4-9(P34)
司馬さんが帰った日の夜のことだ。俺はシェーラに渡す翻訳アイテムをどうするか考えていた。装飾品ならば身につけるものがいいのだろうが、今まで女性にプレゼントなどは一度もしたことのない俺には何を渡せばいいのか皆目見当もつかなかった。
首飾りは持っているからアウトだし、指輪はなんとなく意味深になるからやめておいた方がいい気がする。ではどうするべきか。考え抜いた挙句にイヤリングにすることにした。
問題は制作途中の状況を彼女に知られないようにすることである。インフィニティさんとも話をしたが、効果の強い魔法を籠めた魔導具を作成する場合、長時間にわたって精神集中が必要になるという。魔力も充満するらしいし、部屋の中で行えば一発でバレる可能性が高い。プレゼントをするならばサプライズの方がいいに決まってる。どこがいいだろうか悩んでいるとインフィニティさんがいい場所があると教えてくれた。
そんな訳で例によってシェーラが寝静まった後に俺はゆっくりと起き上がった。いい加減このパターンにも飽きてきた気がする。ひょっとしたらシェーラも俺が夜な夜な抜け出すことに気づいているのかもしれないが、いつもの訓練だと思ってもらえれば御の字だ。バスルームの扉を閉めた後に俺はインフィニティさんに尋ねた。
「いい場所があるって言ってたけど、一体どこにあるんだ」
『ふふふ、慌てないでください。まずはアイテムボックスを呼び出してください』
なぜここでアイテムボックスを使用する必要があるんだ。俺は首を傾げながらも言われるままに宣言した。
「…アイテムボックス」
深夜なので若干声を抑えているのはご愛嬌だ。俺の宣言に反応して宙にRPGのメニュー画面のような表示が現れる。アイテム欄がかなり乱雑になっている。ポーションやエリクサーはともかく、他のガラクタなど結構アイテム欄も増えてきたなあ。感慨深いものを感じているとインフィニティさんが次の指示を出してきた。
『それでは次の手順です。まずはカーソルをご自分に合わせてください』
えーと、こういうことか。俺はイメージでアイテムを選ぶカーソルを自分に合わせてみた。矢印のようなアイコンが俺の手前でぷかぷかと浮かんでいる。成功だ。
『次に自身をダブルクリックで選択した後にアイテムボックスの中に入れてください』
なるほど、なるほど。言われるままに俺は自分というアイテムをアイテムボックスの中に…。え、おい、ちょっと待てよ。それをやったらアイテムボックスの中に俺も入るんじゃないのか。やばいと思った瞬間には俺はアイテムボックスの中に吸い込まれていた。
◆◇◆◇◆◇
次に意識を取り戻した時に俺がいたのは不気味なくらいに広大な白い空間だった。天井もなければ壁もない空間。息苦しさもなければ暑くもない。風もなければ音も全くない。音が全くしないという時点で俺はかなりの恐怖を感じていた。人間、普段の生活をしていれば全くの無音状態で生活することなどない。機械の微弱な振動音などの何かしらの生活音がしているはずなのだ。だが、この空間にはその音が全くしない。頭がおかしくなりそうだった。これでインフィニティさんが全く反応しなかったら相当パニックになるぞ。
「おい、インフィニティ」
『…………』
「おい!冗談はよせ」
呼びかけに鑑定スキルは応じなかった。ぞっとした。この空間に閉じ込められたのかと思ったからだ。
「頼むから早く返事してくれよ」
『ふふふ、意外と怖がりなのですね。マスター』
「冗談が過ぎるぞ、全く」
焦らせてくれるぜ。誰に似たのか知らないが、最近のインフィニティさんは悪ふざけという事を覚えてしまっている気がするが、こういう場面では本当にやめてほしい。怖いから。不安を覚えた俺はインフィニティにこの正体不明の空間が何なのか尋ねてみた。
『ここはアイテムボックスを保管する虚無の空間。通称ゼロスペースと呼ばれています』
「ゼロスペース?」
インフィニティの言葉に俺は周囲を今一度見た。保管する空間だということは他のアイテムもあるのではないかと思ったからだ。だが、広大な空間の中にはそれらしいものは何一つ見つからなかった。




