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警察との接触から一日が経った。危うく捕まりそうになったが刑事さんの理解を得られてよかった。とはいっても他者からの協力が得られない以上、俺自身が痩せて異世界に戻るしかない。
そういう訳で今日も俺は日課のウォーキングを行った。終わった後にステータスを確認していたのだが、体重は劇的に減ってはいないが、とあるスキルの経験値がかなり上がっていることに気づいた。
鈍足 【17265/420000】➡鈍足 【33265/420000】
このままウォーキングを行えば近いうちに鈍足スキルを克服できる。一体どのくらいかかるのか。俺は電卓を使用してルーズリーフに残りの必要経験値を書き出してみた。鈍足スキルが克服経験値まで達するのにかかるのが残り386735。単純に一回のウォーキングで16000の経験値を稼げると考えると残り24回ほど。昼夜の二回に分けてウォーキングを行うことを考えると12日くらいかかることになる。だいたい二週間か。案外早く行けそうだな。そんなことを考えていると少し心配そうにインフィニティさんが話しかけてくる。
『マスター、やる気なのはいいのですが、そろそろ膝が痛くなっていませんか』
「今のところは大丈夫だけど。なんでそんなこと聞くんだ」
『このまま無理をし続けると高い確率で膝を壊す危険性があるからです』
言われてみてもピンとこなかった。だが、確かにこれだけの自重を支えているのだと考えると膝を悪くしてもおかしくないことに気づいた。ストレッチとか必要なのだろうな。そう考えた俺はネットで調べて膝の痛みを軽減するストレッチを行うことにした。まずは寝転がって膝を持ち上げた状態で膝を手で持って回す。お腹が邪魔してうまく膝が持てない。持てないのだが、それでもヒイヒイ言いながらやってみた。
次に片方の膝を床に置き、もう片方の足を膝立ちにした状態で膝を床に置いた方の足の甲をつかんで体の方に寄せていく。うむ。ふとももの筋肉が伸びている気がするぞ。
他にもいくつかストレッチを試してみようと思ったが、傍から見るとデブがもがき苦しんでいるようにしか見えない。こういうことは何回もやって慣れるのが一番だが人目は気にする必要があるかもしれない。
さて、ウォーキングの目途はたったのだが、俺には気になっているステータスの変化があった。それは魔力の数値である。魔力:12/12と表示されたこのステータスは俺が使用できる魔力の量を示している。なんとか訓練でこれを増やすことはできないかなと思っているのだ。何しろこの魔力量ではチートスキルであるインフィニティ魔法作成を使おうとしても必要魔力が足りずに有効に使用することすらできない。
では魔力は増やすことができないのか。その答えはNOだ。
実は前回の公園の魔法の才能の欠如の訓練の時に気づいていたのだが、訓練を始める前には全くなかった魔力が訓練の途中で2まで増えていた。訓練を行うことで魔力を増やすことはできるのだ。インフィニティさんが言うには限界まで魔力を使用することで魔力量を増やすことは可能なのだという。
そこで俺は実際に魔法を使って魔力を増やすトレーニングを行うことにした。とはいっても火の魔法とかを屋内でやるのは危険すぎる。司馬さん達にも騒ぎを起こさないようにと釘を刺されているからな。室内でできて危険がない魔法を使うしかない。そこで俺が選んだのは水系の魔法だった。初級魔法のクリエイトウォーターならば魔力で作成した水を水道にそのまま流すことができる。訓練にはぴったりだ。
というわけで俺は台所の流し場に立っていた。掌に意識を集中させながら頭の中では水が流れるイメージを行う。水、流れる水。自身の掌が水道の蛇口になったイメージで俺は集中を行った。しばらくの集中の後に俺の掌からちょろちょろと水が出始めた。最初はゆっくりと。そこから徐々に強く。段々と強くなっていく水の勢いに喜びかけた俺だったが、次第に強くなっていく水の勢いに不安になってきた。
これ、どうやって止めるんだ。掌から出続ける水はますますその勢いを増していく。俺の中で魔力がガリガリ削れていく感覚を俺は覚えて焦った。駄目だ、止められない。ますます水の形を成して凄まじい勢いで流れていく自身の魔力に青ざめながら俺の視界は暗くなっていった。
◆◇◆◇◆◇
再び意識を取り戻すと心配そうに俺の顔を見つめるシェーラの顔があった。どうやら魔力切れで意識を失って倒れていたらしい。彼女は床で倒れていた俺を心配してくれたようだ。それはそうだろう。朝目覚めて同居人が床で倒れていたら誰だって焦るわな。
「よかった!目を覚ましたのですね、ハル」
「あれ、俺。どうしていたんだっけ」
ぼやけた思考でしばし考えた後で徐々に意識がはっきりしてくるにつれて俺は自分がとんでもなく怖いことをしていたことに気づいて青ざめた。俺の様子から何かを察したシェーラは普段なら見せない怖い表情をして尋ねてきた。
「一体ここで何をしていたんですか」
「いや、俺は別に何も」
「誤魔化そうとしても駄目ですよ。この辺りから感じられる残留魔力に気づかないと思うのですか」
残留魔力とかそういうのが分かってしまうのでは誤魔化せない。観念した俺は正直に自分が仕出かした失敗を告白した。シェーラは一見穏やかそうな顔をしていたが、話が進むにつれてその笑顔が青ざめた表情に変わっていった。彼女の表情に怯えの色が出ているのは気のせいだろうか。全てを話し終えた後でシェーラは深いため息をついた。その後で俺はこれでもかというくらいにこってりと絞られた。
俺がやろうとしていた訓練は無謀極まりなく、一歩間違えば死につながるものであったらしい。というのも魔力というものは人間のHPと同じでゼロになると意識不明の状態になる危険なものなのだという。一般の魔法使いはどれだけ魔力を消費しても自身の意識を保つための魔力量は取っておくのが常識なのにそれを使い切る等、愚かを越えて自殺願望があるのではないかという言葉に俺は返す言葉がなかった。
こういった訓練を行いたいのならば必ず自分に声をかけるように言われて解放された頃にはすっかりと日が落ちて外は暗くなっていた。