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獅子王と軍師の立ち合いの下で地下の祭壇にて勇者召喚の儀式は行われていた。シェーラ姫による古代語の詠唱の後で勇者召喚の魔法陣が淡い赤色の光を放つ。魔法陣は二重、三重に立体に文字が浮かび上がり、やがて球体の立体魔法陣になった。同時に魔法陣の中心から眩い光の柱が放たれる。
城から発せられた光は雲を貫いて天を貫く一条の光の柱となった。光の柱がディーファスと地球を結ぶゲートとなって二つの世界を結び付けたのである。
尋常ではない魔力消費が儀式の使用者であるシェーラに襲い掛かる。自らの許容量を超えるほどの急激な魔力の消費に貧血のような立ちくらみを覚えながらも彼女は詠唱を続けた。命を削るほど過酷な儀式に彼女が耐えられたのは儀式の失敗が父と自分の身の危険に直結するという思いがあったからだ。彼女の悲痛な想いを知ってか知らずかケスラは残忍な笑みを浮かべた。
魔力を消費しきった魔法使いが最後に消費していくのは生命力である。シェーラの生命力がなくなりかけた頃に魔法陣の上の空間に何者かの影が現れた。次の瞬間に影は実体化して宙に投げ出された。投げ出されたのは見覚えのない装束を纏った人間だった。ドサリと魔法陣の上に落ちた男は起き上がることもなく呻き声をあげるだけである。よく見ると頭にけがをしている様子であった。
「成功だ!!邪魔だ、どけっ!!」
「きゃあ!」
興奮した様子でケスラは披露しきったシェーラ姫をねぎらうこともせずに押しのけて魔法陣に近づこうとした。そんな軍師を追って肩を掴んだのはこめかみに青筋を浮かべて険しい表情を浮かべるシュタリオン王であった。
「なんですか、その手を放してもらえませんか、シュタリオン王よ」
「死ぬところだった娘に対してかける言葉はないのか」
「大袈裟ですね。生きているではありませんか」
「貴様…」
「全く面倒ですね。おめでとうございます。シェーラ姫。あなたは英雄を召喚した聖女として崇められましょう。たとえ見た目が白豚だとしてもね。これでいいですか」
「ふざけるな!」
我慢しきれなくなったシュタリオン王が拳を振り上げた。だが、それはケスラにしてみれば計算通りの動きだった。帝国の重鎮に殴り掛かれば人類血盟に参加している同盟国の王といえども只では済まない。実のところ、ケスラの心の中では何らかの形で難癖をつけてこの国を帝国の支配下に置こうという考えがあった。ゆえにその口実が向こうからやってきたのは願ったり叶ったりであった。ケスラが口元に笑みを浮かべてシュタリオン王の拳が届くのを待ち構えていると意外な人物から静止の声がかかった。
「お父様!やめてください!」
それは息も絶え絶えになりながらも父の身を心配するシェーラ姫から発せられた叫びであった。娘からの悲痛な叫びにシュタリオン王は必死に激情を押し殺した。ケスラは心の底からつまらなそうな顔をした後に王に背を向けると魔法陣の中で横たわる男の下へと近づいていった。
近くに寄って改めてケスラは男のだらしない体型に呆れかえった。シェーラ姫と似たような体格をしている。今度の勇者は随分とたるんだ体をしているものだ。まあ、レアスキルの所有者であれば拾い物か。ケスラは内心でそう思いながら呟いた。
「ステータスオープン」
瞬間、複数の魔術文字による魔術回路が形成され、横たわる男のすぐ側でゲームのメニューのような画面が映し出される。これこそが古代の魔術師が完成させた状態確認用の画面である。黒を基調とした画面には白抜きの文字でこう羅列されていた。
年齢:32
Lv.1
種族:人間
職業:無職
体力:1/12 魔力:0/0 筋力:7 耐久:10 器用:8
敏捷:6 智慧:12 精神:6
ユニークスキル【ステータス確認】【瞬眠】
レアスキル【鑑定Lv.∞】【アイテムボックスLv.0】
スキル【名状しがたき罵声】【金切声】
肥満体質【126/58】
鈍足 【1265/420000】
魔法の才能の欠如【126/65000】
運動神経の欠落【58/65000】
両手利き
人から嫌われる才能
「なんだこいつは。外れもいいところじゃないか」
ケスラは男のゴミのようなステータスを確認して落胆の溜息をついた。帝都からこのような小国にはるばる来てみて外れを引かされるとは。国と同様に勇者もゴミでしかないということか。しかもすでに死にかけている。いっそ止めを刺してやるか。この男を殺せば次の勇者を呼び出す準備を行うことができる。腰の剣を抜き放ったケスラに驚いたシェーラは青ざめながら叫んだ。
