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その日の夕食後、俺は昼間の反省を生かしてシェーラによる実践魔法の講義を受けていた。講義が始まるなり、シェーラは俺にどのように水魔法を使ったのか説明するように要求した。恐らくは原因を究明するためなのだろう。言われるままに俺が説明していくにつれてシェーラは次第に蒼い顔をしていき、最後にはこちらをあり得ないものを見るような視線で見るようになっていた。なんだかその視線に気まずくなった俺はどこが悪かったかを尋ねた。するとシェーラは申し訳なさそうにこう切り出した。
「何が悪かったかというと…全部ですね」
「いきなり全否定かよっ!!」
いきなりのダメ出しに俺は卒倒しそうになった。シェーラはそんな俺に苦笑いしながらこう質問してきた。
「だって、使用する魔力量をあらかじめ定めないで魔法を使う時点でどうかしているとしか思えません」
「へ?どういうこと?」
使用する魔力量?シェーラの言わんとする言葉の意味を理解できずに俺は首を傾げた。そんな俺にシェーラは説明を始めてくれた。
なんでも魔法というものはその術式ごとにあらかじめ使用する魔力の量が定められる詠唱式が組み込まれているらしい。それを短縮すると俺が無意識に使った無詠唱になるのだが、無詠唱を行うものは詠唱をしないだけで詠唱式を頭の中で使いやすい形に組み直して使用するだけで基本を無視しているわけではないのだという。だが、俺は魔法の詠唱式など知らない。そもそも必要魔力の詠唱式など頭に組み込んでいなかったのである。その結果、穴の開いた風船に空気を入れ続けるように俺の魔力は駄々漏れになり、結果として卒倒したというわけである。実際、魔法を習い始めたものにこのような凡ミスは多いらしく俺も見事に引っかかったわけだ。
「あっはっは、この晴彦さんともあろうものがやらかしてしまったな」
「笑い事ではありませんよ。このミスで過去に何人も犠牲者が出ているのですから」
「…死人、出てるの?」
俺が恐る恐る聞いてみるとシェーラは黙って頷いた。シェーラがいうには魔力切れになった後に数時間過ぎると魂が肉体から離れてしまい、しまいには戻ってこれなくなるのだという。過去にも一軒家で一人きりで魔法の練習をしていた見習いがこの症状になったまま、朝になって発見されて帰らぬ人になったという話を聞いて俺はゾッとした。シェーラがいなかったらどうなっていたか分からない。
「魔力の回復は人によってまちまちですが、おおよそ一日から二日はかかると言われています。ハルも魔力も恐らくはギリギリでしょう。魔力切れによる寒気とか感じているのではないですか」
「いや、いたって健康そのものなんだけど」
「そんなはずはないはずなんですが」
訝しがるシェーラを安心させるために俺はステータスを可視化できるようにしてオープンさせた。そこに書かれた俺の魔力は魔力:15/15となっている。どう見ても満タンだよな。これ。というか若干増えているのは訓練の成果が確実に出ているということか。俺はそれで納得したわけだが、シェーラはそのステータスを凝視したまま固まっていた。どうしたのかと聞いてみるとシェーラは取り乱した様子でまくし立てた。
「どうしたじゃないですよ。わずか数時間のうちに魔力が全回復するなんて!通常であればゆっくりと回復するはずがどういう手品ですか!」
「いや、そう言われてもなあ」
『恐らくはマスターのスキル【瞬眠】によるものと思われます』
それまで沈黙を続けていたインフィニティさんの言葉に俺は驚いた。というか瞬眠ってなんだよ。そんなスキルあったっけ。
『瞬眠はマスターの寝つきがいい長所がスキルとして再構築されたものです。扱い的にはマスター固有のものでその効果はどれだけ浅い睡眠時間であってもHPとMPが回復して疲労も回復するという優れたものです。』
おいおいおい、何なんだよ、その努力家を超えたトンデモスキルは。ということは何か。俺はどれだけ疲労していても睡眠さえとれば体力満タンの状態で目覚めることができるということか。その言葉にインフィニティさんは同意する。
『仮に10分程度の睡眠であっても瞬眠は効果を発揮します。流石に四肢の欠損などは再生することはできませんし、重傷を回復することもできないため、ここだという場面での使い勝手は微妙ですが』
いやいやいや、充分すぎるだろう。相変わらず身の程知らずの狂ったようなスキル構成に俺はドン引きした。シェーラに話したらまた引かれるんだろうなあ。そう思いながら俺はため息をついた。




