第22話-6
東の塔に向かったクリスに立ち塞がったのはフードを被った魔法使い風の男であった。フードを深く被っているためにその表情を読み取ることはできない。何者かを知るためにクリスは殺傷能力のほとんどない風の魔法を男の顔目掛けて放った。露わになった男の顔を見るなり、クリスは顔をしかめた。その顔が普通の人間ではなく、骨だけのアンデッドであったからだ。
「お前はリッチだな。ということは死霊術師か」
「ご明察恐れ入る。流石は古の勇者クリスというわけだな」
「僕のことを知っているのかい」
「よく知っているさ。魔神獣となって封印された哀れな勇者の物語は有名だからな」
「君は僕に喧嘩を売っているようだね」
挑発に乗ったクリスはその身に纏う風の魔力を怒りのままに開放した。暴風となった周囲の大気が荒れ狂う中で死霊術師は嘲笑した。
「恐ろしいことだ。だが、私は貴様のこと等怖くはない。何故ならば貴様はすでに私が仕掛けた罠に嵌っているのだからな」
彼はそう言った瞬間に大地に触れた。瞬間、東の塔の周辺一帯を覆う大規模な魔法陣に蓄積していた魔力を一気に開放される。紫に光り輝く魔法陣の中から現れたのは凄まじい数のアンデッドであった。その数はゆうに数千を超えていた。ゾンビとスケルトンウォーリアの群れに囲まれたクリスの表情が変わるのを見た死霊術師が嘲笑する。
「古き文献で貴様がアンデッドを忌み嫌う事は知っている。貴様が得意とする風の魔法とアンデッドの相性は最悪だからな。ここに来たのが運の尽きだ。私が誇るアンデッド軍団の餌食となるがいい」
「こいつら、ただのアンデッドではないね」
「瘴気によって強化された強化アンデッドよ。いかに貴様が古の勇者の一人とはいえ、これだけの数を相手にできるかな」
「確かにこれはやばそうだ」
そう答えたクリスに応えるかのようにアンデッドの群れが殺到する。飛行魔法を使う暇もなかった。クリスに覆いかぶさるようにアンデッドの山が出来上がる。その様子を見て死霊術師は声高らかに笑った。
「どうだ、私の自慢のアンデッドたちは!容赦はせぬ、全力で葬って貴様もアンデッドの仲間にしてくれ…」
死霊術師がそういう前にアンデッドの山が荒れ狂う風によって吹き飛ばされた。竜巻のような暴風の中で舞い上がる骨と屍肉の中心でクリスは凄まじく冷たい目をしていた。掴んでいたスケルトンの腕を無造作に握りつぶしながらクリスは溜息をついた。
「僕は確かにアンデッドが嫌いさ。でもそれは攻撃が通用しないからじゃない。他の理由があるからさ」
「他の理由だと」
「僕は納豆以外の腐っているものが嫌いなんだ。なにしろ臭いし、食べても全然美味しくないもの。まあ、この場合、贅沢言っていられないか」
そう言った瞬間、クリスの身体が一回りも二回りも膨張した後に変貌した。人の姿から魔神獣デモンズスライムと化してアンデッドの群れに襲い掛かる。
晴彦と出会った頃と違って今のクリスはデモンズスライムの力を暴走させることなく、完全に制御していた。都市を壊滅するほどの自然災害ともいわれるデモンズスライムはアンデッドたちをその体の中に取り込むとそのままの勢いで死霊術師たちに襲い掛かった。逃げる暇などなかった。あっという間にデモンズスライムの体内に囚われた死霊術師は息もできずにもがき苦しんだ。だが、デモンズスライムは容赦もなく許容もなく、淡々と体内の食べ物たちを消化していく。その強力すぎる溶解液でアンデッドと死霊術師をあっという間に溶かしていった。
全てのアンデッドを消化した後にデモンズスライムに変身していたクリスは再び人間の姿に戻った。げんなりした顔をしていた。
「思った通り、骨も腐肉もやっぱり美味しくない。賞味期限切れのものを出すなよな。あとで食当たりしないだろうな。うへ、気持ち悪い…」
気持ち悪そうに舌を出した後に淡々と風の衝撃波で塔を破壊したクリスはその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
クリスや晴彦たちが激闘を繰り広げている頃、北の塔でも死闘が繰り広げられていた。鎧を纏った司馬とヤマトの闘いである。高速飛翔と激突を繰り返す二人の戦闘は常人の目には光がぶつかり合っているようにしか見えなかった。
魔剣ダインスレイブ。神を呪う人間が作り出した神殺しの剣。ダインスレイブに認められた者は鎧を纏うことによって魔剣そのものとなる。
藤堂晴彦と同様に神の力を得ている勇者ヤマトにとって神殺しの力を持つダインスレイブを纏った司馬は天敵と言える存在であった。その証拠に司馬が繰り出す斬撃のダメージが回復しないことにヤマトは苛立ちを覚えた。致命傷は避けているものの持久戦となれば分が悪いのは間違いない。司馬はヤマトの様子を冷静に観察していた。傷が塞がらないことに苛立っているようだな。そう思った司馬は心理的な揺さぶりをかけることにした。
「苛立っているようだな、ヤマト」
「馴れ馴れしい男だ。何故私の名を知っている」
「お前は俺のことを知らなくても俺はお前のことを良く知っているんだよ」
剣と剣を交差させた二人の戦鬼は鍔迫り合いをしながら睨み合った。
「貴様は私の何を知っているというのだ」
「さあな、俺に勝ったら教えてやるよ!」
司馬はそう言った後でヤマトの腹に蹴りを入れた。瓦礫の下に埋もれていくのを司馬は見下ろした。その程度でくたばるような相手ではないことを理解していたからだ。次の瞬間、瓦礫が動いたかと思うと一気に飛び散った。瓦礫の下から現れたヤマトはその身に秘める魔神の力を開放していた。魔人と化した彼は全身を纏う鎧と同化していた。鎧は彼の身体を単に纏うものではなく、彼の皮膚であり、血と肉であった。その姿は漆黒の獣のようであった。荒れ狂ったまま、魔神ヤマトは司馬に襲い掛かった。
現在の空中要塞編が終わった後にこれまでの話の中で語られなかった、晴彦が地球で生活していた時のエピソードを増やそうと思います。この時期の話を読みたいという要望があれば感想欄に要望をお願いします。あと、作品の評価も随時募集しています。宜しくお願いします。