「一体何をなさるおつもりですか!」
「見れば分かるでしょう。間引くんですよ。こんな外れは即廃棄するしかありませんからね」
「冗談を言わないでください。その方に何の罪があるというのですか」
「あえて言うならばこんな風に生まれたことですかね。ぶくぶく太ったあなたと同じですよ」
「無礼な!」
憤るシェーラに対してケスラの嘲笑は止まらない。この男は狂っている。そう思ったシェーラは配下の凶行を戒めてもらおうと獅子王の方を見た。獅子王はまるで興味がないといった様子で欠伸をしていた。そして獅子王の背後では帝国の騎士団員達がケスラの動向を面白い見世物が始まるかのような表情でにやにやと笑っているではないか。
「御大層な魔力を使ってこんな役立たずを召喚するなど役立たずの白豚姫という噂は本当ですね。貴方たちを見ていると本当にイライラしてきますよ」
「…酷い。どうしてそこまで酷いことが言えるんですか」
「酷いですって。本当のことを言って何が酷いというのですか」
次々に浴びせられるケスラの言葉にシェーラは耐え切れなくなってぼろぼろと涙を流した。だが、それ以上口答えしようとしてシュタリオン王に止められて口惜しそうに俯いた。反抗したところで無慈悲に切り捨てられるのが目に見えていたからだ。ケスラは反論しなくなった豚姫をうっとおしそうに見た後に勇者らしき召喚者の近くまで近づいた。男はひどい怪我をしているのか苦しそうに呻き声をあげるのみである。苛立ったケスラは男の背を乱暴に蹴った。
「おい、さっさと起きろ。怠け者の豚野郎が」
「……うう、誰だ。いきなり何をするんだよ」
「お前のご主人様だよ」
「なんでもいい、傷の手当てをしてくれ。怪我をしているんだ」
「必要ないだろう。だってこのまま死ぬんだから」
そう言ってケスラは男の腿を剣で容赦なく貫いた。突然の凶行の激痛に男が悲鳴をあげる。剣を引き抜いて纏わりついた血をすすりながらケスラは残酷そのものの表情で嗤った。
「あははは、人間みたいな悲鳴を上げるんだね。勇者君」
「勇者?俺が勇者だって言うのか」
「そうだよ。でも外れだから殺して次の勇者を召喚する。これでお別れだ」
「待てよ、外れってどういうことだ」
「ステータスは一般人以下。特殊なスキルもない。君みたいな男を飼う余裕はうちの国にはないんだ。お呼びじゃなかったんだよ」
「嫌だ、やめろ、助けてくれ!」
足を刺されたことでケスラが本気であることが分かったのだろう。男は怪我をした足を引きずりながら必死に逃げようとした。だが、その必死の抵抗もケスラの嗜虐心を誘うものでしかなかった。ケスラが男に向けて剣を振りかざそうとした瞬間に横から何者かに体当たりをされて態勢を崩した。
誰だ、邪魔をするのは。憎しみを込めた目でケスラが見た先にいたのは怯えた表情をしながら男をかばうように前に出たシェーラ姫だった。彼女は恐怖に震えながらも必死に勇者を守ろうとした。
「これ以上、勇者様に狼藉を働くことは、ゆ、許しません」
「どう許さないというんですか」
ケスラはこめかみに青筋を立てながら床に転がった剣を拾った後に振り上げた。
その時、勇者と思われる男がヒステリックな叫びをあげた。
「なんだよっ!なんだってんだよっ!現実が苦しくてきつくて嫌で!ようやく異世界に来れたっていうのに!なんだよこの展開は!おれTUEEEとかハーレムとかどこだよっ!!」
「何を言ってるのか分からないけど。君みたいにブヒブヒ言ってる豚野郎に優しい世界なんてあるわけがないだろう。」
ケスラの言葉に男はこれ以上ないくらいに目を見開いた後に絶望した表情をした。自らの存在を全否定されたのだ。嫌だ、こんな場所に居たくない。アパートの部屋に帰りたい。男は心からそう思った。
その瞬間、男の身体から不可解な光が放たれ始めた。同時に頭が割れるようなアラーム音と電子音声が頭の中に響き渡る。
【不安定なアクセスによる召喚シークエンスが失敗しました。
ERROR条件
①肥満体【126/58】
②英雄的行動の欠如
③召喚者の意志薄弱
以上のERRORにより一般市民【世界重要度E】は勇者とは認められませんでした。これより強制送還シークエンスを開始します。ご利用ありがとうございました。ご利用ありがとうございました。ご利用…】
「なんだよ、なんなんだよそれはああっ!!!!」
いつまでも頭に響く理不尽な電子音声に対して抗議の叫びを上げながら男は周囲にいたシェーラ姫と共に光の粒子となって世界から消失した。




