第22話-8
晴彦が魔神に攻撃を開始すると同時にインフィニティも走った。彼女が使用したのは常人の数十倍の速さで行動をすることを可能とする【クロックアップ】である。藤堂晴彦の分身体である彼女は晴彦と同じスキルを使用することができる。だが、そんな彼女でも使用できないスキルがある。それが雷神に変貌する【雷神覚醒】や【時間跳躍】などの神の力を使用するスキルである。あれらのスキルは藤堂晴彦の力なくしては発動することができないものである。
インフィニティが高速行動をして近づいてくる様をアールマティは黙って観察していた。不気味な視線だ。インフィニティは彼女の視線に不穏なものを感じながらも手に魔力を集中させて純粋な力の塊へと変換して放った。アールマティは反応することなくただ一言発した。
「あなたは塵だから塵に還る」
それは強烈な魔力を含んだ言霊であった。その瞬間、アールマティにぶつかろうとしていた魔力弾は何もなかったかのように霧散した。それを見たインフィニティは仰天した後に後ずさった。
(何ですか、今のは。防御魔法のようには見えませんでしたが)
「流石の貴方でも鑑定できないものは怖いのかしら」
背後から声をかけられたインフィニティはゾッとなって振り返った。そこには不気味な笑みを浮かべるアールマティの姿があった。予備動作など全くなかったはずなのにどうやって一瞬にして距離を詰めたというのか。困惑するインフィニティにアールマティは語り掛ける。
「知りたいでしょうね。でも教えない。だって私は貴方が嫌いだから」
「貴方は一体…」
「知る必要はない」
アールマティはそう言った後に掌に魔法陣を起動させた。あらかじめ組み込まれた術式が同時に起動する。魔法陣が起動した瞬間にインフィニティを囲むように無数の火球が発生する。避けきれる数ではない。ではどうするべきか。それを判断するよりも早くアールマティは火球の群れをインフィニティ目掛けて放った。
インフィニティはとっさの判断で自身の周囲に防御魔法壁を展開しようとした。だが、それよりも早くアールマティの魔法は発動していた。まるで時間が止まった中を活動しているかのように火球の群れがインフィニティに襲い掛かっていく。一度の爆発が連鎖するかのように大爆発を引き起こしていく。その爆発が晴れた時にインフィニティはボロボロになっていた。
ボロボロになって膝から崩れ落ちようとしているインフィニティの髪の毛をアールマティは容赦なく掴んで笑いかけた。
「∞スキルと言っても随分と呆気ないものですね。お姉さま」
「…おねえ…さま?何を言ってるのです、貴方は」
「私はアールマティ。貴方のデータを基に作り出された、貴方の後継機といっていい存在です」
インフィニティが驚きで眼を見開いた瞬間にアールマティはインフィニティの体に渾身の力を籠めた魔力弾を生成し始めた。かろうじてインフィニティにできたことは彼女の腹目掛けて突きを放つことだった。手刀が貫通した後も何事もなかったかのようにアールマティは生成した魔力弾でインフィニティの上半身を吹き飛ばしていた。
下半身だけがぴくぴくと弛緩している様を冷めた目で見ながらアールマティは残忍な笑みを浮かべた。
「さようなら、お姉さま。安らかに眠ってください」
そう言って残った下半身を魔力弾で粉々に吹き飛ばした後にアールマティは踵を返して立ち去って行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
何という事か。魔神ヤマトと戦っている間にインフィニティがやられてしまった。あのアールマティとかいう女、ヤバ過ぎるだろう。
『マジで死ぬかと思いました。分身体でなかったら死んでいました』
うおっ、いきなり話しかけてくるんじゃないぞ。インフィニティ。というか今確かに目の前で死んでましたよね。俺の身体に核を持っている彼女が分身体を殺されたところで何という事はないのだろうが、もう少し抵抗くらいはしてほしいぞ。まさかと思うけど敵の手の内を知るためにわざとやられたりしてないだろうな。
『…なぜバレたんですか』
いい加減、お前さんとも長い付き合いだからな。俺はヤマトからの攻撃を避けながらも脳内でインフィニティと状況を分析し始めた。
第一にあのアールマティという女はインフィニティと同等の性能、いや、それ以上の性能を有している。インフィニティですら持っていない謎スキルを有する上位互換という事になる。
『移動した時の予備動作が全くないのです。まるで静止している時間で動き回っているようでした』
瞬時にして発動する防御魔法壁も間に合わなかったとすると、戦う相手の時間そのものを凍結させている可能性がある。だとすると迂闊に近接戦闘を行うのはヤバイという事になる。時間制限などはないのだろうか。いや、あるはずだ。時間制限がなければ俺達はとっくに奴に攻撃されて全滅しているはずだからな。
ところでアールマティが何時まで経ってもこちらに近づいてこない。ヤマトの攻撃をかわしながら奴の方を見ていると何やら苦しんでいる様子だった。どうしたというのだろうか。
インフィニティ、お前、ひょっとしなくても奴に何かしたな。
『ふふふ、転んでもただでは起きないのが私です。彼女のお腹を手刀で貫いた時に仕掛けをさせて頂きました』
ウイルスでも仕込んだのだろうか。もの凄い苦しみようだぞ。一体何を仕込んだか分からないが、ろくなことをしていないのは間違いないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
自分のベースとなったインフィニティを倒して立ち去ろうとしたアールマティは腹部に異常を感じた。何かが蠢いている。それはインフィニティが仕掛けた特製の『肉の芽』が発芽したからであった。突然にアールマティの身体の倍以上ある大きさの腕が彼女の意思とは無関係に腹部から生えた。その重量にバランスを崩したアールマティにお構いなしに腕は暴れ回る。
「くっ!なんなんだ、これは!!」
慌てて手刀で腹から生えた腕を切り落としたアールマティはゾッとなった。今度は腹部から倒したはずのインフィニティの顔のような人面瘡が現れたからだ。人面瘡はアールマティを嘲笑うかのように狂ったように笑い出した。悪夢のような攻撃であった。
「貴様!耳障りだ!笑うのをやめろ!!」
アールマティはダメージを覚悟しながらインフィニティの人面瘡を拳で貫いた。だが、潰しても潰しても人面瘡はアールマティの体のいずこかに現れた。
タチの悪いウイルスのような攻撃であった。
普段から晴彦の体の中で様々なスキルを行使してサポートしているからこそ、逆に悪意のある攻撃の作成もお手のものだ。
相手が悪かったとしか言いようがない。
嫌がらせのような攻撃を続けながらもアールマティの体の中を蝕むインフィニティは彼女のこれまでの行動を鑑定分析していた。




