの世界に行こうとも世界はどこまでも俺に優しくない仕組みでできている。なんだかとても悔しくなって俺は一人で涙を流した。




