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どこまでの規模の広さなのか全く分からない虚数空間ゼロスペース。
俺を誘ったインフィニティさんが言うにはこの空間は二次元と三次元の間の隙間にある空間らしい。本来はメニュー画面のアイテム欄に収まるアイテムたちは実際にはこの空間に収納された状態で取り出されるのを待ち続けるのだという。
「空気があって助かったぜ」
思わず呟いた言葉の恐ろしさに気が付いて俺は青ざめた。もしこの空間に空気がなかったら洒落にならないことになっていた。インフィニティさんはこの空間に空気があるかということを考慮していたのだろうか。
「インフィニティ、ちょっと尋ねたいんだけどさ」
『なんでしょう』
「この空間に空気があるかどうかはあらかじめ調べていたんだよな」
『何故空気があるかを調べる必要があるんですか』
駄目だ、この人。何とかしないと。話してみて全く危険性を理解しなかったことが分かった俺は改めて恐怖した。システムの穴を見つけたバグのような空間だが、常識的に考えれば滅茶苦茶もいいところだ。ドン引きしている俺に空気を読まないインフィニティさんが不思議そうに声をかけてきた。
『マスター。どうされたのですか。早く魔導具作成に取り掛かってください』
ここは思い切り叱らないといけないだろう。いつかこのスキルはとんでもないことを仕出かしそうな気がするのは俺の気のせいか。いい機会だからはっきり言っておくか。ため息をついた後に俺は宣言した。
「ちょっとインフィニティさん、そこに正座」
『え?正座しようにも実体がないんですが』
「いいから口答えしない。そこに正座した気分で俺の話を聞きなさい」
そこから俺の怒涛の説教が始まった。最初は何故怒られているのか分からなかったインフィニティさんだったが、繰り返す俺の説教に段々と自分の仕出かしたことの恐ろしさに気づいたようである。うーん、天然って怖いなあ。
『空気に関しては全く考慮していませんでした。そうですよね、人間は空気がないと死んでしまいますよね、ああ、私はなんてひどい仕打ちをしてしまったんでしょう』
おお、説教が効いたようだ。よかった。心を鬼にして説教をした甲斐があるというものだ。よく言って聞かせればできる子なんだからね、君は。だが、その後に言いだしたことに俺は青ざめることになる。
『知らぬこととはいえ、マスターを命の危機にさらしたことを深く反省します。責任を取るためにこの腹をかっさばいて消滅しようと思うのですが』
うーん、それはちょっとやめとこうか。お前さんがいなくなったら俺は一生アイテムボックスに閉じ込められることになるんだぞ。変な所で人間らしさを出すのは本当にやめてもらいたい。滾るインフィニティさんを説得したのちに俺はその場に胡坐をかいて座った。時間も限られているし、さっさと始めるか。
俺は両手に球体を持つような構えを取った後に静かに目を閉じて精神集中し始めた。魔力の渦を掌に集めつつ、イメージするのはシェーラに渡すイヤリングのデザインとその効能である。
翻訳機能を付けて彼女が俺のいない時でも日本語が話せるようにするのは勿論であるが、それだけでは装飾品としての面白みに欠ける。そこで俺が考えたのは魔力を蓄積できる機能や起きている間でも魔力を自動回復できる機能、そしてもし攫われるようなことがあった場合の自動追尾機能、そして物理障壁などを付け加えることにした。複数の術を籠めてまずは金属を錬成していく。
掌の中に現れた銀のインゴットは不可視の魔力を受けてぐにゃぐにゃと変形しながらその形を作り上げていく。同時に俺の体内の魔力が恐ろしい量を削られていく。これは不味い感覚だ。付与する魔術が多すぎたか。あまりの過負荷に頭にズンとした衝撃が起こる。何なんだ、頭痛とは違うが気持ち悪い。これは精神に来る奴だ。吐きそうになるのを必死でこらえながら銀のイヤリングが完成する頃には俺はふらふらになっていた。
◆◇◆◇◆◇
次の日、朝食後の洗い物をしていたシェーラを俺は居間に呼び出した。何の用なのだろうかと訝しがるシェーラに俺はプレゼント用の包装をした箱を差し出した。俺の意図がつかめずにシェーラが戸惑う。面と向かって言うのも結構恥ずかしいな。そう思いながら俺はシェーラに告げた。
「いつもありがとうな。これは俺からの感謝の気持ちです。受け取ってくれると嬉しいな」
俺がそう言うとシェーラは顔を真っ赤にさせた。口元がわなわなと震えているのがわかった。やばい、効果があり過ぎたか。渡そうとしているこっちまで恥ずかしくなってくるじゃないか。結局シェーラが箱を受け取ってくれるまで二人して真っ赤な顔をしながらその場に固まってしまったのは言うまでもない。