第22話-7
魔神ヤマトと激しい戦いを繰り広げながら司馬は過去を邂逅する。かつて司馬の仲間であったヤマトという男は自分が愛するものを人間によって殺された。そして絶望して人間を捨てて神となったのだ。神となった自分が管理する理想世界をヤマトは人々に強要した。
理想世界を作り上げたことで確かに上辺だけの争いはなくなった。だが、それは決して理想郷ではなかった。神によって感情を抑圧された人間達が喜びも悲しみもなく、ただ存在する世界であったからだ。
それは感情を持った人間として生きようとしていた司馬にとっては地獄であった。だからこそ彼は神であるヤマトに歯向かった。
司馬にとってヤマトは親友であった。神となる前であれば決してヤマトもこんな世界を許しはしなかっただろう。司馬はそう確信していた。だからこそ彼は信念を持って神とその眷属に立ち向かった。理想世界の反逆者として戦った司馬は多くの犠牲を出しながらもヤマトを屠った。
司馬にとっては苦い過去の物語であり、忘れたい過去の遺物だ。だからこそ、死んだはずの親友と同じ姿をした男が対峙していることを苦々しく思った。
「今更、過去の亡霊が世迷い出てるんじゃねえよ!」
司馬は魔剣ダインスレイブを両手で握りしめながら、渾身の力で切りつけた。巨大な衝撃波となった斬撃がヤマトの肉体目掛けて襲い掛かる。だが、ヤマトはその斬撃を交差させた両腕で耐え切った後に野獣の如き咆哮をあげた。魔神化したことでヤマトは隠し持っていた狂暴性を露わにしていた。怒り狂うヤマトは魔神の力を全開放して司馬を攻撃する。
魔神化したヤマトの力はダインスレイブを身に纏った司馬を完全に凌駕していた。
単純に実力差があり過ぎた。歴戦の勇士である司馬ですら反応できない程の速度と破壊力を持ってヤマトは容赦のない攻撃を加えていく。空中を亜高速で移動するヤマトの攻撃を防ごうと試みるものの、凄まじい速さの攻撃の嵐が全方位から司馬に襲い掛かっていく。司馬だからこそ、直撃を免れているものの遮りきれなかった攻撃が彼の鎧を徐々に破壊していく。割れた兜の合間から司馬の素顔が垣間見える。だが、司馬の闘志は燃え尽きていなかった。
『GARRRRRRRRRR!!!!』
荒れ狂うヤマトの攻撃によって弾き飛ばされた司馬は後方に吹っ飛んでいく。抵抗の使用の無いほどの実力差であり、司馬には手の出しようがないかのように見えた。だが、司馬は後方に飛ばされながらも不敵な笑みを浮かべていた。
司馬が笑みを浮かべていたのは魔神の攻撃の向かう先を狙い通りに誘導できていたからだ。
彼の背後には北の塔があり、司馬が激突した後に衝撃に耐えきれなかった塔が倒壊していく。その瞬間に空中要塞全体を覆っていたバリアが解除された。
その瞬間だった。要塞の上空から巨大な槍が現れる。それは藤堂晴彦が広域殲滅用に巨大化させた神槍グングニルだった。上空から降り注いだグングニルは空中要塞を真上から貫いた。グングニルによって大地に縫い付けられた空中要塞はシュタリオンへと進行していたその動きを停止した。
要塞に異変が起きてもヤマトの動きは止まらなかった。否、自らが守ろうとしていた北の塔を破壊したからこそ更に怒り狂ったのだ。瓦礫の山の中から司馬を発見したヤマトはそのの腕を掴んで引きずり出した。そしてそのまま、意識を朦朧とさせる司馬に止めを刺そうと手刀を振りかざした。その腕を掴んだのは晴彦であった。要塞を覆うバリアが解除されたことで彼は要塞に突入できたのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
危ないところだった。ボロボロになっている司馬さんに止めを刺そうとしている魔神の手を掴みながら俺は安堵の溜息をついた。だが、魔神の腕の力が思った以上に強くて少しでも気を抜くと振り払われてしまいそうだ。白目の無い真っ赤な目で魔神が俺を睨む。凄まじい殺気だ。少なくとも平和的な話し合いは出来そうにない。魔神は体に纏った瘴気を俺に向けて放ってきた。今までの俺であればダメージを負っただろう。だが、瘴気を克服した今の俺には大好物だ。瘴気を瞬く間に吸収した俺に魔神はぎょっとなった様子だった。
「もっとくれよ。もっと瘴気を寄越すんだ」
俺はそう言って体の中の瘴気を吸い取る力を増大させた。魔神の身体から瘴気が吸い取られていく。慌てた魔神は力ずくで俺の手を引き離そうと暴れ出した。その隙をついて俺は司馬さんを魔神から奪った後に距離を取った。
「晴彦か…」
「司馬さん、随分と手ひどくやられましたね」
「情けないことだが手も足も出なかったぜ」
「少し休んでいてください。あいつには俺も借りがありますから。インフィニティ、司馬さんを安全なところまで運んでくれ」
「合点承知です」
俺の傍らに実体化したインフィニティは指笛を鳴らして上空に待機していたスレイプニルを呼び寄せた。その背に司馬さんを乗せたスレイプニルは戦場から離脱していった。
俺とインフィニティは少し離れた距離にいる魔神を睨みつけた。魔神の傍らには一人の少女の姿があった。
「マスター、あの女、いやな感じがします」
「何者か鑑定できるか」
「私の鑑定眼でも鑑定不能です。ですが、私と同じ存在だと推定されます」
インフィニティと同じ存在だと。これまでそんな存在を見たことがなかった俺は対峙している少女に不気味なものを感じた。俺とインフィニティの視線を知ってか知らずか少女は不気味な笑みを浮かべている。
「あの女は私が相手をします」
「分かった。そっちは任せる。あの魔神の相手は俺がやる」
俺はそう言った後に魔神目掛けて攻撃を開始することにした。




