第22話-12
ケスラが閉じ込められている牢獄はシュタリオン城の地下に位置する。当然のことながら城の牢獄に帝国の宰相ケスラが捕らえられていることはシュタリオン国王とその娘であるシェーラの耳にも入っていた。牢獄は冷たく、遠くから囚人の叫び声が聞こえない時は物音ひとつない静寂そのものであった。時折、水滴が落ちる以外は全く何も音がしない。
そんな中で遠くの方から聞こえてきたのは複数の人間が近づいてくる足音であった。来客が来たことを察知したケスラは閉じていた瞼を開いた。格子戸を開けて牢の中に入ってきたのはシュタリオン国王とその娘であるシェーラであった。
「これは、これは、シュタリオン国王とシェーラ姫はありませんか」
「無様だな、ケスラよ。かつて見下して虐げていた小国に敗北した気分はどうだ」
返答代わりにケスラは両手に魔力を集中させ始めた。ケスラの不穏な動きに気づいた衛兵たちが慌てて王たちを守るべく立ち塞がる。ケスラが発動させようとしたのは本気の殺意を籠めた攻撃魔法であった。だが、ケスラの手から魔法が放たれる前に彼を捕える枷が淡い光を放ち始める。同時に枷に籠った魔道の力が瞬時にしてケスラの魔力を打ち消すと同時に強烈な電流を放った。
「ぐああああああっ!!!!!」
雷光に包まれて悶え苦しむケスラをシェーラとシュタリオン王は呆然と眺めた。ケスラを捕える枷は晴彦がインフィニティに命じて作った特殊なものである。魔法を放とうとすると枷が反応して魔力を吸収し、その魔力を使った電撃を放つのである。電撃の威力は吸収した魔力に比例する。ケスラが食らう電流の大きさが彼の殺意の大きさを物語っていた。
電流が消えるとケスラはズタボロになって項垂れた。もはや抵抗する力さえない様子だった。王はそんなケスラに対して哀れんだ表情をしながら話しかけた。
「ケスラよ、もはや勝負はついた。負けを認めるのだ」
「命乞いでも…しろと…いうのですか…お断りですよ!!」
返答代わりにケスラは近づいていた王の顔に向けて唾を吐いた。顔に唾を吐きつけられた王は険しい顔をし、同様にシェーラも険しい表情をした。主に無礼を働いた囚人に対して衛兵たちが激昂し、槍の石突でケスラの顔を殴りつける。
「どうやら自分の立場が分かっていないようだな」
「あははは!バルバトス帝国万歳!殺したいほど憎いのならば殺せばいいでしょう。しかし、覚悟しておきなさい。私を殺せば帝国が黙っていませんよ」
「その帝国から返答が来たから伝えに来たのですよ。帝国宰相ケスラ。バルバトス帝国は人質である貴方の解放のためには賠償金は一切支払わないとのことです」
「お前は帝国に見捨てられたのだ」
シェーラが示した書状には双頭の獅子の紋章である帝国の押印がされていた。その押印がされていることこそが公式文書である証拠であった。書状はケスラの処遇について書かれていた。文面は丁寧なものであったが、書いてある内容は凄まじいものであった。簡単に言ってしまえばケスラは人質としては価値がないので好きにしろと言っているのである。書面を突き付けられながらもケスラはあくまでも道化じみた表情を変えていなかった。だが、一瞬眉を動かしたことでシュタリオン王は彼の内心の動揺を察知した。
「ケスラよ。我々も鬼ではない。負けを認めれば命だけは助けてやろう」
「…くふふ、お断りです」
「そうか」
ケスラの目を暫し真っすぐに見つめた後にシュタリオン王たちはその場から立ち去っていった。ケスラは暫く黙り込んでいたが、やがて狂ったように笑い出した。
「あはははは、あ―っはははははははははははははははは―――――!!!!」
彼の笑いは自分を見捨てた帝国に対するものであるのか、自分に対する自虐の笑いであったのかは彼自身にしか分からない。だが、幾ら笑い続けようともそれに呼応するものは誰一人いなかった。
◆◇◆◇◆◇
俺とインフィニティは遠視の水晶球でケスラとシュタリオン王たちのやり取りを黙って眺めていた。暴れ出さないように奴の枷には細工を施したが、上手く働いたようだ。
王たちがケスラと立ち会う時に俺も立ち会うべきだったかもしれない。だが、俺も奴には複雑な感情を抱いている。冷静でいられずに奴に危害を加える恐れがあったので自重したのだ。
しかし、考えてみれば哀れな奴だ。奴なりに帝国に忠誠を誓って動いていたのであろうに、その帝国にトカゲの尻尾切りのように見捨てられたのだからな。
だからと言って奴からされたことを考えれば助けるつもりは一切ない。それに野放しにしておけば危険すぎるという事は嫌というほど理解している。奴が悪知恵を遣えないようにするのが一番だろう。そう思った俺はインフィニティに命じてとあるものを奴の食事に混ぜることにした。
毒ではない。だが、もっと質の悪いものだ。摂取し続ければ通常の数十倍のスピードで肥満体になり、魔法が使えなくなる特殊な【肉の芽】を摂取させることにしたのである。
食事にそんなものを混ぜられているとは知る由もないケスラは毎日三食持ってくる食事を食べるようになった。最初は毒か何かを疑ったようだが、飢えには勝てずに喰らい続けた。一週間もする頃には牢の中には立派な豚野郎が誕生したのである。




