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5-1(P37)

桜が綺麗に咲いているから見に行こう。戸惑うシェーラを強引に連れ出して俺達は外に出た。外はすっかり春の陽気で歩くだけでも心地いい日差しである。あまりにも気持ちがいいので思わず大きく伸びをした。春眠暁を覚えずというが、昼寝をするにはちょうどいい気候だ。

ちょっと前の俺なら考えられなかったことだ。シェーラと接して色んなことを経験して少しは俺も人間らしく戻れたという事だろうか。そんな俺の様子を見たシェーラは状況に慣れてきたのか、俺の姿を見ながら微笑んでくれた。そんな彼女の耳には俺がプレゼントしたイヤリングがついていた。彼女に似合うようにイメージして作られた装飾は彼女の魅力を十分に引き立てていた。ふいに美女と野獣という言葉を思い出して、まさしく俺たちのことだよなと苦笑いした。

桜並木の下に辿り着くと満開の桜が出迎えてくれた。近くで見た桜は日本人の俺にすら感動を与えるものだった。初めて見るシェーラにとってはなおさらだろう。彼女は桜の花が並ぶ道を見惚れていた。

ふいに大きな風が通り抜けていった。俺たちの周囲の桜の木々から桜吹雪が舞った。それはとても幻想的な光景であった。感動のあまりかシェーラは瞳を潤ませて桜が舞い散る様子を眺めていた。今にも泣きそう、いや、本当に泣いている。号泣という訳ではないが、頬から涙が伝っている。

泣かせるために来た訳ではないのだが、何かまずいことをしてしまっただろうか。恐る恐る呼びかけるものの、彼女は俺の呼びかけに対して暫くの間は気づかなかった。三度目の呼びかけでようやく我に返った彼女は気まずそうに涙の理由を説明してくれた。


「ごめんなさい。桜に感動したせいでしょうか。あの親子を見ていたら、幼いころに両親と一緒に出かけたことを思い出して感極まってしまいました」


彼女が見ていたのは一組の親子連れだった。幼い息子のために肩車をしている父親と幸せそうにその姿を見ている母親らしき女性の姿は見ているものに笑顔を与える光景だった。シェーラは頬を伝う涙を拭いながら微笑んでくれた。


「ハルのおかげで私は日本の春と桜が好きになりました」

「喜んでくれてよかった。ちなみに桜というものはディーファスにもある花なのかな」

「いいえ、これほど美しい花は私の世界でも見たことがありません。父がこの光景を見たら、きっと喜ぶと思います」


俺と違って父親思いの娘だ。自分と違って親としっかりと向かい合っている。それに比べて俺はどうだろうか。

俺は勘当されてからは一度も実家に連絡していない。俺の実家は資産家であり、地元では名のある一族なのだが、俺が就職に失敗して引き籠ったとたんにあっさりと俺を見限った。月の仕送りを絶やさない代わりに実家に二度と連絡しないこと。どこの家名かを人前で口にしないこと。その電話を最後に二度と親は連絡をしてこなくなった。

実家は兄弟が継ぐことになるだろうから事業相続の心配などはないだろうが、シェーラと親父さんの親子関係に比べれば冷え切ったものである。だからこそだろうか。シェーラをとても羨ましく思うと共に少し寂しく感じた。

桜の花を彼女の父親に見せたくなった俺はどのような手段が相応しいかを考えた。単純に録画では感動は伝えられないと思う。状況を再現できるような方法はないだろうか。そう考えた時に天啓のような閃きが浮かんだ。俺は地面に落ちている花びらを一片だけ拾い上げると彼女に気づかれないようにアイテムボックスの中に入れた。後は家に帰ってから作業をするだけだ。傍から見れば不穏な笑いを浮かべながら俺はシェーラと岐路についた。



                    ◆◇◆◇◆◇          




夕食を終えた後に俺はシェーラにいいと言うまで目を瞑るように伝えると準備に取り掛かった。取り出したのは水晶の中に入れた先ほどの花びらである。結晶化させたことで朽ちることのない花びらを握りしめながら俺は小声で宣言した。


「インフィニティ、鑑定スキル:インフィニティを発動してくれ。目標対象は手元の桜の花びら。こいつが記録している桜並木の情景をカラー画像で再生させてくれ」

『了解、これよりサイコメトリングを開始します』


俺の宣言と共に部屋の情景が見る間に変わっていく。あっという間に俺の部屋の中は昼間に一緒に歩いた桜並木の景色に変わっていく。よし、成功だ。自身の企みが成功したことを知った俺はシェーラに目を開けるように伝えた。目を開けた瞬間にシェーラは口を両手で覆いながら感嘆の溜息を洩らした。若干涙ぐんでいるのは気のせいだろうか。


「この桜の花びらがあれば親父さんにもこの光景を見せてあげれる。だから早く元の世界に戻ろう…」


俺が言い終わる前にシェーラは俺に抱き着いていた。胸が、胸が当たっている。しかも凄くいい匂いがする。服越しに彼女の体温を感じながらも、おたおたしながら対応に困っているとシェーラは俺の耳元で囁いた。


「ハル、いつも私の事を気遣ってくれて本当にありがとう。大好きです」


そう言われて俺は赤面しながら、シェーラが解放してくれるまで棒立ちとなった。彼女が解放してくれた後もはっきりと残っていた胸の感触に欲情しそうになるのを必死に押さえつけようとした。無理だった。このままではどうにかなってしまう。そう思った俺は慌ててウォーキングを装って外に出た。高ぶった気持ちを抑えらえるようになるまで、俺は町内を徘徊し続けた。



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