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4-8(P33)

扉を開けるなり、人懐っこい笑みを浮かべた司馬さんは俺にビニールの手提げ袋を手渡した。何だろうと思って中身を覗いてみると発泡スチロールに入った食べ物らしきものが入っていた。ほのかに香るソースの香りが食欲を誘う。


「近所で買ったたこ焼きだ。みんなで食おうぜ」


凄まじく魅力的な提案だったが、受け取るかどうか悩ましい提案であった。たこ焼きは小麦粉の塊だからだ。これを食べれば確実に炭水化物を摂取することになる。炭水化物イコール糖質である。炭水化物は体の中で糖質に変化するのだ。そんな俺の迷いを司馬さんは笑い飛ばした。


「ダイエットも結構だが、もう少し心に余裕を持ちな。お前さんの駄目なところは真面目すぎるところだ。修験者のような生活も結構だが姫さんにも肉とか野菜以外のうまいもんでも食わせてやった方がいい」


そういって半ば強引に靴を脱いで部屋の中にずかずかと入っていった。敵わないな。俺は苦笑しながら司馬さんに続いて部屋に入っていった。




                     ◆◇◆◇◆◇           




司馬さんを伴って居間に戻るとシェーラがお茶を入れるために席を立った。突然の来訪者に喜んでいるようにもみえるが、やっぱり少しだけ元気がない。彼女の様子がおかしかったことを相談すると話を聞くにつれて司馬さんは苦笑した。


「原因はホームシックじゃねえよ。ちょっと考えれば分かるじゃねえか」


たこ焼きを突きながら司馬さんはそう答えた。そう言われてもよく分からないな。土産として持ってきたはずのたこ焼きを遠慮なく頬張った後に司馬さんはため息をついた。


「そんなことも分からないなんてな。お前、絶対に女にモテないだろ」

「いや、確かにモテませんけど。絶対とか酷いじゃないですか。どういうことなのか教えてくださいよ」


困り果てた俺が尋ねると司馬さんは頭をぼりぼりと掻いた後に教えてくれた。


「ガス抜きが必要なんだよ。どうせお前のことだから姫さんがこっちの世界に来てから観光には連れて行ったりしてないだろ。言葉もろくに通じない異世界の狭い部屋に籠りっきりだったら、どうにかなっちまうぞ」


言われて俺は青ざめた。そう言われてみれば全くやってないよ!!


司馬さんの言わんとすることの意味を理解して俺は衝撃を受けた。言われてみれば確かにその通りだ。ウォーキングで外に出ることはあっても言葉の壁の問題から異世界人であることをバレてしまってはまずいと俺はシェーラに極力外を出歩かないように言い聞かせている。唯一、まともに外に出たのはこないだ行ったショッピングモールが最後である。従順で聡明な彼女の事だ。恐らくは俺に迷惑をかけまいとして外に出ていきたくても言いだせなかったに違いない。鈍感過ぎた自分自身を俺は心から恥じた。そんな俺を見て司馬さんは苦笑した。


「ほんとにお前は大和の奴にそっくりだな」

「誰のことですか」

「俺の親友だった男だよ。真面目でなんでも抱え込んで一人で押しつぶされてしまった大馬鹿野郎だ」


前に言っていた親友という人なのだろうか。司馬さんは少し遠い目をした。もしかしたらこの人が俺を気遣ってくれるのはその大和とかいう人と俺をダブらせているからなのかもしれない。

そんなことを話しているとシェーラがお茶を入れた湯呑の載ったお盆を持ってこちらにやってきた。無言で会釈をしながらお茶を出すシェーラに司馬さんは礼を言った。言葉が通じないせいか困ったように首を傾げるシェーラを見て苦笑いした後に俺の耳を掴んで囁いてきた。


「やっぱり日本語が通じないと不便だと思うぜ。おい、兄ちゃん。お得意の魔法でこの姫さんの言葉を翻訳する魔道具を作ってやったらどうだ。プレゼントとして渡してやれば泣いて喜ぶぜ」

「えーと、得意の魔法ですか。なんのことかわからないなあ」

「ネタは上がってんだよ。鑑定スキル∞には負けるが俺も鑑定スキルを持っているからステータスの確認はできる。魔力のステータスも異常だが、アイテムボックスの中にとんでもないもの隠し持ってるのがバレバレだぜ。とっとと出しな」

「うう、分かりました。」


誤魔化すことはできないらしい。げんなりしながら俺はアイテムボックスからペットボトルに入れたポーションやエリクサーを取り出した。色とりどりの回復アイテムの数々が次々に現れていく様子に最初の頃は太々しい顔をしていた司馬さんもその量が徐々に机の上を占めていくにつれて表情を引きつらせていき、最終的に机の上から置けなくなったことを確認して天を仰いだ。


「まだあるんですが」

「もういい。もう十分に分かった」


司馬さんはもう充分だとばかりに両手で俺の作業を制止しながら言った。げんなりしているのは気のせいだろうか。


「よくもまあ、ここまで作ったもんだぜ」


絶句しているのはシェーラも同様だった。実のところ、これらのアイテムはこの一週間の汗と努力の結晶だった。魔力を限界まで抽出した水魔法で生みだされていたのは最初の頃こそハイポーションであった。だが、魔力の上限が人外のものになっていくにつれてハイポーションの抽出では消費する魔力がなかなか減らないことに気づいて魔力を込める量も恐ろしい量に変貌を遂げていったのだ。最終的には消費魔力が1本1000もかかる万能薬エリクサーばかり抽出していたものだから始末に悪い。


「お前、酒と同じで無許可の回復薬の精製も違法だって知っていたか」

「え、そうなんですか」


やばい。これはまたお縄頂戴の危機というやつか。流石に前回のは未遂だったとはいえ、今回は言い逃れできない奴だ。司馬さんは俺の焦る姿に苦笑いしながらエリクサーを一本取り上げた。


「しょうがねえ野郎だ。許可証は俺が申請しといてやるよ。その代わりにこの一本は手数料でもらっていくぜ」

「あ、どうぞどうぞ!一本と言わずに何本でも持って行っていいですよ」

「勘弁してくれ。こんな規格外の薬を何本も持ち歩いていたら俺が捕まるぜ」


司馬さんは首を横に振りながらも懐にエリクサーを一本入れて苦笑いした。




                             

                   ◆◇◆◇◆◇





 晴彦の部屋を出てアパートの階段を下りた後に振り返った司馬は苦笑いをした後で懐に入れていたエリクサーを取り出して眺めた。彼自身の【鑑定】スキルを使用してみても『神話級』という風に表示された。晴彦の言う通り、万能薬であるエリクサーであるのは間違いないだろう。

異世界、そして地球に関わらずエリクサーというものは希少品である。使用するだけで重傷を直すことができるのだが、生成方法に膨大な魔力が必要となるために量産化は諦められていた。まさかスキルと組み合わせることであれほどの量産化に成功する人間がいるとは司馬でさえ予想できなかった。

資産価値にして数千万円以上の価値を持つ薬だ。金に目がくらんだ晴彦が売ったりすれば出所を知ろうと晴彦を拉致して拷問にかけて聞き出そうとする悪党も現れるだろう。


「アイツにこの薬の価値を教える訳にはいかないな」


 司馬はそう言って自分のアイテムボックスの中にエリクサーを入れた。帰りがけに販売したら違法になると釘を刺しておいたので大丈夫だとは思うが、監視の目は光らせた方がいいだろう。全く目が離せない奴だ。司馬はそう思いながらも、晴彦のこれからの動向が楽しみになっている自分を自覚していた。



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